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神官長の死期は早々にやってきた。
「はあ。護衛の選出」
「そうなんです。そんなこと言われても私わからなくて……ナツさんについて来てほしいと思ったんです」
ショウコからデートの誘いがあったのだ。
これから神殿に出向いて、近衛兵の中から選ばれた護衛候補に会うらしい。とはいえ、今日はとりあえず顔見世で、実際に誰を護衛にするのかは、ショウコが次代の聖女として正式に立つまでに決めればいい。
この平和な国で、護衛なんてパセリとそう変りない。刺身のたんぽぽ同様、単なる飾りだ。そう肩肘張るようなものではないのだが、ショウコは不安で仕方がないらしい。朝も早くから私の部屋にやって来て、一緒に来てくれと頼むのだ。
「お願いできますか?」
よかろう。焼き討ちである。
どうやら今日が、神官長の命日らしい。
○
そういうわけで、私たちは神殿にいる。
聖女召喚という一大事業を終えた神殿は、次に控える聖女着任のイベントに向けて、なかなかに忙しそうだった。普段は祈る振りをして惰眠をむさぼる神官たちが、右へ左へと駆け回る。
そんな中、私たちは神官の一人に案内され、護衛候補が待つ部屋へと通された。
少し閑散とした部屋に、護衛の候補だという男たちが集まっていた。
五、六人ほどだろうか。どれもこれも、兵士と言うよりはいかにも貴族らしい顔ぶれだった。彼らは神官たちが出て行き、ショウコと私だけになると、一人一人が自己紹介をしてきた。
聖女の護衛は貴族にとってはたいそうな名誉であるらしいので、彼らの自己アピールはすさまじかった。高校入試での面接なんて目ではない。五分間で自己PR してくださいと言われたら、最低一時間は粘る勢いだった。哀れショウコは渦中にあり、強張った顔で真面目に聞いている。
しかし私は全く興味がなかったので、少し離れた場所で、主に顔を見ていた。さすが、飾りである聖女護衛の候補に選ばれるだけあって、誰もかれも顔面のスペックが高かった。
能力的にそれなりに優秀でも、聖女の護衛には簡単には選ばれない。そこは政治屋たちの思惑で、貴族としての身分と、見た目が必須パラメーターとなっている。こんなもの、ゲーム初期でお荷物になるようなキャラまっしぐらであるが、そこはクソゲー仕様。そもそも戦闘がない。
ショウコはなかなか解放されず、ほとほと疲れ果てているらしい。救いを求めるように私を見やるが、果たして私になにができるであろうか。間に入って一人一人の面談を順序良く行い、最終面接よろしく合格者のみをショウコに通すべきだろうか。
もちろん、そんなガッツは私にはない。私はショウコにぐっと拳を握って見せると、こう言った。
「がんばれ! 私はちょっと用があるから抜けてきますね!」
ショウコの嘆きの表情を背に、私は心を鬼にして部屋を後にした。目指すは神官長の居室である。
○
部屋を出ると、カミロが待ち構えていた。相変わらずの仏頂面だ。
「朝っぱらからどこに行っていたかと思えば」
「焼き討ちである!」
「そんなに恨んでいるのか……」
カミロは腕を組み、うんざりしたように頭を振った。もちろん恨んでいるとも。そして恨みは倍返しが最低レートだ。
「私の名誉を汚したうえ、希望まで奪った罪は深い」
つまり、先日の時点で神官長はすでに私に掛けられた不名誉を知っていたわけだ。
なにが、聖女は数年で入れ替わる、だ。こんなに短いことはない、だ。
今から考えればよくわかるが、要するに聖女というやつは、結婚する相手を見つけた時点で引退しているのだ。
身持ちを固めます。さて初夜です。聖女辞めました。結婚するのであとの世話はいりません。こんな感じなのだろう。そういうこととなれば、確かに若い女が聖女になれば、数年で引退もむべなるかな。聖女なんて使い捨ての完全なる消耗品ではないか。
だったらもっと、ブッチャーにでも似た女を聖女に持ってくるべきだろうが。むこう数十年は聖女職の入れ替えも不要だろうに。
「だいたいお前、神官長に会ってどうする気だ? まだ純潔だとでも言い張るのか」
言い張るのではない。押しも押されぬ事実である。
しかし、事実ありのままの主張が、必ずしも吉となるわけでもない。
「……言わない」
カミロが訝しげに私を見た。思いがけない返答だったのだろう。
「勘違いしているなら、そのままにする。下手なこと言って、聖女復職なんてされたらたまらないし」
相手がもはや用済みと思っているなら都合が良い。このままショウコにすべてを託し、私は逃げ切りを狙おう。ショウコも犠牲になったのだ。
「それなら、なにを言いに来たんだ?」
○
ショウコが聖女となったら即刻、私を帰すように要求する!
「む、無理を言わんでください。何度も行ってきた召喚の儀式でさえ、準備に半年はかかるのですよ!」
枯れ木のような神官長が、目から樹液を飛ばしつつ叫んだ。この老爺、本当によく泣く。
神殿最奥にある神官長の居室で、私は断固とした主張を続けていた。部屋には老齢の神官長の世話役である神官が二人。カミロが私の背後で、我関せずと一人。そしてテーブルを挟んで椅子に座る、私と神官長がいた。
「半年で済むなら、十日でも終わるでしょう!」
「どういう理屈でそうなるんですか!?」
「努力」
神官長は泣きながら頭を抱えた。
まさか、会話がここまで通じないとは私も思わなんだ。無理なことなんて何もないのだ。無理というのは嘘吐きの言葉だと、どこかの誰かが言っていたではないか。
――――いや、まて。
神官長との激論に身を乗り出していた私だが、ふと思うところがあって椅子に座りなおした。
まてよ、今、神官長はなんと言った?
「半年? 準備に半年? それでは、少なくとも半年前から私が聖女を辞めると決まっていたのですか?」
「え? ええ。お二人のことは、有名でしたから」
うん、と私は微笑んだ。思うところはいろいろある。どうしてそんなに前から噂になってしまっていたのか。そしてどうして、私は知らなかったのか。それなりに上手く聖女生活をしていたつもりだったが、そう思っていたのは私だけで、すっかり仲間外れの哀れなぼっちだったのだろうか。
それはそれで、重大な問題である。しかし今、もっとも気にかけるべきところではない。
半年前に召喚が決まっていて、どうして当日連絡なのだ!
圧倒的におかしいだろうが!
私は戦慄く唇で、頭の中を駆け巡る思想と憤りを吐きだした。
「そ」
「そ?」
「――――組織の、抜本的な改革を要求する!」
本当に、腐りきっているわ、この組織。