第3章 湖底の魔獣(2)
あれが、先日サキが語っていた魔王軍からこの世界を守っているという最高司令官キース率いる「人類解放軍」か。確かに、装備は固く強そうなものばかりだ。
戦闘では、守りが堅く、俺でもなかなかに苦戦しそうな装備である。
俺がじっと軍の一行の装備を興味津々に凝視していると、サキが顎に手をやりながら疑問を口にする。
「でも、変ですね。軍のこんな先鋭部隊がこんな場所にいるなんて」
「変? どういうことだ?」
「だって、あの重装備から見るにかなりの剣術の凄腕の集まった先鋭部隊だと言えます。普段、そのような先鋭部隊は魔王軍の拠点近くの重要地域をテリトリーとしていて、こんな何もないようなところに出没するはずがありません」
「へぇ。凄腕の結集部隊か……。どおりで強そうだ」
そして、失笑しながらも観察を続ける。
普段、このような場所に出てこないような先鋭部隊がここにいる。つまりそれは、この湖に何かある、ということと同義だ。
重装備の彼らは、ここにある何かのためにこの湖に派遣されているに違いない。
俺は興味を惹かれ、身を乗り出して観察していた。
「うわっ」
その刹那、一面に広がる樹木の根に躓いてしまい、ガサリと雑音を出してしまった。
「だ、誰だ!」
その微かな音に気付いた軍のひとりが、剣を抜いて構えながら俺たちの方向を向いて叫ぶ。
「誰だ。そこにいるのは、解っている。大人しく出て来い!」
こうなった以上大人しく出て行くほかあるまい。俺たちはゆっくりと両手を挙げながら、軍の一行へと出て行った。
「いやはや、すまない。ただ、凄い装備のあんたら一行が近づいてきたから咄嗟に隠れて確認していただけなんだ」
「本当か……?」
「ああ」
返事をすると、軍の剣士たちは構えていた剣を下ろした。
そして、即座に軍の後方から声がして、そのにいた剣士たちは脇へと避ける。避けて開けられた道を馬にまたがった一般の剣士よりもさらに装飾の派手な剣士が、俺たちの方に向かってきた。
その剣士は赤い髪にガタイのよい大きな体つきをしており、見るからに威厳多く偉そうに見えた。
その姿を見たサキが驚愕の表情を見せる。
「あ、あれは、クルーフ大佐!」
「クルーフ大佐?」
「はい。膨大な人数を誇る『人類解放軍』の中で一際剣術に優れた四天王と呼ばれている剣士のうちのひとりで、剣術の腕前は素晴らしく、なかでも最高司令官キースが褒め称えるほどのパワーの持ち主です。世間では、クルーフの剣を自力で防ぐことのできるものはいないと恐れられるほどです」
「おや、かなり俺のことについて詳しいようだな、お嬢さん」
「えっ、いえっ。知ってて当然のことですっ」
あたふたと手を振るサキを一瞥すると、クルーフは俺に視線を向けた。
その真っ直ぐな視線には、何か思うところのありそうな感情が感じられた。
「……君が、『剛赤の剣士』だね?」
「ああ、そうだ。でもな、その呼び名はいらない。マサトでいい」
「解った。では、マサト。噂はかねがね。その伝説の剣で、魔王軍から街の住民を救ったり盗賊団『デッドデビル』のアジトを蹴散らしてくれたようだね。勇気ある行動に感謝する」
「別にそれほどでもないさ。この前の盗賊団の件なら、こっちのサキに礼は言ってくれ。サキがいなかったら俺もやられてたからな」
俺がそう伝えると、クルーフはサキに視線を移し、にこやかに告げる。
「そうか。お嬢さんありがとよ」
「いえいえ。とんでもありませんっ」
と、そこまで会話が進んだところで俺ははにかんでいた表情を真剣なものに一転させ、本題である疑問を口にする。
「さて、クルーフさん。ひとつ質問があるんだがいいか?」
「なんだ?」
俺の意図に勘付いたのかクルーフも顔を一変させる。
「通常、こんな一般人の前に姿を現さないそうなあんたらが今、ここにいるってことはこの湖に何か特別な事情があるってことだよな? 後、伝説の剣使いだと知っていて俺に偉いさん直々に話しかけてきたってことは何か俺たちに用があるってことだろうか?」
「ふっ。流石だな。頭も冴えるってか。なかなか良い感性をしているようだな。どちらも完璧なまでにご名答だ。感服するよ」
クルーフは言いながら両手を広げる。
「うむ。では、洗いざらいすべてを答えることにしよう。まあ、君の察した通り、我々がこの湖にやって来たのには、理由がある。そして、その事情のために君を見つけた時、その事情に強剣使いである君に協力を仰ごうとしたというわけだ」
「そうか。一応、当たり障りのないことは聞いたわけだが、肝心なところがまだ聞けていないな。それで、この湖にあんたらがやって来ざるを得ないようなそんな事情ってのは一体何なんだ?」
すると、クルーフはゆっくりと俺から視線を外し、背に広がる広大な湖を眺めた。
「ああ、この湖の底には、『魔獣』が潜んでいるんだ」