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彼と、彼のお寝坊さん  作者: ともむら
23/45

19   凛とした姿が愛おしい

 アルのターンになると、どうしても口調の硬さが文章ににじみ出てしまう気がします。ディアの時のほんわかした空気が恋しくなる今日この頃です。


 アルside

 ディアがテーブルに頭を打ち付けたのを見た時は背筋に冷たいものが伝った。動揺していた私とは違い、今日から共に夕食を摂る事となったポーレットの配慮のお陰で、なんとか食事を行う事が出来たのは、つい先程の話だ。特に、食後、ゼリーを食べる様は体全体で幸せを表現するディアの様子には、癒された。あ、否、違う。額の事を忘れて喜ぶ様子に安堵した。

 ポーレットとは教室に入る時の挨拶程度にしか接点が無かった為、額を打ち付ける程緊張しているようだったが、食事が終わる頃にはすっかり打ち解けていた。ポーレットは親しみやすい女性だと私も思う。ディアに友人が増えたのが嬉しかった。


 食事も終え、氷嚢の氷を食堂の職員の方に替えてもらい、皆で自室に戻った。途中、氷嚢を持っている為に抱きついていられないディアが、お腹が重いのか、腕の中でゆらゆらと左右に揺れる様子をカーシーにからかわれたり、クララとポーレットがディアの髪の話題で盛り上がったりしていたが、特に問題はなかったので割愛する。


 部屋へ戻ったディアは、私と一緒に歯磨きと洗顔を行う。それから、彼女が魔法授業以来行っている魔力の訓練というものを習慣として始めた。特に学長から指示があった訳でもなのだが、魔力を自在に移動させる事が出来れば、何かの突破口になるかもしれないという、彼女の思いつきで始まった習慣で、今の所意味があるかどうかは分からない。

 イメージとしては、体全体に散っている魔力を、少しずつ人差し指の先に集めるようなものらしい。私には見えないため、よく分からないのだが、彼女は学者肌というか、結果を出すまでの積み重ねを苦としないタイプのようで、魔力を感じられるようになってから毎日続けている。私としては、いつかそれが実ると良いと思うのだが、こればかりは先が見えない話だ。

 目を瞑って集中し、それから少し経つと、ゆっくりと目を開けて人差し指の先を確認する。目を開けるまでの時間は少しずつ短くなっており、一定のものではないが、目を開けてからの時間は、自分なりに決めているようだった。大体10分位だろうか。それが終わると、満足気な顔をして、すぐ寝入ってしまう。精霊で考えると分からないが、幼い子供の10分を越えた集中という考え方をすれば、疲れて当然だろうと思う。最近は、うとうととするディアが、舌っ足らずな口調でおやすみなさい、と言うのを聞き、お休みと返して寝るのが日課になっていた。どんなに眠たくても律儀に挨拶をする様子が愛おしいと思う。


 それから、毎日授業を受け、友人達と食事を摂り、図書室で調べ物をするという一日のサイクルが出来上がっていた。私が受ける授業でも、経済学の授業のようなものは、ディアに必要ない為――金銭の価値という程度には必要なものだと思うが、これはそのようなものではなく、商いをする者のための学問である――その間は隣で借りてきた本を読むようになった。音の表というものはものの三日程で覚えてしまい、今本と隣り合わせて置いているのは辞書である。その様子を見たクララがとても感心していた。精霊という存在である為、幼いのに、というような感心ではなく、勉強への姿勢へ対するものだ。


「ディアさんはとても勉強熱心なのね。それに比べてカーシーは」


 と言ってカーシーを横目で見る姿が最近では定番になりつつある。カーシーの名誉の為に言っておくが、彼は頭が悪い訳ではない。寧ろ良い方なのだが、飄々としていて真面目に勉学に取り組もうという態度を見せない事が、クララのカーシーへの評価を下げる原因になっている。彼は努力している姿を人に見せるのが恥ずかしいというタイプなのだ。


 ディアは本当に勉強熱心というか、知識欲が旺盛だ。元々本の虫であったとは聞いていたが、その容姿からは想像出来ない程に一つの事に集中して知識を瞬く間に吸収してしまう。精霊図鑑も、大まかなものではなく、最近では大まかな種族毎に細分化された専門書に近いものを読み始めるようになった。彼女はどこまで行くつもりなのだろうか。初期魔法についても軽く触れたものである為、魔法の使い方は兎も角、魔法と精霊に対する知識で言うならば、私よりも上かも知れない。未だ自身の種族等に思い至った訳ではないようだが、その内分かるかも知れない、と思う程に彼女が知識を得る速度というものは目を見張るものがあった。


「ディア、夕食の時間だ」


 そう言って彼女の読書を中断させるのも最早日課となっている。授業中に読書をしている時はそうでもないが、図書室の隅で二人過ごしている時は、周囲があまり見えていないようで、私に声を掛けられても気付かない程に集中している。大好きな食事の時間さえも読書中の彼女の頭には残っていない。

 本に集中する凛とした表情から、私に声を掛けられてへらっと緩む表情を見るのがとても好きだ。近頃はカーシーやクララ、ポーレット等あまり構えずに接する事の出来る相手が増えたが、図書室で周りが見えない程に集中している姿を見ると、私を信頼している証のようで嬉しい。

 精霊石の中で長い間怯えていた彼女が、周りが見えない程集中出来るのだと、全幅の信頼が、その無防備な状態に表れているのではないかと思うと、喜びと同時に沸き立つ思いがある。彼女を私が護るのだと。


 真綿にくるんで全てから優しく守ってやるというのはいかがなものかとは思うが、まだ、彼女は幼いのだ。体は精霊である為に見た目通りではないかも知れないが、彼女の精神はそうではないだろう。二歳から止まっている彼女の成長が始まったのだ。それを護ってやりたい。

 魔法も使えず、精霊として異端だと知れたら、周囲から傷つけられるような事もこれから起こるかも知れないと考えると、剣術や体術だけでなく、いつか魔法の力が必要になるのではないかと、そう思っていた。だからこその為の魔法授業であり、現在の読書なのだが、今の所突破口は見つかっていない。

 一週間二週間と過ぎても見つからない突破口に、仕方がないと分かっていても、少しずつ焦りが生じる。ディアには勿論そのような事言ったりしないが、少しずつ、周りがざわざわと噂を始めるのをとうとう耳にする事となる。


「なあ、聞いたか? アルヴィン様の精霊、未だに精霊石へ戻らずに一緒に授業を受け続けてるらしいぜ」

「は? 精霊って、個人差はあるけど、勝手に精霊石に戻るもんじゃないの? そんなの初めて聞いたわ」

「精霊石に全然戻らないと、魔法も全力で使えなくなるって聞いたんだけど、それって大丈夫なの?」

「いや、それがさあ、アルヴィン様の精霊って、実習授業でも魔法を使う様子が全然ないらしいって噂になってるんだよなあ」

「え、なにそれ?」


 トイレへ向かう途中、廊下で聞いた話だった。今はまだ疑問の段階であるようだが、これが、その内魔法の使えない精霊だという噂に変わって行くとどうなるか分からない。学長はディアを見守ってくれる姿勢を貫いてくれると思うし、先生や生徒達も、精霊に愛されている者達だ。虐めという行為に走ったりはしないだろう。彼等は精霊に愛されている分、精霊を愛している。但し、世間一般ではどうだろう。学校を卒業した後、ディアが魔法を使えないままでいると、周りはどう思うだろうか。どのような対応を取り、その結果、ディアはどうなるだろうか。

 そのように考えると、学校内では安心だと楽観出来なかった。彼女が精霊石から出て来るのを待つ時のような余裕は無い。じりじりと、得体の知れない不安に焼かれていくような思いがした。

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