05 では、参りますか
今回は彼sideです。冒頭は前回の話の彼視点になっております。
彼side
食堂で目を覚ませた彼女は、見ず知らずの沢山の目に怯えてしまった。抱えた体の震えが伝わって、
彼女への配慮が足りなかった事を後悔する。
そもそも、生まれる事にも怯えるような繊細な子なのだ。そう思い至って、その場から動く事を決めた。私はまだこの娘と挨拶も交わしていないのだから。
彼女を抱えて一旦部屋へ戻ると、そっとベッドに降ろして座らせる。自分も一緒に座ると、背の高さが邪魔をして顔が見る事が出来ないため、床へ腰を下ろす。
彼女は、出てくるまでに時間がかかった事を謝っていた。私にとって、心配こそしたものの、待っている間辛い思いをした訳ではないし、約束を破られた訳でもないので、怒る事は何もなかった。
それよりも驚いたのは、彼女に名前があるらしいという事だ。守護精に、名前という個を示すものはない。種族名ならばあるが、それは私達人間で言う所の名前ではなく、○○人、といった類の種類でしかない。
守護精の固有名詞は、生まれながらに持つものではなく、それぞれの愛し子が与えるものなのだ。本人は名前を思い出せないようだが、名乗ろうとする行為が、彼女の特殊性を表しているようだった。
名前を思い出そうとうんうん唸っている彼女に、それならば通例通り自分が名づけて良いかと声を掛けると、嫌がる様子もなく頷いた。別に名前にこだわりがあるという訳でもないらしいので、遠慮なく前々から考えていた名前をつける。確認した上でディア、と呼んでやると、一瞬飲み込むのに時間を要した後で、彼女は花が綻ぶように笑った。
ふと、時計を見ると、教室へ向かうまでに使える時間は後10分程度という所だった。あまり、時間もない。規格外な彼女であるからこそ、確認しておくべき事が山程ある。
「ディア、分かる範囲で良いから、私の質問に答えてくれるか」
そう切り出せば、きりり、と彼女にとっては凛々しいである表情になり、背筋をぴんと伸ばした。傍から見ると、大変愛らしいと表現するべき表情だったが。心なし瞳がきらきらと輝いている。
「ディアは守護精というものが何だか分かるか?」
小首を傾げて頭の上に疑問符が浮かぶのが見えたようだった。自分が何者か、という事についてはよく分かっていないらしい。
「では、愛し子、というのは?」
この答えも、否。聞いた事がないらしい。
一先ず、私が愛し子、ディアが守護精と呼ばれるものであり、私とディアはずっと傍にいるものなのだという説明をしておく。ずっと傍に居る、の所で痛くなるのではないか危惧する程頭を上下に振って頷いていたのが微笑ましい。
「魔法については?」
質問を再開する。この答えには少し反応があった。魔法というものが何なのかは分かっているようだが、それを自分が扱えるという認識はない様子だ。
彼女には精霊が精霊として生まれた時から知っているらしい事柄(学長談)を、知らないまま生まれたらしい。予想はしていたが。だが、この様子だと、精霊石に戻る方法もわからないかもしれない。
ディアは、人間の赤ん坊のように全く話せない訳でもない。見た目が人間でいう5~6歳である事を考えると、寧ろ賢いようにも見える。精霊に見た目と中身を関連付けて考えるのは難しい事なので、何とも言えないが、その賢さと精霊としての自覚のなさがちぐはぐして見えた。
これ以上の質問は、また後程する事にして、今説明するべき事を考える。
「ディア、ここは勉強をする所だ。私は学生なので、これから授業と言うものに参加して勉強をしなくてはならない。それを行うためには、先程のようなたくさんの人の所へ行かなければならないのだ。それは分かるか?」
ディアの賢さにかけて話を進めてみる事にする。どうにも、幼い子供への説明は難しい。
「うん、それ、は、分かる。もしかして、私、ここで待ってなきゃダメ?」
どうやら内容は理解した上で自分がするべき事への予想までしたらしい。ただ、その予想は、彼女にとっては怖い事であるようだ。問いかける瞳が不安げに揺れている。
確かにそういう方法もある。だが。
「私は、もしディアが嫌でなければ、君と一緒に教室へ行きたいと思っている。勿論、怖いというなら強制はしないよ。外に出ないと約束してくれるなら、ここで待っていてもいい」
今は皆慣れているから見る事もないが、守護精が誕生して直ぐは、精霊石へ上手く戻れない個体もいるため、時折一緒に授業を受けられるような措置がある。昔は隣の部屋で待たせるという方法もとられていたそうだが、生まれたての守護精は特に愛し子と離れるのを嫌う事から、今のような形で落ち着いてしまったらしい。守護精があまりに大きな体躯であれば少し相談が必要だが、幸いディアは総合的に考えても大きい方ではない。私の守護精が生まれたと多少騒ぎにはなるかも知れないが、問題ないだろう。
「わた、私! アルお兄ちゃんと一緒にいる。ちょっと、怖いけど、お兄ちゃんが一緒にいてくれるなら、多分、大丈夫、だよね?」
まだ少しどもるような喋り方をしているが、置いて行かれまいとしてか、一緒に居る、の所にやけに力が入っていた。自信がない表れか、語尾に疑問符がついているのに少し笑う。
「勿論、大丈夫だ。ディアの事は私が守るし、教室の人達はディアを苛めたりしない。少し好奇心が強いきらいがあるが、根は良い人達だから、安心していい」
そう言うと、ディアは、ほっとしたように大きく息を吐き出した。外からの刺激にびくびくと怯える小動物のようなディアの、所々で感じる私への信頼がくすぐったい。子供が出来たらこのような気持ちになるのだろうかと、子供らしくない事を考えながら、ディアをベッドから降ろした。
リーチの違いから手を繋いで歩く事は諦め、抱き上げて教室へ向かう事にする。ノート類を詰めたバッグを掴んで肩にかけ、反対の肘に腰掛けさせるようにディアを抱き上げて部屋を出た。