01-2 起きないけれど、見守ってみる(後編)
前回に引き続き、精霊ちゃんの出番はありません……
彼sideの続きです。
「他の守護精と違う、とはどういう事でしょうか?」
「それを話すには、まず普通の守護精がどのようなものなのか、お話しなくてはいけませんね」
普通の守護精、か。
そう言われてみると、多種多様なイメージはあるが、共通点、という意味では、あまりよく分かっていないかもしれない。
「お願い致します」
そう切り出すと、学長は一度頷いてから話を切り出した。
「守護精が、貴方達の誕生と共にあらわれる精霊石より誕生する事、その誕生はおおよそ貴方達が12歳の頃である事はご存知ですよね?」
「ええ、ルイーデでも最初に学ぶ事ですし、そうでなくとも一般常識と言って差し障りないかと」
「そう、誰もが知っている事です。生まれた時から魔法がいくらか使える事も。ただし、それらは、外側から見て分かる事実のみで、精霊側の事情というものは、あまり知られていませんね。例えば、そうですね。守護精達が、何故魔法を使えるのか、とか」
それは……。確かにそうだったのだ。
私達人間は、魔法を扱う事が出来ない。それが出来るのは精霊や妖精の類で、魔力を持つ者達だけだ。
魔法とは違うが、私達にも未知なる力というものは存在する。『精霊力』というものだ。それは力や現象を行使するための能力ではなく、精霊などの人間や動物ではないもの達と交流を行うために必要な才能と言って良いものだった。
例えて言うなら、精霊等の言葉を理解する『耳』と、精霊が理解出来る言葉を発するための『声帯』のようなものだろうか。それ故に、精霊力を産まれながらに持っていたとしても、言語を理解しなければ、声の出し方を学習しなければ、それを利用する事は出来ない。
私達は、精霊達は魔法を扱える者という認識がある。ただ、それは生まれてから学んでいるものなのか、生まれながら息をするように出来る事なのか。そのような事は考えた事がなかった。
守護精達は最初から魔法が行使出来るが、違う見方をすると、|いくつか≪・・・・≫しか魔法を行使する事が出来ないとも言える。
年を重ねるにつれて能力が増したり、新しい魔法が行使出来るようになるという事は、息をするように当たり前に出来るものではないのだろうか。
「私達が魔法を扱えるのは、扱える者として生まれているからです。その点で間違いはありません。
私達は精霊として生まれた時から、息をするのと等しく、魔法の基本となるものを、本能と言って良いレベルで解っているのです。
アルディン、分かっているとは思いますが、今のはあくまで例えです。今考えるべき事はそこではありませんよ」
ふと気付くと、学長が苦笑している。少し考えがずれてしまっていたようだ。
そうだった。私が今求めている答えは精霊と魔法についてのものではない。
「ただ……」
そう言って、学長は何かを強調するかのように言葉を一度区切った。
「それが、貴方の守護精には、当てはまらないかもしれない、という事です」
「・・・は?」
意味が、分からなかった。
「それは、どのような意味なのでしょうか」
「あぁ、そうですね。意味がよく分からないかもしれません。なんと言えば良いでしょうね。私達は、精霊であることに疑問を持たず、精霊として生まれてきます」
意図が全く掴めず、学長を見つめた。恐らく困惑した表情を浮かべていたのだろう。
それに気付いた学長は、私に伝わるよう、自分の考えを噛み砕くようにゆっくりと話し始めた。
「貴方達愛し子は、お腹の中に赤ちゃんがいるお母さんの気持ちになって精霊石に声をかけてあげて下さい、とルイーデに入った初めの授業で学んでいますね? それは、精霊に愛し子の声が精霊石に届いているからです。
守護精は、貴方達の言葉を子守唄のように聴きながら精霊石から出る準備が整うのを待ちます。準備が整えば、外に出なくてはならない、と思います。貴方達の声に応えるため、もしくは貴方達に会うために。
それは、守護精として生まれる上で、当たり前の事です。本能と言って良いでしょうね。まぁ、精霊石が濁るような事があれば別ですが、今回は違うので省きます」
ですが……学長はそう話を続けた。
「貴方の精霊石をお借りした際、それ以外の感情を感じました。呼ばれている、外に出なくてはいけない、それ以外に、怖い、と。貴方の守護精は、何かが理由で生まれる事を恐れています」
怖い。
怖い、とは、どういう事だろうか。今までの話では、精霊とはそうなるべく生まれるものだ、という話だった。
そこに、怖い、という成分が含有されているというのは、何を示しているのだろうか。
「私達にとって恐ろしい事とは、自身の愛し子の死や魂の堕落など、全て愛し子に起因するものです。ですが、私は精霊石から出るまで感情の起伏を感じた事がありません。その感情は、精霊石から出て初めて感情として認識するものだからです。今この時点で恐怖という感情を抱いている貴方の守護精は、根本的に何かが違っているように思います。精霊石に触れて私が抱いた印象は、精霊というよりも、人間に近い」
自分の守護精はよく分からないが他と異なっていて、どちらかというと人間に近い。理由はよく分からないが、その言葉がすとん、と心に響いた気がした。
何も分からないまま13になり、前例がない事で柄にもなく不安を感じてしまっていたが、今この時、自分の心が落ち着いていくのを感じる。
「それならば、怖くなくなるのを見守ればよいのですね。安心致しました、精霊石を見て下さって有り難うございます」
ほっとしたような気持ちでそう言うと、守護精がいつ出てくるか分からない、と不安がるのではと思っていたのだろうか。学長が僅かに呆けた顔をした後でぱちぱちと数回瞬きをした。
「あまり分かった事はなかったように思いますが、もう良いのですか?」
「ええ、もう大丈夫です。私の守護精は、子供か雛のように外に出るのが怖いと震えているのでしょう?それならば、私がする事は二つです」
「二つ、ですか」
そう、二つだ。
「この子を急かさず見守って、外に出ても怖い事がないように、私が守ってあげれば良い」
私が守れば良い。守護と名がつくからと言って、私が守られなければならないという事はないではないか。
もともと自分はそのような性分ではないし、人間の中ではそう弱い訳でもない。
自分の守護精が特別だと分かった今、守護される者だという常識も、不安と一緒に崩れていった気がした。
先ほどよりも呆然とした学長にもう一度感謝の念を伝えた後、精霊石を返してもらい、失礼致します、と言って学長室を退室する。
ふと立ち止まって、何の気なしに右手に持つ精霊石から世界を覗いた。
覗いた先の世界は色を変えない。何色にも染めない。
それから目を少し離すと、今度は光が反射して青や緑、黄色と様々な色彩に変わる。
あぁ、やはり綺麗だな。そう思った時。
手の中の精霊石が温かみを帯びたような、そんな気がした。
自分ではない誰かがこのお話を読んで下さっているという事がとても嬉しいです。
有り難うございます。