03 どうやらまだおねむのようですね
前回は守護精ちゃんのターンだったので、次は彼のターンです。
彼side
「……ん?」
学長と話をしたのは13の時。それから吹っ切れて自分の守護精を温かい目で見守る事に決めてから1年。状況が進展しているようだと気付いたのは、14になってから1ヶ月経った頃だった。
暑くもなく寒くもなく、快適と表現して違いないある日の夜中。急に寝苦しい、というよりも息苦しい感覚をおぼえて意識が浮上した。ベッドの上部に何か落ちそうなものを置いた記憶もなく、この部屋は一人部屋で自分以外にいるはずもないのに、肺が何かに邪魔されて膨らまない。
疑問に思ってまだ重たく感じる瞼を煩わしく思いながら引き上げた。月明かりで薄暗く見えている天井から、ゆっくりと視線を腹部へと下ろす。
ぎょっと、した。
それは黒い髪の頭だった。頭の両脇に、小さな手が見える。暗いせいかぼんやりとしか見えなかったが、それは確かに私の服をきゅっとつかんでいた。暫らく固まって眺めていたが、ピクリとも動かない。 あまりにも動かないものだから、少し心配になったけれど、触れている所が温かかった事でほっと域をついた。どうやら眠っているらしい。
先程よりも冷静になった頭でも改めて周囲を見渡す。手も、頭も、よく見ればその向こう側にある横倒しになった足も、どれも自分と比べて小さい。この重石は幼い子供のようだ。幼い子供が何故ここにいるのか、そう考えて、一つ閃く。
ここは一人部屋で、鍵も閉まっている。窓も間違いなく閉めていた。実家ならば分からないが、ここルイーデで、閉めた扉や窓から野生の精霊や妖精の類が入る事はまず無い。そのように魔法が組まれている。それでは今現実にここにいるこの幼子は誰かという話になるのだが、人でも野生の精霊等でもない可能性が高いという事だ。それはつまり。
野生ではない精霊……。
そう考えると辻褄が合う。外から精霊が入る事は出来ないのだから、これは、この幼子は、もしかすると、私の守護精なのではないだろうか。精霊石から出たところを見た訳ではないし、精霊石と似た輝きを持つ瞳を持っているかは瞼の奥に仕舞われていて見ることができない。けれど、離れないように服を握り締める小さな手が、怖がりな精霊石の中身なのだと証明している気がして。
それに思い至った瞬間、現金にも胸の上にある重石が愛しいような気持ちになって、驚かせないようにそっと頭を撫でた後、目を瞑ってもう一眠りする事にした。
その日の朝、私が最初に確認したのは深夜の事が夢ではなかったと確かめる事だった。深夜の様子よりは鮮明に、けれど全く変わらない様子を見てほっと息をつく。壁にかかった時計を見ると、朝食の時間まで後40分程。いつもと変わりなければ、友人が20分程後、朝食を摂ろうと誘いに来る。あまり時間がないので、一先ず起きる事にした。
「……起きて」
とんとん、と背中を叩いて声を掛けてみる。むずがるように、ん~~、と唸っているが、起きる気配はない。もう一度とんとん、と背中を叩いてみたが、胸に埋めた顔を擦り付けるように、いやいやと首を振るだけで反応を返してはくれないので、早々にあきらめる事にした。
頭の後ろに手を添えて、腕で背中を支えるようにしてから自分の上体を起こす。やはり反応ははい。
次に、着替えなければならないのでしがみ付く手を傷つけないようそっと剥がす。しかし、なかなか上手くいかないので片手だけ剥がした所で諦めてボタンを外し、服を幼子に明け渡した。そうしてようやく離れる事が出来てから服を着替え、身だしなみを整える。それが終わったのは時計を見てから10分後だった。
準備を終えてようやく一息をつく。それから、自分から離れてようやく全体図を見られるようになった幼子へと目を向けた。
腰と言わず膝まであろうかという長い黒髪に、小さい手、小さな足。自分の服から見えているのは、髪と同じ色をしたスカートだった。
「女の子だったのか……」
幼子が特殊な趣味でなければ、恐らく女の子なのだろう。便宜上彼女、と頭の中では呼ぶ事にする。
彼女の肌は、病的に白かった。精霊であろう彼女に病的も何もないのだが、幼い外見と白さとが噛み合わずに違和感を覚える。私の記憶の中の幼子というのは、もっと血の通った、赤い色を混ぜた色をした肌だった。記憶との差異に、ふと、彼女が生きていないのではないかという不安を覚える。
精霊であるから人のように呼吸を確認する訳にもいかず、頬に触れて確かめる。触れた先に温かみを感じ、いつの間にか詰めていた息をゆっくりと吐き出すと、部屋で置き去りにするわけにもいかないと、彼女の身だしなみを整える事にした。
一先ず、それはそれは長い髪を櫛で梳く。少しも櫛に引っかかりはしなかったが、このままの長さで抱きかかえると邪魔になりそうなので、いつか母の髪を結った事を思い出しながら、四つ編みにする。髪を結ぶものは持ち合わせていなかったので、菓子箱についたリボンを引っ張り出して結んでおいた。足元は裸足だが、自分が抱えて動くつもりなので一先ず今は問題ないという事にする。
そうしてどうにか彼女の身だしなみも整った所で、コンコンコン、とドアがノックされた。
「アルー、飯行こうぜーー」
扉の向こうから無駄な程大きな声が聞こえる。いつもの事ながら、元気なその声に小さくため息をついた。
聞こえてはいないのだろうが、一応彼女に行くよ、と声を掛けて自分の抜け殻ごと抱きかかえる。食事の事も考えると片手は空いていないと困るので、頭を首の根元に預けるようにして首に腕を回させるように持ち上げた。安定しない状態が不満だったのか、今まで握っていた抜け殻をすんなり手放すと、小さすぎて回りきらなかった手が肩と背をきゅっと掴む。その様子に笑い出したいような気持ちになってから、玄関のドアを開けた。
「何だよアル、いつもすぐ出てくんのに今日はおっs……ぇ?」
どうでも良い事だが、女子に噂される程には整った友人の顔が、この瞬間、表現できない程崩壊していた事を表記しておく。その数秒後、思い出したかのように大声を出そうとした友人の口は、一睨みして閉じさせた。
顔を青くして口を一文字に引き締めていたが知った事ではない。
彼女がパニックを起こしたらどうしてくれる。