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DDT  作者:
12/16

地上1キロのラプンツェル 2

 ガスマスクの背中にがっちりと抱きつき、バイクは森の中を疾走していく。俺が走ってきた直線ルートをバイクで突っ切ることはさすがに難しいのか、ガスマスクはやや迂回して比較的走りやすそうな道を走っていた。

 全身に感じる風、あまりにも速いスピードとあえて車体を揺らすガスマスクの運転癖に、俺はいやがおうにもガスマスクと密着する。だが、厚い防護服に覆われ、ガスマスクの身体というものは一切感じられない。正直、不気味だ。それでも振り落とされる恐怖が勝って、俺は両腕をがっちりとガスマスクの腰に回す。


「DDT、私にはどうしてもあなたが理解できないのですが」

 ふと思い出したように、ガスマスクが突然話し出した。


「パンツ娘のことが、好きなのでしょう?」

「な……っ!」

 いきなり核心をつかれ、俺は思わず両手を離しそうになってしまった。

「ちょっと! いきなり変なこと言わないで下さいよ! 危ないじゃないですか!」

「政府関係者である以上、パンツ娘は間違いなく手に入る。……そうじゃないですか?」

「ま、まあ……」

 違わなくはないけど。

「手に入るって、そういうことじゃないでしょう?」

 手に入れるってのはたぶん……ありがちな話ではあるけど、たぶんそう。

「……そうでしょうか」

 だが、俺の意見に反して、ガスマスクは顔をわずかに上空に向けて考え込む。

「それも一つの方法だと、私は思いますが」

「どういうことです?」

「別に、お友達から始める必要なんてないということです」

「それは、あなたのことをいって……」

「轢き殺しますよ」

 本気だった。今ここで、一言でも間違った返答をしようものなら、俺はこの場で振り落とされる。いや、振り落とされるどころか、重量級の光り輝くハーレーで容赦なく俺の内臓をぶち破ってくるに違いない

「そもそも、どうして好きな人を目の前に平然としていられるのです?」

 ガスマスクの問いかけに、俺はふいとそっぽを向く。もちろん背後にいる俺の様子なんて微塵も気にしちゃいないだろうけど、それぐらいの抵抗は俺にだって許される。

「好きなら、伝える。好きなら、追いかける。好きなら……襲う。当然でしょう?」

 それは極端すぎるだろ。

 だいたい、さっきだって大反省会を開催したばかりだろうが。涼兄を襲ったことによる、後悔と動揺。あんなもん見せつけておいて、何を言う。

「別に、俺だって……平然としてるわけじゃねえよ」

「そうですか? 私には、随分冷静に見えますが」

 そりゃ、あんたは露骨過ぎるけどな。

 こっちだって本当のところ、何とかひた隠しに隠しまくって、いつだってギリギリ限界なんだ。しかも、キャリアはすでに十年以上。普通の精神状態のやつだったら、とっくにいかれて決壊しているであろうところを、それでも納める俺の崇高なる理性に何をいう。

「あー……でも」

 ガスマスクの言い分に、はたと俺は気づいてしまう。

「傍から見たら、そう見えんのかな」

 夏生が鈍感すぎるということを抜きにしても、もしかしたら俺は感情を隠しすぎたのかもしれない。用意された出会いなのかもしれないけど。仕組まれた運命だったのかもしれないけど。

 それでも、この感情は本物だ。

「確かにもう、限界だ」

 意味なく俺は、にやけていた。

「背後で笑わないでください。涼平君以外の笑顔は気持ち悪いだけです」

「……悪かったな」

「わかっていればよろしいのですが」

 ひどい言い草、やはり扱いは虫ケラ以下。


「DDT。ほら、そろそろ見えてきましたよ。実験施設です」

「あ……」

 体を左に傾け、思い切り顔を乗り出せば、目の前には昼間海棠さんに連れてこられたあの実験施設。白くて四角い、簡素な建物。

 そしてそこは、さっき俺が夏生から逃げ出した場所でもある。

「急ぎましょう」


 目的を視界に納めた途端、ガスマスクはさらにスピードを上げる。ギュルル、と唸るエンジン音。それこそ門にぶち当たるんじゃないかというギリギリのところで、ガスマスクは巧みなハンドルさばきで急停止した。

「……危ないだろうが」

「私にミスはありません」

 平然とした呼吸音。ガスマスクはそれだけ言うと、憤る俺のことなどまったく無視して颯爽とハーレーから降りていく。そして、俺も慌ててそのあとを追う。

「あ、そうだ」

 玄関口五メートル前、ふと思い出したようにガスマスクはそこで立ち止まる。

「ひとつ、教えておいてあげましょう」

 ガスマスクはくるりとふり返ると、パンと両手を打ちつける。

「パンツ娘のパンツの柄」

「……は?」

 何かいい情報でも教えてくれるのかと思った俺は、思わず拍子抜けした声を上げていた。

「パンツ、好きなんでしょう?」

「は、はあ……?」

 そりゃあ、嫌いじゃないけど。

「さっき、気にしてたでしょう。パンツ娘といった瞬間、眉がぴくりと動きました」

「今はそんなこと、どうだっていいだろ!」

 勝ち誇るように宣言するガスマスクに、俺は全力で叫んでやる。確かにそれはそうかもしれなくて、たぶん決して間違いじゃないかもしれないが、なにはともあれ、とりあえず、ガスマスクを被っているおまえに表情云々言われたくねえよ!

「欲望には素直になったほうが、人生いろいろ楽しいですよ。年長者からの忠告です。で、実験室で見えた、パンツ娘のパンツは……」

「あー……っ!」

 ガスマスクが言いかけた言葉を、俺は自らの声で塞ぐ。

「聞きたくないんですか?」

 きょとんと首を傾げて見せたガスマスクに向かって、にやりと俺は笑ってみせる。

「いいです。それなら、間に合ってますから」

「……?」

 表情はやっぱり知れないが、ますますわけがわからないといった反応だった。俺自身も、何でこんなことを言っているのかわからない。だけど、すべてを決意した俺に、そんな情報はもはや無価値。

 俺は意味なく破顔すると、ここに高らかに宣言する。

「それは、今から自分の目で確かめてくるんで」

 明らかに阿呆全開の台詞だったけど。こういう宣言も、たまには悪くない気がする。夏生が聞いたら、それこそボッコボコにされそうだけどな。


 ……それもまた、本望だぜ。


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