07 騎士様と白馬の王子様だそうな
彼sideです、どうぞ。
「あれ、ディアって、精霊なのに、お腹すいてるのか?」
カーシーがそう言った時、ディアは不思議そうな顔をしていたが、この世界で生きている者にとって、それは常識的な事だった。
精霊は、人間を同じような食事を必要としていないのだ。食べられない事はないそうだが、あくまでそれは嗜好品であり、存在を維持するために必要なものではないらしい。精霊や妖精に必要なものは、それらの元となる魂の依り代――精霊であれば湖や高齢の樹木など、妖精であれば草花や雨一滴などがそれにあたる――だけだとされているのだ。例外的に、愛し子と共に現れる精霊は精霊石を依り代としているが、存在に必要としているのは愛し子の存在である、という特殊な性質を持っている。
つまり、精霊のお腹が鳴るというのは、精霊という存在から考えるとおかしな事なのだ。
ディアとカーシーが、二人で首を傾げあっている。と言っても、二人共途中で疑問を放棄してコミュニケーションとして同一の行動をとっているだけのようだが。良い身丈の男がやっても少しも可愛らしくはない。時々ちらちらとこちらに目線を送っているが私は乗らないぞ。
「ま、なんでもいーや。今は楽しい昼食ターイム。何食べるかなー。俺、選んで来るからアル達は席とっといてくれよー」
そう言うと、ひらひら、と手を振って食事を取りに行ってしまった。面倒見がいいような、何も考えていないようなこの男は、空気を読むのに長けている。深く突っ込まず、かといって敬遠するでもない。ディアの事を考えれば、コミュニケーション能力の高いカーシーのような存在は、とても有難いものに思えた。
今も、今朝のように怯える様子のないディアを見てほっと小さく息を付き、あまり人目を集めないよう、壁側の端の席を選んで座る。私もカーシーも、周囲の目など気にしないが、ディアは恐らくそうではないだろう。そう思い、横は私が、前はカーシーが座る事で周りから姿が見え難いように配置を決めておいた。
「ただいまただいまー。俺はAセット、アルはBセットかっこおーもり閉じかっこ。取り皿もらってきたから先に分けてやってー」
本当に、面倒見が良いのか、私の分を勝手に決めてきてしまった事に不満を言えば良いのか、判断に困る。
「うわあ! 美味しそう。こんなにたくさんの種類の料理が乗ってるの、初めて見た!」
ディアがほわー、とかほえーとか言いながら驚いている。大きく開いた目が零れ落ちそうだと思ったが、流石にそれはないかと小さく首を振る。ディアにとって、主食を含めた3品は、多いものらしい。
「そりゃー、初めてだろーよ。だって今日だろ?目え覚めたの」
向かいで変な奴だなー、と面白げに鼻を鳴らせて笑った。そんならもっと増やしてやるよー、と言いながら、ディア用の取り皿に私のBセットとは違うおかずをひょいひょいと少し乗せる。その後、当然のように大盛りのAセットからそれより多いおかずを奪って行く所がなんともカーシーらしい。
その後Aセットの料理もディアの取り皿に取り分け、子供らしく喜ぶディアを囲んだまま、食事をした。
「それにしても、アルの守護精がこんな可愛いとか、誰も考えてなかっただろーなー。どっちかってーと、ドラゴンみたいなごっついやつかと」
余計なお世話だ。そもそもドラゴンというものは、精霊の中でも神と祀られる程高位のものなのだ。自然そのもの、そういうものであって、守護精として在るなどと、有り得ない事だった。普通なら笑って否定する所なのだが、隣の子供はそうではなかったようで。
「えっお兄ちゃん、ドラゴンさんがいるの?ドラゴンさん??」
きょろきょろと一人焦っている。なんというか、小動物を彷彿とさせる。怯えている様子はないが、視線が右に左に忙しそうである。
「ぶっは! ディアちゃん、ここにゃぁいねーよ。ここには多分世界で一番守護精が集ってっけど、今までドラゴンの守護精は、伝説の中にもないんだからよー」
ディアの様子が相当ツボにはまったらしく、カーシーが腹部に手を当ててひいひい言っている。それが少し落ち着いて来た所で、カーシーがただ、と再び口を開いた。
「アルは武術も出来るし頭も良い。13になった時はそりゃ学園内がざわついたもんだけど、1年で段々周りの奴等の噂はでっかくなっちまってさ。最近じゃー、とんでもない強い守護精だから出てくるのに時間がかかってるんじゃないかとか、最終的にドラゴンなんじゃないかとか、一部の奴等が言ってたんだぜー。アルヴィンさんなら有り得るっていう反応をするのが、この噂話の定番のオチらしい」
閉じた口が開くかと思った。なんだその噂は。何故そうなったのか、分からない。馬鹿にされるとかの方がまだ普通だろう。何故そんな期待をする流れになる。
私はありもしない頭痛を感じて額に手を当てた。
「お兄ちゃんってそんなに凄いの?」
そうしている内にも隣と向かいでは何故か私の話題で盛り上がっている。ディアは完全にカーシーに慣れたようだ。喜んで良いのかどうか判断し辛い。私の話の何が面白い。
「だってそりゃ、この見た目だろ?これで一通り何でも出来るってんだから男女関係なく好かれてる方だと思うぜ。男からは影で兄貴って呼ばれてるし、女子からは王子様、とか言われてんの」
「ほわー、凄いね! カー兄の方がキラキラしてて、王子様みたいだと思うけどな。お馬さんに乗ってそう」
絵本のような白馬の王子様を想像して思わず笑った。気付いたカーシーにじとりと睨まれたが気にしない。
「確かに俺は金髪だし、造りが悪くないのは俺も自覚してっけどよ。何か、ディアに言われると他意がないせいかやりづれぇな……」
ぼそぼそとカーシーがそう言っているのが聞こえた。ディアが本気で言っているせいでちゃかす気になれなかったらしい。
「それに、最初に見た時から思ってたの。お兄ちゃんは騎士様みたいだって!」
その後一瞬でカーシーの気持ちを体感する事になった。有難うとしか言えない。反応に困ったので、一先ずディアの頭を撫でておいた。
「アルディン、アルディンは居ますか」
そんな他愛ない話をしていると、食堂入り口付近から私を呼ぶ声が聞こえた。
「はい」
そう言ってその場に立てば、私を探していたらしい先生がこちらへ来た。
「あぁ、そこに居たのですね。学長が呼んでいます、今から学長室へ向かって下さい。守護精の事でお話があるそうです。話が長引くようであればそちらを優先して下さい。授業の事は気にしなくて構いません。ノートはカーシーがとっておいてくれます。そうですね、カーシー?」
存在感を消そうとしていたカーシーに気付いた先生がそちらを見て言った。真面目な先生に少し苦手意識を持っているらしいカーシーが、気まずげにしている。
「それでは、もう行きなさい。」
そうして、普通に生活していればあまり縁がないでろう学長室へ、約1年ぶりに向かう事になったのだった。
あまりにもアルの発言が少ないので後書きを書きました。
本当は物静かな男、アルヴィン。口から出てくるのは必要最低限のものが殆どです。
カーシーが喋り過ぎだという話もあるでしょうが、それで上手く成り立っているのがアルとのお友達関係です。