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 とりあえず衝撃の告白はそれはそれとして、私とイレーネは和やかな会話を続けた。


「イレーネ様は本当にお優しくいらっしゃいますね。私などに同情してくださるなんて」

「いいえ、だってナツ様、本当に哀れな境遇なのですもの。私だったら耐えられませんわ。せっかく聖女の身分を利用してまで、傍に置いていらっしゃったのに」

「それでも、身分を利用しても傍に置けない方よりは、私は幸せだったと思います」

「あら、案外そういう方が最後には心を射止めたりするのですよ」

「そうかもしれませんね。そうでないと、私よりよっぽど悲惨ですからね」

 ホールの一角で、私たちはささやかに笑い合った。

 言葉に詰まったらとりあえず意味深に笑って見せた。そうこうしている内に、お互い笑い声しか上げなくなっていたので、誰かどうにか止めてくれ。


 しかし日頃の行いが良い私は格が違った。

 聖女たる私に、天が助けを寄こしたのだ。

 笑い声を上げる私の視界に、人ごみの中を歩く男の姿が見えた。イレーネの背後からこちらに向かってくるあの男、見覚えがある。

 カミロだ。

 彼は私が見つけるよりも先に、こちらの存在に気が付いていたのだろう。迷わない足取りで近付いて来ていた。

 イレーネの話とは違い、似合わない貴族の礼服を身につけたカミロは不機嫌そうだった。

 もっとも私は、カミロの愉快そうな顔などろくに見たことがない。多くの場合、カミロは面倒そうな、呆れた表情を見せる。いったい誰があの男をそんな表情で固定させてしまっているのか。


 とにもかくにも、カミロが来たのは天啓である。

 私は未だ笑い声を上げるイレーネを尻目に、カミロに手を振って見せた。

 それはもう、まるで恋人のように。

「ああ、カミロ! やっと来た!」

 私の甲高い猫撫で声に、イレーネとカミロがぎょっとしたように目を剥いた。しかして私も、こんな声どこから出たのかと驚いた。

 それでも出てしまったからには仕方ない。私はこの聞くも不快な声音を振りまき、イレーネを横目にカミロに駆け寄る。

「もう、どこに行っていたの。私一人で、寂しかったんだから」

 カミロの腕をとり、私は悲しげに首を振ってみせた。カミロがなんだこいつという目で私を見たが、私自身も同感である。頭の中の冷静な私が恥ずかしさにもんどりを打ち、「このたわけが!」「痴女が!」「ビッチ!」と罵る。いやしかし、この場で素に立ち返るのもまた、至難の業であった。

 勢い任せにしなりとカミロに身を寄せてみると、恥ずかしさで顔が熱くなる。それでもなお、負けじと媚びた態度を取るうちに、恥ずかしさの向こう側に至る道が見えた気がした。


 これはあれだ。アニソンでキャラクターになりきって歌っていたときと同じ感覚だ。なりきりとは、恥ずかしさのメーターを振り切ってからが本番というもの。

 恥ずかしがらない、ではだめなのだ。恥ずかしがったこと自体を乗り越えてこそ、真のカラオケアニソンシンガーと呼べるのだ!


 かつての熱い思いをよみがえらせると、もう止まることはなかった。

「カミロ、どこか行こう? 今まで一人だったぶん、ゆっくりと二人きりに慣れる場所がいいな」

 カミロの反応はまさに「お、おう……」だった。だが、私はその反応を責めはしない。まだ彼は恥ずかしさの境地を知らないのだ。

「ね、抜け出そう?」

 そう言って私はカミロの腕を引き、歩き出したところで、思い出したようにイレーネに向き直った。

「では、イレーネ様、ごきげんよう。あなたも想い人の心を射止められるように祈ってます」

 あとはもう、後ろを振り向かずに逃げるに限る。戸惑うカミロの抵抗を感じたが、そこは力尽くで押し切るべし。カミロは犠牲になったのだ。



 ○



「しにたい」

 私は柔らかなベッドの上で丸くなって泣いていた。

 自室のベッドは優しく私を包み込む。しかしその優しさも、今は辛いだけだった。

「あのときの私をころしたい」

「……同感だ」

 私の背後で、カミロの声がした。恐らくは適当な椅子にでも腰を掛け、呆れきった様子でいるのだろう。

 それもまた、致し方ないことだ。夜会場からの逃走途中、三度吐いた私を見たのだから。

「だいたい、俺にはいまだに状況が飲み込めん。あの態度はなんだ、気色悪い」

 まったくもって異論なし。気持ち悪いし状況も飲み込めない。私はなにを振り切って、あんな行動を取ってしまったのだろうか。本当に振り切ったのは、恥ずかしさではなく人間として大切な何かだったのではないか。


「…………カミロは、聖女の資格って知ってた?」

 私はベッドで芋虫のように丸くなったまま、カミロに尋ねた。

「……まあな」

 カミロの返答には少しの間があった。恐らくは、その意味を知っているからなのだろう。

 聖女は純潔でなければならない。

 散々、奔放奔放と言っていたのはそのせいか。そんな曖昧な言い方で、女子高生が理解できると思ったのか。相手を見てから物を言え。

「じゃあ、相手がカミロだと思われてるって知ってた?」

「………………ああ」

 知っていたのかよ! 教えとけよ! 誤解解いとけよ!!

「以前から、俺を口実に夜会を抜け出していただろう? それにお前は、イレーネをよく挑発していたからな。あいつから、噂が出回っていたようだ」

「あっちが挑発してくるんだよ」

 イレーネに絡まれるのは、今に始まったことではない。

 会うたび会うたび扱き下ろされるのではたまらないのだ。だからまあ、しばしばカミロと仲が良いというアッピルし続けた結果がこれだよ!

「俺を口実に使わなければ良かっただろう」

「だって、その方が相手も悔しがるんだよ」

 好意には好意で、悪意には悪意で報いるべきである。それが礼儀というものだ。

 手抜かりのない本気の悪意を見せてやらねば、私を心底憎んでくれているイレーネにだって失礼にあたる。


 カミロはわざとらしく、大きなため息をついた。夜会の騒々しさも途絶えた夜の城に、それはやけに大きく響いた。

「自業自得だ」

「嘘だああああ……」

 私は頭を抱えて、ベッドの上で悶絶した。

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