第2章 復命の花(2)
こうして俺たちは、ミカの両親を復活させるべく、「復命の花」を探して歩みを進めるのだった。
ミカによると、復命の花はこの森から数キロほど離れた山の斜面にひっそりと咲いているという。何しろ伝説であるため、実際にあるという確証はない。しかし、僅かなのぞみも捨てないことが大切だ。
残る日数は3日。その間に見つめることができなければ、元も子もない。
俺たちは急いでその山へと向かうのだった。
「み、見えてきた! あの山だよっ」
そう言って笑顔でミカが指し示す方向には、山々の中でも一際岩肌の露出した険しい山がまるで俺たちを出迎えるかのように堂々とそびえ立っていた。
「あの山、ですか……」
しかし、サキはそれを見るなり険しい表情になる。
「サキ、あの山がどうかしたのか?」
「はい。あの山、セントマリー山はここらの山々の中でも一際険しい山で有名です。でも、それだけならなんとかなるんですが、――あの山の麓には、盗賊団『デッドデビル』のアジトがあるんです」
「『デッドデビル』。――死の悪魔――、か」
「――はい。デッドデビルは数多ある盗賊団の中でも最も気性の荒い犯罪者グループとして有名で、盗むためには命をも奪うことも辞さない危険な連中です。もしかしたら、ミカちゃんの親御さんも……」
心配そうに両手を胸に添えるサキの肩にそっと手をやりながら言う。
「でも、行かなきゃ。サキ、君とミカは俺が守る。だから、大丈夫だ」
俯いたまま頷くサキに、俺は続ける。
「さあ、行こうぜ。ミカの両親を助けるために」
安全のため、麓には通常の通路ではなく森の中を駆け抜けた。そのこともあってか、俺たちはなんの危険もなく、順調に山を登ることに成功したのだった。
しかし、俺には何か背後に妙な視線を感じていた。ちょうど、俺たちがミカを助けた森で花の話をしていた時からだ。
俺はその視線を一瞥しながらも、目標達成のために足繁く足を動かしたのだった。
その時、俺にはそれ以上に頭に引っかかることがあった。
それは、サキのことだ。
異変は倒れていたミカを助けた時からだったが、それよりもミカの両親が殺されてしまったということを聞いた時の反応の方が妙だった。確かに、両親を失ったと聞いて可哀想に思い、そんなことをした元凶に怒るのは当然であろう。
しかし、その時のサキは何かそのことを自分のことのように猛烈に怒り、そして何故か悲しい目をしていたのだ。悲しくて寂しいそんな感情が映し出されていた。
何か心に大きなものを一物抱えていそうな、そんな表情だった。
俺はそのことを聞いていいものか躊躇った。
「――な、なあ、サキ。君の両親って……」
しかし、何もしない訳にはいかないと、俺が言葉を紡ぎだそうとした時、ミカが満面の笑みで崖の上の少しくぼんだ箇所を指差して叫んだ。
「――あ、あった! あれが、『復命の花』だよ」
指差す先には、淡い朱色に染まった一輪の美しい花が咲いていた。
「本当ですね。とても美しいですね。でも、あんなところにあっては採れませんね」
「うぅ……」
泣きそうになるミカに俺は無理やり胸を張って告げる。
「俺が登って採ってきてやるよ」
そう言って、俺はロッククラミングのように手足を上手く使い、高い崖をよじ登っていく。
「えぇっ、危ないよ」
「マサトさん、危ないですから……!」
俺はそんなふたりの心配する声を一瞥しながらも、やっとのことでくぼみの所へとたどり着く。
下を見ると、10メートルはあるだろう高さが広がっていた。
「うわぁ……。こりゃ、落ちたら確実に死ぬな」
そんなことを呟きながら、俺はそばに咲いている一輪の朱色の花を採る。
そして、ゆっくりと慎重に崖を下りていった。
「本当に、ひやひやしましたよ」
「いやぁ、ごめんごめん。俺もあんなに高いとは思わなかったからさ」
サキは頬を膨らませながら、肩をなでおろした。
そして、ミカに例のブツを手渡す。
「あ、ありがとうっ! これで、後は念じるだけで、お母さんとお父さんにまた会える……」
「良かったですね」
「うんっ」
微笑ましく微笑みながら問いかけるサキにミカは満面の笑みで答えた。
俺もそんな光景を見て微笑ましく思い、顔が自然に緩んでいた。
しかしその時、岩陰に視線の正体が隠れているのが目に映った。
「――誰だ! ここまでずっと俺たちを付け回していたのは!」
俺の叫ぶ声音にサキとミカも即座にそちらを向く。
「いやぁ、バレていたのかよ。やるな、坊主」
ガタイのでかい男が首をボキボキと捻りながら、堂々と出てくる。
しかも、ひとりだけではない。ふた桁には及ばないが、かなりの人数がいることが見て取れた。
そして、そいつらは各々が右腕のところに黒く刺青が入れてあった。
その刺青には、こう書いてあった。
「――デッドデビル。お前らがデッドデビルの連中か!」
「ああ、そうだ。俺たちがデッドデビルだ。潔くそこのガキが持っている『復命の花』を渡してもらおうじゃねえか。――逆らおうって思うんじゃねえぞ。俺たちを知ってるんだろ? なら、解るよなぁ?」
連中の頭らしき人物が俺らに脅迫するようにして、花を要求する。
俺は咄嗟に背中に挿していた剣を相手に対して構える。
その時、連中がミカを指してあざ笑うかの如く言葉を発する。
「おや、そこのガキはよく見りゃ。この前、両親が殺られっちまったガキじゃねえか。いねえから何処いったのかと思えば。こんなとこにいたのか。ついでに貴様もあの世行きだ」
その言葉を聞いた途端、サキの目から生気が消えたように見えた。
「貴方たちが、この子の両親を……」
「ああ、そうだ。なんか文句あっか?」
「許せない。――許せない」
サキが手を震わせながら、言葉を発する。
なんて野郎だ。人情の欠片も感じられない。
人数は8人。皆片手に剣を携えている。その剣もそんなに強そうなものではない。
「さて、力づくで奪わせてもらおう」
業を煮やしたように連中が剣片手に突進してくる。
それを合図に、構えていた剣を携え、相手に向かう。
「うおぉぉ――!」
剣と剣がぶつかり合い、摩擦で火花が飛び散る。
ひとりの攻撃をガードしている間に横からもうひとりの剣が降りかかってくる。ガードしていた剣をそちらに即座に移動させ、再び防御する。
いくら素早く行動できたとしても、人数が多過ぎる。
防御ばかりで攻撃に移ることができない。そんな現状が続く。
ダメだ。対処できない。
戦いながら、俺はそう感じ始めていた。
状況は最悪だ。相手は8人全員がかりで俺ひとりをまず処分しようとしている。
少しでも気を抜けば、その刹那に俺の身体が切り裂かれてしまうことだろう。
この世界では、切り裂かれても身体が切れてしまうことはない。だが、まともに切り込まれればダメージは凄まじいものになる。HPがなくなれば、死しかない。
危機的な状況であった。
もし、ここで大きな攻撃を喰らえば――
――そう思った時だった。
これまで凄まじい速度で迫り来る切り込みの嵐を防御し続けていた剣が、これまで攻撃に参加していなかった相手の大剣により、弾かれてしまった。
俺の手元から相手の攻撃を防御するものがなくなってしまったのだ。
剣は離れた箇所に金属音を立てて落下する。
今から拾いに向かうのは不可能だ。その刹那に相手の剣が俺の背中に突き刺さるだろう。
――終わった。
俺は世界が止まったように感じられた。
目の前には迫り来る相手の剣。
切られたら、血は出ないだろうが、痛いのだろうか。
死ぬというのは、どのようなものだろうか。
俺は背筋を冷たいものが通るような、そんな恐怖を感じた。