34 随分と張り切って結いますね
箱庭のお話がまさかの次回へ。
ディアside
お兄ちゃんのお家に行くのを楽しみに思っていると、直ぐに1週間が過ぎてしまって、箱庭でご飯を食べる日になった。朝ご飯の時間には少し遅くて、昼ご飯の時間には少し早いから、朝は、一応皆で食堂に行って、いつもより随分と少ないご飯を食べた。前もって分かっていたのもあってか、食堂で職員さんに挨拶をすると、軽めにしようと考えてた私達に、スープはどうかと勧めてくれたのだ。いつの間にか、箱庭で食べる為の軽食、というかお弁当? をクララさん達が頼んでおいてくれたので、食堂の人が張り切ってご飯を用意してくれているらしい。その話を聞いて、私のお腹が鳴ってしまったのは、ちょっと、忘れたい記憶。楽しみだなあ!
「じゃあ、2時間後にまた会いましょう」
クララさんの挨拶をきっかけにして、準備をする為に、皆一旦自室へ戻った。
「ディア、そこへ座って」
冷たく見える黒い瞳が、温かみを帯びてる。お兄ちゃんに言われる通り、ベッドの端に座る。椅子もあるけど、それだとお兄ちゃんは立って髪をゆわないといけないから、自然とここに座るようになった。食堂へ向かう前に髪を結んでくれたのだけど、これはあくまでも食事の邪魔にならないように簡単にまとめただけらしい。折角お出かけするのだからと、今日は、特別丁寧に髪を結ってくれるのだとか。少しだけ編み込んで1つ結びにした今の髪型も私は好きなのだけど、お兄ちゃんが女の子は友人と出掛ける時、とびきりにおめかしするものだって言うから、お願いする事にした。
すごくすごく小さい時、お母さんに髪を結んでもらった記憶がある。まだ今よりももっと幼くて、髪はあまり伸びていなかったけど、頭の上にちょこんとちょんまげみたいな1つ結びをしてくれたのだ。始めは髪が引っ張られるような感覚が嫌でむずがっていたのだけど、お母さんの「ほら、見て●●、とっても可愛い!」という嬉しそうな声を聞いて、とても嬉しくなったのを覚えてる。
それが影響しているのか、していないのか、好きな人に髪を結んでもらうのは、それだけで幸せなことだ。そういう風に思えるのは、今、私を大事にしてくれるお兄ちゃんがいるから。お父さんを待っている頃は、勉強することと、お父さんのことで頭がいっぱいだったから、思い出す余裕もなかった。思い出してみれば、素敵な思い出も沢山あったんだなって分かる。お兄ちゃんと出会って、幸せなことばっかりだなあ。
「ディア、出来たぞ。ディア?」
色々思い出してる内に、いつの間にか髪は結い終わったらしい。反応の鈍かった私を心配して、真っ黒な瞳が近くで私を見つめてた。どうかしたか? と言うお兄ちゃんに、首を横に振って何でもないよって答える。
鏡越しに見せてくれた今日の髪型は、いつもよりもずっと凝ってた。これでもか、と髪全てが編み込まれている。髪の先端は一体どこに仕舞ってあるのか、すごく気になったけど、触って壊すのが怖いので触らないことに決めた。いつもは残っている後ろ髪が上がっていることでどことなく首元がスースーするのが新鮮で、思わず首元に手をやる。
「いつも髪を上げてやりたい所だが、時間がかかってしまうからな。髪が引っ張られて痛い所はないか?」
私の頭を大きな手が撫でる。髪を乱さないよう優しく撫でられて、くすぐったい気持ちになる。頭のどこも痛くない。直ぐ離れた手を少し寂しいと思いつつ、直ぐにどこも問題がないと首を横に振った。
髪を編むのに時間を使ったらしく、そろそろお部屋を出る時間になってた。と言っても、今日は時間に余裕があるし、授業の時のように沢山の人が同じ場所にいるわけじゃないから、混雑してない。私も一緒に歩いていくと意思表示をしてお兄ちゃんの中指をきゅっと握ったら、ドアに手をかけたお兄ちゃんが一瞬振り返って微笑みかけてくれた。
「さあ、行こうか」
そう言ってドアを開けてくれたお兄ちゃんだけど、ゴンっという音と共に固まってしまったお兄ちゃんに、開いた隙間に身を滑り込ませて廊下を覗いた。
「あれ、カー兄にブライアンさん」
張り切ってドアを開けたものの、お迎えが目の前で待ってたらしい。さっきの大きな音は、今まさにノックしようとしてたカー兄の頭とドアがぶつかった音らしかった。しゃがみ込んで、口から声にならない声が漏れ出してる。手で抑えてる先を見ると、おでこだったのでひと安心した。お鼻ぶつけたら、意識飛ぶくらい痛いもんね、不幸中の幸い?
「カーシー、タイミングばっちり」
どうしてか、ブライアンさんは少し嬉しそうにしゃがみ込んだカー兄の腕をつついて嬉しそうにしてる。
「カーシー、大丈夫か……?」
加害者はお兄ちゃんだけど、悪いのは別にお兄ちゃんじゃない。カー兄もそれが分かっているだけに、責めるような言葉は飛び出したりしない。ただ、耐え切れない痛みに呻いてるだけ。
「カー兄、おでこ痛い? 痛い痛いのとんでけ、する?」
これは、カー兄がしてもらいたいことじゃあないと思う。実は、私がやってもらいたい夢だ。特に小さい子供は、痛みで泣きべそをかいた子供の手当をする時、そういう魔法の言葉をかけるらしい。転ぶほどに歩ける時代、自分の周りにはお母さんもお父さんも居なかったから、そんな魔法の言葉があると知って、ずっと憧れてた。
「痛いの痛いの……?」
魔法の言葉が引っかかったらしい。少し痛みから回復したらしいカー兄が少し顔を上げて目の前でしゃがみ込んだ私を見た。もしかしたら、ここでは常識じゃないのかもしれない。そうだと1つ頷いてみせると、少し首を傾げて私をじっと見つめた。本当は私がやってもらいたいことだけど、やる側になるのも悪くない。カー兄が拒否しないのを良いことに、強制的に実行に移した。
『カー兄、痛いの痛いの、とんでけーーー!』
患部はカー兄の手で覆われてたので、その上から円を書くように摩ってひょいっと明後日の方へ手を伸ばした。一応、お兄ちゃんもブライアンさんもいない方を選んだ。言葉も、お兄ちゃん達が普段使ってる言葉じゃなくて、魔法の言葉らしく、日本語を使った。ここで常識じゃないなら、ここの言葉より日本語の方が効力を発揮するような、気が――あくまで気、だけだけど――したからで、それ以上の理由は特にない。
言葉が上手く聞き取れなかったみたいで、ひと仕事終えたと満足した私が振り返った先のお兄ちゃんの表情は、ぱちくりと瞬きを繰り返してる。ふと隣を見ても、ブライアンさんがぼーっと立っててどういう反応をしているのかがよく分からなかったのでそっと目を逸らした。
「え、ディア何それ? っていうか、あれ? でこ、痛くねえんだけど」
私の魔法の言葉は偽物だ。患部を撫でることで痛みを和らげる成分が分泌されることが解明された、と私が読んだ本には載ってたけど、そんな、本当に治癒するようなものじゃないってことは、私が1番よく知ってる。またまたあ、と思ってカー兄の方を向くと、本当に不思議そうな表情を浮かべたカー兄がこっちを見た。痛みがなくなったらしいおでこから、手を下ろしてるのに気づいておでこを見ると、少しの赤みもないきれいなおでこがそこにあった。
あれ?




