35 スプライトさんよろしくお願いします
はい、滑り込みアウトでございます。も、申し訳ございません……!!
アルside
ドアとぶつかったカーシーは、それはもう派手な音を立てていた。痛みのあまり声もまともに出せない様子に申し訳ない気持ちになったのだが、ディアの謎めいた声かけの後起き上がった彼の額は、とても綺麗だった。
赤みがない事を除けば、たんこぶは時間差で出来る事もあるのだし、変ではない。変ではないのだが、カーシーの発言と、本当に痛くなさそうな表情が状況に噛み合って居ない。何かをしたであろうディアも、頭に疑問符を浮かべている。あれは、どうやら魔法の類ではないらしい。
「よく分かんねえけど、もう痛くねーし、時間も推してるから早く箱庭に行こうぜ!」
完全復活したカーシーに連れられて、全員若干腑に落ちない気持ちを抱えたまま男所帯――ディアを除く――で箱庭へ向かった。
「お、来た来た! 皆ー、ここへどぞー」
示された場所は、人通りを妨げない程度に道を開けてシートが広げられていた。突然の大声に、少し遠くから見ても箱庭のスプライト達がびくりと体を震わせるのが見える。まだ到着はしておらず、となりでポーレットに話しかけている様子のクララの声は聞き取れなかったが、ポーレットがペコペコと頭を下げているのを見てああ、注意されたのだな、と分かった。
シートの敷いてある場所に到着すると、それぞれ守護精を呼び出す。ラーがくつろげるよう、少し奥まった広めの場所であった為、特に問題もなく全員が集まった。
「ディアちゃん何その頭! お姫様みたいですごく可愛いね!」
「あら、本当。綺麗な編み込みね」
『ディアちゃん綺麗です……!』
目聡い女性達がディアを早速褒めている。私の指を掴んで歩いていたディアが、そっと手を話して女性達の輪の中に入るのを微笑ましく見ていると、自然と男性陣が固まった。珍しく、ボルトもクララから降りて何故かカーシーの頭に乗っている。いつの間に、と思ったが、誰も特に突っ込む様子がなかった為、私も気にしない事にした。
「あ、スプライトさんにご挨拶、してきます!」
話が一段落したのか、はっと顔を箱庭の方へ向けてディアが言うと、怖がらせてはいけないと、全員ディアに挨拶を任せてその場に座った。
「スプライトさん、今日は、私のお兄ちゃんと、お友達で、あそこの場所をお借りします。賑やかで、もしかすると煩いかもしれないけど、よろしくお願いします。あ、あと、この前は、手振ってくれて、嬉しかったです」
こちらからは表情が見えないが、恐らく警戒心を萎えさせるようなふんにゃりとした笑顔で挨拶をしているのが声だけで伝わってくる。箱庭に植わっている植物が、少しざわめくのが見えたが、特に問題はなかったらしい。ホクホクとした顔でディアは直ぐにこちらへ戻ってきた。
「スプライトさんが、とっても可愛かったです……!」
何故か小声でそう言うディアに、ポーレットが羨ましそうな声を上げた後、カーシーが声を上げた。
「そう言えば、俺さっきアルの部屋のドアと衝撃的なお見合いしたんだけど、急に痛みが引いて、全然痛くねーんだよな。たんこぶ出来てねえ?」
もう忘れたのかと思っていたら、カーシーはしっかり覚えていたらしい。皆の視線がカーシーの額に集まったが、赤みも、たんこぶもない額を見て全員が首を横に振った。
「かなり、大きい音したよね。鐘みたいだった」
やや楽しげに言うブライアンに、カーシーが恨めし気な視線を送ると、ブライアンはゆるりとカーシーから視線を逸らした。
「まさかあんな至近距離に人が立っているとは思っていなかったから、結構力は強かったかも知れない。私から見ても痛そうだった」
私がそう言うと、少し疑わしい目で見ていた女性陣が、そんなに? と目を瞬かせる。
「そうなんだよな。声も出せねえ位痛かったのに、ディアが痛いの痛いのなんたらする? って言った後からすっと痛みが引いちまって。氷魔法みたいに冷やされたとかでも無いのになー」
確かに、氷魔法等を使ったのなら、患部の痛みが引くのも赤みが引くのも説明がつくかもしれないが、あの時、カーシーも私も、恐らくブライアンも冷気を感じたりはしなかった。何より、ディアが自分ではない、という顔をしたのだ。あれはそういう類の魔法ではないだろうと思う。
「ディアちゃん何したの??」
ポーレットが、皆の気持ちを代弁した。問われたディアも、首を傾げてどう説明したものかと悩んでいる。
「私がしたのは、おまじない、だよ。痛いの痛いの、飛んでけーっていう、なんだろう。気を逸らす為のおまじない?」
この世界で、おまじないというものは魔法を伴わない。精霊等への願掛けのような意味で使われる事が多いかもしれないが、それは魔法ではない。ディアも、授業でその辺りの事は分かっているから、これは魔法を言い間違えたとかいう事ではない。嘘をついている様子もなく、本人が一番疑問に感じているようだった。
「おまじない、かあ。ここにはあんまり精霊はいないし、願いが叶えられた、とかでもきっと無いよね。まあ、結果どうもないならそれでいいよね。この世界、不思議なことなんて沢山あるんだし」
楽観的なポーレットは、不思議な事という一言で納得してしまったようだ。カーシーもそれに続いてまあいいか、と再び気にしない事にしたようで、その話は結局有耶無耶のまま終わる。自室へ戻ったらディアと少しこの件について話をしようと決めて、私も頭の隅に疑問を追いやった。
「食事を取るには少し早いかしら。朝食を控えたからと言って、流石に皆お腹は空いていないわよね」
クララの発言に、皆一様に頷く。2時間位では、小腹が空いたくらいで、この大きな弁当箱の中身を食す気にはなれない。幸い他の生徒も殆どおらず、邪魔にはならないようだった為、時間を少し潰すのがいいだろう。
「じゃあ、来週のドームの話、しない?」
そう言ったポーレットの提案に全員賛成した為、作戦会議を行う事となった。何故そんな子供っぽい名称がついたのかと言えば、原因は一人、ポーレットである。




