第1章 剛赤の剣士(1)
サキの返答を聞いた俺は、しばらくの間その場に立ち尽くしていたが、すぐに意識を取り戻した。
そして、サキに連れられサキの住むミシッピタウンの家屋へと向かったのだった。
「ほら、ここがミシッピタウン。田舎町だから、そんなに物珍しいものはないですよ?」
到着した街は、草原からうって変わって山の麓の斜面に住宅が立ち並ぶ、ラテン系の建物の立ち並ぶのどかな自然あふれる田舎町だった。
街に入るなり、通行人が皆にこやかに挨拶をしてくれる。なんとも人情あふれる街のようだ。
その街の一角でサキは立ち止まり、俺をその家屋へと誘導した。
どうやら、ここがサキの自宅であるようだ。
「お婆ちゃん! 勇者さんを連れてきたよ!」
扉を開けるなり、大声で叫ぶサキ。その声は閑静な街中によく響いたようで、そこらじゅうの人が、こちらに振り向く。
「なんじゃと? ついに勇者が現れた、じゃと!」
驚愕の表情を浮かべながら、白髪に黒い衣服をまとった老婆がのそのそと重い足取りで出てきた。
「私、草原で魔王軍の一部に狙われて、そこにこの人がその剣を持ちながら駆けつけて、助けてくれたんだよ」
そう言って、俺と今俺が背中に備え付けている赤い宝石のついた黒い剣を指差した。
すると、老婆が駆け寄ってきて、俺に「ちょいと剣を見せてくれんかの?」と訊ねてきた。
俺は「いいですよ」と生返事をして、剣を老婆の目の前に差し出した。
途端に、老婆は目が飛び出しそうなくらい真ん丸に目を見開いた。
「こ、これは、――勇者だけが持ち得る赤石の剛剣ではないか! そして、全身を赤いコートに身を包んでいる。お、お主があの伝説の『剛赤の剣士』、なのか――!」
老婆のその驚きふためく一言に、周りに集まりつつあった観衆が大きな歓声を上げ、騒ぎ始めた。
一体何が起きているんだ? さっきから、俺が勇者ってどういうことなんだ? この剣といい、魔王軍といい……。全く訳が解らない。解る奴がいたら、説明してくれ。
「あの――、状況が全くつかめないんですが……? 俺はただの一般高校生であって……。というか、なんだか異世界に来てしまったようなんですが? あと、『剛赤の剣士』って、一体なんなのですか?」
俺が僅かに手を挙げ一気に思っていた質問を連続ですると、老婆はふむ、と呟きながらゆっくりと着実に説明し始めた。
「今、この世界は魔王軍により脅かされておる。人間は必死に戦ったのじゃが、なにせ相手は魔法を使うことができる。じゃから、人間は苦戦を強いられこれまでに多数の死者を出してしまった」
「魔法って、あの光の弾のことですか?」
恐る恐る啖呵を切る。
「ああ、そうじゃ。それだけではない。奴らは空中を舞うことさえできるのじゃよ。到底、わしら人間が太刀打ちできる相手ではない。このままでは、人間は――滅ぼされてしまう。じゃが――、」
そう言って、老婆は俯いていたしわくちゃの顔を上げ、俺の顔を真っ直ぐ見つめる。
「わしらにはある古代の伝説があった。それが、最強の水を操る剣、龍青の聖剣を司る『青龍の剣士』と最強の炎の剣、赤石の剛剣を見事に操る『剛赤の剣士』なのじゃ」
「その内のひとり、『剛赤の剣士』が俺だというのか……!」
「ああ、そうじゃ。最強の剣士ふたりは古代、魔王軍の侵略からこの世界を救ってくれたという伝説があるのじゃ。最強の剣士の司る剣は、――この世界で唯一――なんと魔王軍の魔法を弾くことができるというのじゃ」
そういうことなのか。つまり、俺が最強の剣士のひとり、ねぇ……
って、ええ! 驚きだ!
俺はごく普通の一般人であってそんな世界を救う勇者とかいうポジションの器じゃない。
むしろ、元居た世界に戻る方法を探さなきゃいけないんだ!
「きっと、お主が異世界からやってきたというのは本当かもしれぬ。これまでにお主という勇者を世界中探してもおらんかったのじゃからな。だから、お主が元居た世界に戻る方法は、ただひとつ。――自身の使命を果たすのみ、じゃな」
と、いうことは、必然的に俺はこの世界を救う羽目になるという訳か。
よし、いっちょ世界を救ってやるか!
と、言いたいところだが……。
「ダメ、俺にそんなことできない。しかも、炎の剣士しかいないじゃん。水の使いは何処にいるんですか?」
俺が今更そう言って弱音を吐くと、老婆はほれ、とでも言わんばかりにサキを指差した。
勿論、サキの腕の中には――
――青い宝石のついた剣日光に反射して光り輝いていた。
「つまり、――サキがもうひとりの剣士、ということ……?」
ああ、揃った。つまり、もう逃げ出せない。
俺が落胆の表情を浮かべる中、老婆はゆっくりと首を横に振った。
「いや、サキではない。確かにその剣は、伝説の剣であることは確実じゃ。じゃが、その剣はこの街に代々伝わる秘剣なのじゃ。先代が、落ちていたのを拾ってきたらしい」
「ということは、もうひとりの剣士はまだ……」
「――見つかっていないのじゃ。確かにお主だけでも強いのであろう? 先程、サキを助けてもらったそうじゃないか」
「あれは、まあ……」
確かに、魔王軍の一部は退散していったが、勝った訳ではない。
しかし、今も思うのだが、身体が妙に軽い。そのおかげで、なんとか助けられたのだが。
俺が苦笑いを浮かべていると、老婆は先程よりもさらに真剣な面持ちになり、俺にすがるようにして言った。
「どうか、もうひとりの剣士を探し出して、その剣士と共にこの世界を――人類を助けてもらえないじゃろうか。頼む」
「あの、私からも――お願いしますっ!」
老婆に続くように、サキも胸に手をやりながら言う。
ここまでされたら、答えはひとつしかないじゃないか。
この世界、この街に来て最初に思ったのは、いい街だということ人と人が繋がって絆を形づくっている。素晴らしいじゃないか。そんな善人を狙う魔王軍とかいう悪党など許しておけない。だから――、
「俺が世界を救ってみせますよ」
俺は胸を張ってそう答えた。
周りの観衆が歓喜をあげ、騒いだ。
「ありがとう」「勇者万歳!」「これで世界が救われる!」
人々が皆それぞれに喜びの言葉を口にする。
俺のたった一言で、何人もの人が一度失いかけた希望を取り戻したのだ。
――こうして、俺の異世界での世界を救う冒険が始まったのだった。