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異世界勇者の冒険  作者: 藍 うらら
第1章 剛赤の剣士
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第1章 剛赤の剣士(3)


 魔王軍が潜むアジトは、街から少し外れたとこにある渓谷にある洞窟であった。

 入口には門番と思しき魔王軍の兵が2人程待機していた。鉄の鎧を身につけ、槍を構えている。

 リーダーであるソージャの事前情報によると、このアジトは比較的小規模で数人しかいない小部隊だという。

 作戦では、相手は少数であるため一気に全員で攻勢をかけるということだ。魔法を使うには時間がかかる。そして、使った後も次に使うまで一定時間かかってしまう。そこに、一斉に斬りかかるのだ。直接対決ならば、こちらにも勝ち目があるという訳だ。

 俺も初戦であるからに異論は唱えなかった。

 しかし、この攻勢が後に被害を拡大させる。


 そして、ついにその時が来た。


「全軍、突撃!」


 リーダーのソージャの一声で一斉に全員が雄叫びを上げながら洞窟の入口へと突撃していく。


「うおりゃああ――」


 門番たちはその勢いに圧倒され、立ち竦んでいた。そこに、剣を切り込む。


「うああ――っ」


 門番たちのHPがゼロになり、その場に倒れて――星屑のように消えた。

 これまでの道中でも驚いたのだが、この世界での「死」は消えてしまうようなのだ。

 星屑は空に吸い寄せられるように登っていく。


 順調に門番たちを倒し、ソージャを筆頭に奇襲隊は続々と洞窟の中へと突き進む。

 サキも聖剣を構えながらそれに追随しようとする。

 しかし、俺には何か疑念が残る。あれほどに賢しく、魔法も使える魔王軍がおいそれとアジトの中に奇襲であれど後退してしまうだろうか。第一、いくら小部隊でもこれまでも奇襲をかけられたことがあるならば、門番を強化するだろう。

 何か、魔王軍の作戦があって俺たちが洞窟の中に誘導されているとしか思えない。

 つまり――、


「――これは、罠だ」


 そう俺が呟いた時には既に遅かった。

 渓谷の端の行き止まりにある洞窟の入口とは反対側から十数人の魔王軍が縦隊を形成して攻め込んできたのだ。

 この状況は危機的だ。後ろに退こうにも洞窟しかなく、逃げ道はない。周りは傾斜の険しい渓谷に囲まれている。完全に四方八方逃げ道はないのだ。

 そして、俺とサキ以外の連中全員が洞窟の中へと突撃してしまっているのだ。もし、ここで食い止めることができず、入口を崩されてしまえばそれこそ最後だ。

 俺の反応に気づき、その場にとどまるサキに俺は叫ぶ。


「サキ、今すぐ洞窟の中の連中を呼んできてくれ!」


「え、で――でも」


「ここは、俺が食い止める。――だが、いくら魔法無効化のハンデがあっても俺ひとりではあの人数を食い止めることのできるのはわずかだ。さあ、早く!」


「は、はいっ!」


 一瞬躊躇したサキだったが、その言葉を聞き、急いで洞窟の中へと向かっていった。

 そうは言ったものの俺ひとりでは少しも持たせることができるか解らなかった。なにせ俺が本格的に剣術を始めたのは、この世界にやって来てからであって、それまでは剣など振るったことのない一般高校生だったのだから。

 だが、ここまで来たらやるしかない。決心したはずだ。俺は勇者だ。

 赤く炎のように煌く宝石の埋め込まれた剣を敵方に構える。剣先が太陽光に照らされる。

 剣を持つ手が少し震えているように感じられた。

 ここは、元の世界ではない。常に死と隣り合わせであり、平和は自らの手で勝ち得ていかねばならないのだ。

 俺は自らを奮い立たせる。


 遠くにうっすらと見えていた数人の魔王軍が、今でははっきりと確認することができる。

 先頭を歩く魔人には、既視感があった。


「っと。この前の勇者さんじゃねえか。はっ。勇者と言えども人間。こうもまんまと策略にハマるとは――」


 先日の魔人は嘲笑うかのように見下げ果てた表情で俺を見る。


「さあ、ここがお前の墓場だ。いくら魔法無効化があったとしても、所詮人間。剣術で千年生きてきた俺らに勝てるはずがない」


 ふん、と鼻を鳴らす魔人。確かに一般論ではそうであろう。技量も熟練度も劣るのは明らかだ。だが、やるしかないんだ。諦めたらそこまでだ。死という結末しか待ち受けていないのだ。


「ふん。人間という底辺の生き物と話すことはもうない。潔く消えてもらおうじゃないか」


「それはこっちのセリフだ」


 俺が返答すると魔人はギリッと目を細め、睨みつけながら大剣で斬りかかってきた。


「人間如きが……、消えやがれええ――!」


 ――はやい。そして、重い。


 それが魔人の大剣を剣で受け止めた時に俺が呟いた第一声だった。

 だが、甘い。甘すぎるぜ。まるでなめている。

 相手はただ単に重さに任せて振りかざしているだけだ。

 俺はムカついたのだ。世界を救うとか大それたことを言っていたが、それだけじゃ動けない。こいつらの横暴さにただムカついたのだ。

 馬鹿にされて、蔑めれて――。自分は、勇者なのに。


 俺は受け止めた大剣を押し返し、その隙に相手の横腹に剣を切り込む。

 相手は俺の速さに圧倒され、まともに防御できないでいる。


「――ぐわっ」


 横腹にクリーンヒットしたことにより、魔人が苦しみのせいで一瞬よろめく。

 右上に見えるHPゲージは赤ゾーンに達していた。

 

「ふんっ。ざまあ見やがれ。勇者をなめるとは大それたことを言ったもんだ」


 俺は剣先を魔人に向け、振りかざす。


「――これで、終わりだ」


 ゲージの色がなくなった。それと同時に先程までそこにあった図体のでかい魔人の姿は、星屑となって空に舞っていった。




 あれからどのくらい時が経っただろうか。

 俺は力尽きてその場に座り込んでいた。空は赤く染まり、太陽が傾いていた。

 周囲には魔人一派はひとりとしていない。

 あれから何がどうなったのかは、よく覚えていない。


 とその時、俺の肩に何かが寄りかかる感触があった。

 夕焼けに染まり、桃色の髪が少しばかり濃く見える。少女はすやすやと寝てしまっているようだった。

 いろいろとあったせいで疲れて寝てしまったのだろう。

 本当ならば、そんな健やかな眠りを脅かしたくはなかったが、もうすぐ夜になる。あいにく戦闘後の今は、野宿用のセットもなにも持ち合わせていない。

 俺は少女の肩を優しく揺すった。


「サキ。サキ――起きろよ」


「ふにゃ……? ――ま、マサトさん!」


 起きた途端に飛び上がるサキ。

 その顔には一本の雫が通っていた。


「――ぶ、無事で良かったです。……本当に、死んじゃうかと思いましたよ」


 サキの目は溢れ出てくる液体でいっぱいになっていた。

 俺はそんな彼女を無言で優しく腕の中に抱える。


「――やっぱりマサトさんはすごいですね。私、怖くて怖くて……」


 確かにこの世界で平和な生活を手に入れるためには、戦わなければならない。しかし、それは常に死と隣り合わせのものになる。

 皆、死ぬのは怖いのだ。だが、戦わねばならない。そんな矛盾に苦しまされるのだ。


「俺が、守るっていっただろ。――大丈夫さ」


 その言葉にサキは小さく頷く。

 そして、涙を拭き笑顔を見せる。


「もう泣きません。私は、――強くなります」


 彼女はなにか決心したかのように言葉を発する。

 強くなる、か――。


「そうか。解った。でも、その前に――」


「その前に――?」


「腹減った。街に戻ろうぜ。腹がすきすぎて、もう動けねえよ」


 サキは一瞬キョトンとしながらも、すぐにくすくすと笑い出した。


「そ、そうですよね! 私もお腹すきました。そういえば、街の皆さんは今日は平和祈念のお祭りだそうです。マサトさんに大変感謝してましたよ。残りの魔人も皆、ビビって逃げていった、って」


「そうか――。そうだったのか」


「で、今日の祭りの主役はマサトさんですよ! ソージャさんが迎えてくれたんです。はやくしないと皆さん待ってますよ」


 そう言うと、サキは俺の手を引っ張る。


「ほら、なにしてるんですか。はやく!」


 サキの目にはもう涙はなかった。

 彼女は、恐怖よりも何倍も強い心を持ったように感ぜられた。


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