第2章 復命の花(1)
木刀と木刀がぶつかり合う。小鳥のさえずりや虫の鳴き声がバックミュージックに聞こえるほどのどかな森の中で木刀の擦り合う音がよく響く。
上空からは太陽光がジリジリと地上を焼くような暑さをもたらす。
木の陰にいても、照り返しで汗がにじみ出てくるような暑さだ。
と、掛け声とともに脇に斜めに木刀が振りかざされる。
「やあっ!」
だが、まだまだスピードが足りない。その理由は明らかだ。
戦うには剣を勢いよく大きく振りかざすしかない。しかし、それは防御の点において隙をつくってしまうのだ。
であるからに、攻撃を加えるにはある程度の覚悟が必要だ。
つまり、攻撃を喰らうというリスク。――死へのリスクを。
その点を克服しなければ、中々実力を発揮できない。
――いくら剣術に優れていても。
リスクを怖がって勢いのない剣をガードするのは、容易であった。
俺は、振りかざされる剣を素早くガードし、相手方へと跳ね除ける。
少女の間の抜けた声と共に少女の木刀は宙を舞い、地面に突き刺さってしまった。
「やっぱり、ダメですね……。マサトさんには勝てませんよ」
サキが軽く自嘲気味に笑ってみせる。
いや、違う。サキは剣術に優れている。だが、剣を怖がっているのだ。それが原因で、勢いよく大きく振りかざすことができず、結果相手に押し切られてしまう。
「いや、勝てないわけじゃない。俺も始めたばかりで勢い任せだし……。剣術で言えば、サキのほうが上さ」
「いえっ。そんなことはありません! もっと上手くならないと」
そう言って、俯くサキ。その顔には、様々な感情が混在しているように感じられた。
この勝負――と言うより練習試合はサキの方から俺に掛け合ってきたのだ。修行の一環として勝負をさせてください、と。
それで、近くに落ちていた手頃な木の枝で木刀を作成し、挑んだという訳だ。
これまでの旅でもサキは俺と一緒に剣術の練習をしてきた。
彼女の剣のスピード、手際の良さには目を引くものがあった。だが、「恐怖」がその実力の実践での発揮を阻んでいるのだ。
「サキ、お前――」
俺がサキにそのことを問おうとした時、森の奥からバタッという何かが倒れるような音がした。
俺とサキは互いにアイコンタクトをして、装備を整えてからその音のした方向へと歩みを進めていった。
すると、茂みの奥に何かが倒れている。
あれは、――人間?
長い黒髪をした身体の小さい少女が倒れていたのだ。その少女というより、幼女は十歳前後とみられ、何故か身につけている衣服は所々がほつれ、ボロボロになっていた。
そして、足は裸足であちこち怪我をしているようだった。
「た、大変っ!」
すぐにサキがその幼女の元に駆け寄る。続いて俺も周囲を警戒しながら近づく。
一体この幼女はどうしてしまったのだろうか。ひとりで森に迷い込んでしまったと見るのが自然か。
「大丈夫。呼吸はしてるみたいです……」
開けた場所へと幼女を運んでいき、水などを飲ませてやった。
そして、しばらくすると幼女の手がピクリと僅かに動き、その後徐々に目を開いた。そして、もごもごと口を動かす。
「……は、花――」
「花……?」
俺は聞き返す。サキも疑問符を頭に浮かべているようだ。
それから幼女は再びすやすやと寝息を立て、眠ってしまった。
「この子、さっき花とか言ってましたけど――、何かこの子がここで倒れていたことと関係があるんでしょうか?」
「そうだな……。起きたら聞いてみよう。そして、迷子だったら送ってあげよう。親が心配しているだろうしな」
俺のその一言に、一瞬サキの目が曇ったように見えた。
何か、心の奥底に一物ありそうな、そんなものだった。
その日はそのままその場で夜を明かす事となった。
翌朝、連なる山々の間から太陽光が木々の葉の隙間から疎らに差し込む。
目を覚ますと、横にはサキが幼女を優しく抱くようにして寝息を立てていた。
と、その時、幼女の目が薄らと開いた。
「うぅ……」
その声にサキも気がついたようで、まだ眠そうに目を擦りながら体を起こした。
「あっ。起きたんですね。もう大丈夫ですか?」
「……こ、ここは?」
サキの問いに、まだ状況が掴めていなさそうにキョロキョロと辺りを見回す幼女。
そして、しばらく考え事をしたように黙り込んだ後、やっとのことで状況把握ができたようで、言葉を発する。
「お、思い出した。――花を探して歩いていて、でも、迷子になって、それで――」
「それで、疲れて倒れてしまったんですか?」
「うん。だから、助けてくれて……ありがとう」
幼女は丁寧にお辞儀をする。しかし、すぐに真剣な表情になり、立ち上がる。
「わ、私――。行かなきゃいけないの……。お父さんとお母さんに会うために。花を探しに行くために」
「待って! でも、その体じゃ、まだ……」
サキがふらふらとおぼつかない足取りで立ち去ろうとする幼女を呼び止める。
「でも、もう時間がないの。あと3日しかないの。花の使える期限が――」
「――花? 君は花を探しているのか?」
泣きそうになりながら言葉を紡ぐ幼女に俺は話しかける。
「うん……。『復命の花』っていう花」
「あっ! その花なら聞いたことあります。確か、死んでしまった命を死後一週間以内なら復活させることができる花ですよね?」
「そう。それで、私は4日前に悪い人たちによって殺されてしまったお父さんとお母さんを復活させるの」
そう言って、泣き出してしまう幼女。
そして、サキがその言葉を聞いた途端にピクリと反応する。
「――こ、殺された……?」
「うん。4日前、私は家族で近くの市場に買い物をしに行った帰りに武器を持った盗賊に襲われたの。それで、抵抗したお父さんがまず襲われて、お母さんは私を逃がすために……」
俺は沈痛な面持ちになった。この世界にも、悪いことをする人間はいるのだな、と。
魔人が悪いことをするのは解っていたが、それに一致団結して対抗せねばならないのに、そんなことをするなんて。
しかし、それ以上に怒りを示している人物がいた。
「ひ、酷い……。許せないです」
手を震わせ、目には涙を浮かべている。
「わ、私もその花を探すのを手伝います!」
サキの言葉は、俺が考えていたことと同じだった。
「ああ、そうだな。俺たちも、協力させてくれないか?」
俺もサキと同様に幼女に告げる。
幼女は先程までの表情とはうって変わって笑顔を見せた。
「ありがとう。私の名前は、ミカ。これから、宜しくお願いします」
そう言って、頭を下げた。
ミカが少し笑顔になり、サキも少しばかり安心したような面持ちになっていた。
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