第2章 復命の花(3)
「――ふっ。終わりだ!」
俺は目を閉じ、時を待った。
だが、中々その時は来ない。
刹那、カキンという鈍い金属音が鼓膜を揺るがせた。
ふと閉じていた目を開ける。
すると、目と鼻の先には相手の剣先があった。だが、その剣は青い宝石のついた聖剣で動きを止められ、その場で停止している。
青い宝石のついた聖剣――?
俺は即座に聖剣を握りしめている人間へと視線を移していく。
細い腕に小柄な身体。髪は美しく栗色に染まっている少女。
――さ、サキ……?
突然のことに少々驚きながらも、盗賊らは不敵の笑みを浮かべる。
「ぶはははっ。貴様、先に殺されたいのかよ! ならば、お望み通りに殺ったろうじゃねえか」
少女は俺の顔を一瞥すると、無言で盗賊らに斬りかかっていった。
俺も即座に立ち上がり、敵に攻撃を仕掛ける。
ひとりにかかる負担が格段に減ったことにより、戦いやすくなり、形勢は逆転。
不敵の笑みを浮かべていた盗賊らの表情がみるみる強ばったものに豹変していく。
「どりゃああ――!」
閑静な山中に金属と金属がぶつかり合う鈍い音がしばらくの間響いた。
呼吸が荒い。
少女も俺も疲れ果ててその場に倒れ込んでいた。
周りには俺、少女、そして、ミカしかいない。
俺たちは無事に、盗賊から身を守ることができたのだ。
あのままでは決して勝てなかっただろう。むしろ、俺は死んでいた。
だが、少女が俺を救ってくれた。共に戦った。
腕は確かなものだった。華麗な剣裁き、スピード、共に申し分ない。
そして、最大の課題であった死への「恐怖」での怯みがなかったのだ。
「サキ、よくやった」
「……」
返答はない。
しばしの間、沈黙が訪れる。
しかし、直後、サキの目が液体でいっぱいに潤んでいた。そして、ゆっくりと口を動かす。
「……怖かったです。本当に」
「そうか」
俺は小さく頷く。
「……死んでしまうんじゃないかって。殺されてしまうんじゃないかって。いつも、いつも戦う時は怖くて。それで、剣を勢いよく触れなくて」
「……」
「昔、私が小さい頃、私の両親は魔王軍によって殺されました。私はその地獄のような光景を傍で見ていました。剣で無残にも斬り殺された両親。その光景は、今でも心の奥底に大きく強く残っています。その頃から、剣が怖くなりました。剣を握ると、手が震えました。両親が殺される前、私は剣術が上手いと村中で話題になったほどだったんですよ。でも、もう無理でした。震えて――、使い物になりませんでした」
「……そうだったのか」
「でも……、さっきはそれよりももっと怖いものがありました。本当に、怖くて怖くて。いつの間にか、身体が動いていました。死にたくなかったはずなのに」
「――よくやったよ、君は」
溢れる涙を拭きながら、寄り添ってきたサキの頭を俺は優しくさすった。
その後、俺たちは脇で呆然と戦いを眺めていたミカのところに向かった。
「――ミカ、その花に念じてごらん」
「うんっ」
ミカは美しい赤の「復命の花」を胸の前に持ち、目をつぶると念じ始めた。
すると、なんということだろう。持ち抱えていた花が浮かび上がり、やがて美しい光となって上空へと舞い上がっていった。
その直後、上空から星屑が流れるように降ってくる。そして、集まった星屑はふたつの塊になり――、
ミカの両親らしき、男性と女性の姿がそこに現れたのだ。
「お、お母さん――お父さん!」
「み、ミカ!」
ミカとその両親は双方を見るなり抱きあった。その目には喜びの涙が溢れていた。
「良かったですね。ご両親と再会できて。これも、マサトさんのお陰ですよ」
「いや……。別に。ただ、女の子が泣いている顔なんて見たくなかっただけさ」
俺はそう清々しい顔で告げたが、その心の中には何かモヤモヤしたものがあった。しかし、それが一体なんなのかは解らなかった。
ミカの両親が感動の再会を終え、俺たちの方へと歩み寄ってくる。
「ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
ミカの両親は深々と頭を下げる。
「マサトさん、じゃあ私たちは行きましょうか」
「だな」
あの家族は、自分たちの元の平和な暮らしへと戻っていく。
俺たちもまた歩んでゆく。道は違う。だが、またミカと別の機会に再開することもあるのだろうか。
「――マサトっ!」
突然、背後から先程別れたばかりのはずのミカが急いで走ってくる。
一体どうしたのだろうか。忘れ物でもしたのか。
「マサト。ありがとう! お礼に、将来私のお婿さんにしてあげるっ! じゃあねっ」
そう言って、ミカは俺に一瞬抱きつくと手を振りながら去っていった。
「……なんだったんだ?」
俺は突然のことにしばらくその場に惚けていた。
「……なんなんですか、マサトさんは。小さな子に――」
何故かサキは頬を膨らませて、ご立腹のようだ。
まあ、その子供っぽい行動も可愛らしいのだが。
「ふんっ。もう私、先に行きます。マサトさんはひとりで勝手に行ってください」
そう言い残し、せかせかとひとりで先に行ってしまった。
一体どうしたというのだろうか。全く訳が解らない。
「おい、サキ。ちょっと、待てよ――!」
「マサトさんなんて、知りませんっ」
こうして俺はぷりぷりとご立腹のサキを追いかけるのであった。