第1章 剛赤の剣士(2)
さて、そういった経緯もあって俺の世界を救う冒険が始まった訳なのだが――。
今、俺は隣町への旅をしている。
つい3日前にミシッピタウンを出発し、隣町ヘルクスシティへと向かう。その道中は、なんとも平凡なもので、周りには野放図な草原が広がっていた。
この三日間、魔王軍はひとりたりとも見なかった。――この上なく、平和だ。
そして、ふと横をスタスタと歩く旅のパートナーとなった少女がその可愛らしい高音で呟く。
「あ、森が見えてきましたよ! あそこの一本道を辿れば、ヘルクスシティですよっ」
その少女はにこやかにその純粋で透き通った黒い目で真っ直ぐな眼差しを俺に向ける。
体格の小さい背中には光り輝く青い聖剣を担ぎ挿している。
その少女の名は――、サキ。
本当ならば俺ひとりで旅立つ予定だったのだが、どうしてもついて行きたいと懇願し、俺が承諾したのだった。
私がこの剣をその主の元に届けたいんです。それと、助けてもらった恩返しがしたいんです。サキは理由をそう告げた。
いかにも彼女らしいものだった。
しかし、道中は危険な上、彼女を無防備なまま旅立たせる訳には行かない。
ならば、俺が彼女を護衛する。守る。
旅立ち際、俺は心配そうにしていた老婆にそう告げた。
すると、老婆は少しばかり安心した様子になり、俺にこう告げた。
「そうだ。お主に良いものをやろう。――ほれ」
そう言っての顔に手をやった。
一瞬、目の前がフラッシュがたかれたかのように眩しいほど光った。
「これは、ある古文書に書かれていた勇者だけに使える魔法じゃ。先代の勇者が残していったものらしい。きっと、役に立つじゃろう」
それからしばらくして、俺の視界に変化が現れた。それは、生物の右上に緑色のバーが現れたのだ。まるで、ゲーム中のHPバーのような――。
そして、その予想は正しくだった。
剣で木を切ると、バーが一気に黄色から赤になりやがてゼロになって木が倒れた。
つまり、戦闘において命のゲージとなる訳だ。
勿論、俺の分もサキのも見ることができる。
サキの方に目をやると、これから苦しい戦いが待ち受けているのも感じさせないほどに楽しそうな表情を浮かべている。そして、その右上にはゲージ満タンのHPバーを見ることができる。
「それにしても、凄いですよね。勇者って。勇者は人間にして限られたものだけが使える魔法を扱うことが可能なんですから」
そう言って、俺の顔を見て微笑むサキ。
この微笑みを見るだけで、この世界に来て良かったと思えてしまうほどに彼女の微笑みは太陽に勝るほどに眩しく感じられた。
森を抜けると、すでに空は暗くなり光り輝く星が一面に宝石のように散りばめられていた。
とそこに、前方に街影が見える。
先のミシッピタウンとはうって変わって、平屋建てではなく層構造になっている建物が多く見られ人口も多いように見受けられた。
しかし、街には灯りがない。大通りの街灯にも火が灯されておらず、人通りはない。閑散としていて、まるでゴーストタウンのような様相だ。
「おかしいですね。ヘルクスシティは私たちの街の近くにある中で最も人口が多く、栄えている場所のはずです。人口はざっと5万人はいます。つい1年程前に訪れた時も、夜になっても人通りは絶えず、煌々と明かりが灯されている豊かな街だったのに」
サキも街の惨状に驚きを隠せない。
しかし、こんな街に5万人が暮らしているとは思えないほどに閑散としている。メインストリートであろう商店街も店の扉口が締め切られており、散々の様子だ。
本当につい1年前まで栄えていた街の有様とはとても思えない。
と、その時、家屋の物陰から何者かの視線を感じた。
「――誰だ、そこにいるのは!」
即座に声を荒らげ叫ぶと、両手を挙げながら所々継ぎ接ぎのあるボロボロの服を身にまとった白髪の老翁がゆっくりと目の前に現れた。
老翁は目に恐怖の色を覗かせ、怯えているようだった。
「ワシはただ、様子を見ていただけなのじゃ。い、命だけは助けてくれ」
老翁はその場に頭に手をやりながらしゃがみ込む。
何かに怯えているようだった。
「お爺さん。大丈夫ですよ。安心してください。僕たちはたまたまこの街にやってきた旅人です」
「ま、魔王軍ではないのか。ワシらから無茶な税の取立てに来たのではないのか」
「そんなことはしませんよ。俺たちは人間です」
「そ、そうか。人間さんかい。ふう――、助かったわい」
そう言うと、老翁は立ち上がり安心しきったように俺の顔を見る。
「お主ら、この街にはたまたま来た旅人だといったな。察するに、お主らは今晩泊まるところがないのではないのじゃろうか?」
「え、ええ……」
「ならば、ワシのところに来なさい。こんなところにいては危険じゃ。さあ、早く」
こうして、俺たちは老翁に連れられて街外れにある老翁の自宅へと案内された。
老翁の自宅は、古い藁葺き屋根の平屋であった。
そして、老翁に寝床を拝借することとなった。
そこで、ある疑問を口にする。
「どうしてあんなところに隠れていたんですか?」
老翁は急に神妙な面持ちで椅子に深く腰掛けると、言葉を紡ぎ紡ぎ話し始めた。
「あれは半年ぐらい前だったかの……。それまで平和で栄えていたこの街に、魔王軍の横暴が襲ったのは。急にやってきた魔王軍の連中は、この地域の自治権を主張し税の負担を要求したんじゃ。しかも、とてつもないぐらいの高さだった。そんなものをワシら庶民が払える訳がなかった。すると、連中は無理矢理にも家財道具や金品を奪っていった。まるで、盗賊じゃ。それで、若者らが結集し、近くにある魔王軍のアジトへ奇襲をかけたのじゃ。しかし、」
「どうなったんですか?」
サキが神妙な面持ちで聞き返すと、老翁はゆっくりと首を左右に振った。
きっと、魔王軍の魔法の前では太刀打ちできなかったのであろう。
「その戦闘の後も、今でも戦闘は続いている。ちょうど明日、奇襲が行われることになっておる。――もしや、お主らは『人類解放軍』の一員かの? ならば、是非とも明日の奇襲に協力して頂きたい。もう力尽きそうなのじゃよ。ワシらだけでは。何度やっても、やる度に犠牲者が出てしまう。だが、やらねばならぬのじゃ」
「『人類解放軍』?」
俺が訳が解らずに惚けていると、サキがそれに気づいたらしく、
「――『人類解放軍』。それは、世界征服を狙う魔王率いる魔王軍から人類を守るために、最高司令官キースによりつくられた組織のことです。規模は今や数ある軍の中で最大を誇っています」
「なんじゃ。違うのかの。強そうな剣を携えておるからてっきりそうかと」
そう言って、希望を失い項垂れる老翁にサキが俺の顔を一瞬見つめてから、優しく声をかける。
「その……、私が力になれるかは解りませんが、協力させてもらえませんか」
「お、お主ら……力になってくれるのかの? 本当にありがとう。ありがとう。――このご恩は一生忘れまい」
老翁は泣きながらサキにすがりついた。
その老翁をサキは優しく抱きしめた。
なんだか、俺だけ取り残されているような気が……
俺は遅ればせながら、右手をぎこちなく挙げた。
「お、俺も――協力します」
◆◇◆
翌日、俺たちは街の外れにある古びれた教会の中にやって来ていた。
中には、続々と剣を片手に携えた老若男女が集まってきていた。皆、打倒魔王軍に闘志を燃やしている。
ざっとひと目で数えるだけで数十名はくだらなかった。特に若い男子が多く、家族を街を守るために全力で戦おうとしているのがよく解る。
そして、その闘志溢れる戦士たちの中に紛れ込んでいる俺の傍らには勿論サキがいた。背中には青い聖剣を挿している。
「マサトさんまで巻き込んでしまってごめんなさい。私、あのお爺さんを見ていたらいてもたってもいられなくて、つい参加を了承してしまったんです」
サキは申し訳なさそうに俯く。
老翁の話を純粋な目で真摯に受け止めていたサキ。その目には、深い悲しみの色が見て取れた。しかし、それは本当にこの街の惨状に対してだけだったのであろうか。
何故か、俺にはそのことが頭から離れなかった。
ミシッピタウンに到着してからそこを出発するまでの間、彼女の祖母であるあの老婆は見たが、肝心の彼女の両親に出会うことは一度たりともなかった。果たして、それとこれとが何か関係があるのであろうか。
いや。今そのようなことを考えるだけ無駄だ。俺にはいくら考えても解らない。
それよりも今は、この街の人々を苦しめている魔王軍を倒すことが先決である。
俺は一瞬緩んでいた口を再度引き締める。
「いいさ。俺も同じ行動を取っただろうしさ。それより、サキはその剣を扱えるのか?」
「はいっ! 昔から剣術を習っていたので……」
サキは剣を取り出し、身構えてみせる。
その姿は、小さいながらにも芯の強さを催していた。
しばらくすると、昨日の老翁と若い男がやって来た。どうやらその若い男がリーダーらしい。
「今回の奇襲のリーダーを務めるソージャだ。みんな、宜しく頼む」
リーダーのソージャが皆に挨拶をすると、一斉に拍手が巻き起こった。
ソージャは皆の様子をくまなく見渡し、続ける。
「今日は特別に助っ人として、そちらにいる旅人のふたりにも参加してもらう」
ソージャはそう言って俺たちを指差す。周りの視線が一斉にこちらに集まる。
「ど、どうも……」
俺は咄嗟のことにぎこちなく返事をして頭を下げる。サキもそれに続いて頭を下げた。
「これまで俺たちは魔王軍の奴らのせいで沢山の仲間を失ってきた。今日こそその屈辱を晴らし、この地に平和を取り戻そうじゃないか!」
「「オオオォォ!」」
その場に居た全員が決意を胸に拳を突き上げる。
ここにいる人々の心中は計り知ることができない。魔王軍によって家族や友人を失ったりした人はどのくらいいるのだろうか。
俺は皆の決意を改めて見て、戦いへ向けて自身を奮い立たせたのだった。
◆◇◆