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果たしてその後、必死の努力で高校留年を乗り越え、大学進学。敷かれたレールの上に未だ脱輪しつつも立ち戻った話は置いておく。それほど重要ではない。
ようやく社畜まで伸びる一本の線が見え、特急で止まる駅さえ飛ばして邁進する私に起きたこの悲劇を、なんと表現すればよいだろうか。
唐突に見知った世界に呼ばれた。
我が劇的な脱線事故以来、すっかり封じていた歌に触れたのがすべての失敗だった。
よかろう、歌わなければよいのだろう。と今度はアニソンの振りに夢中になり、録画したアニメのダンスシーンを眺めながら、踊る少女の姿を必死にトレースしていたときだ。
熱くなりすぎ、決めポーズで思わず「キラッ」と叫んでしまったのが運のつき。神の守備範囲を甘く見た。
○
呼び出されたのは白い部屋。祭壇の間の儀礼室。なにやら見覚えのある世界で、私は輝ける決めポーズをとっていた。
ポーズを決めたまま、唖然とする周囲を見渡す。愛想のない魔法陣を中心に、神殿の厳かな雰囲気はどこへやら。陰気な姿の魔術師数人が、神の奇跡も嘆くほどの片手間っぷりで召喚術を行使していたのだ。部屋の隅では魔術師たちが、桃色魔術の猥談をしているのが聞こえてくる。
以前はたしか、貴族たちがずらりと並んでいた気がする。白い祭壇を前にして、厳かさを形だけでも出そうと、集まる魔術師を最小限に抑えていた気がする。なるほど、魔術師が集まるとこれほどまでに堕落するのかと、なぜかひどく納得した。やはり奴らは腐海の世界の住人で、神殿の癌である。
「……ナツさん!?」
驚いたような声がした。いやに懐かしく、聞き覚えのある声に、私は目を向ける。そして目を見開いた。
「ショウコ、ちゃん?」
「ナツさん!」
呆ける私に、ショウコが駆け寄ってくる。そのまま体当たりとともに私の体を抱いた。そんな彼女の胸はたわわに成長していた。けしからん!
なにがどうなっているのか。ぐるりとあたりを見回すと、王子とベニートの姿があった。ベニートはあわてた様子で「カミロ様を呼んできます」と言って、おぼつかない足取りで部屋を出ていく。カミロ?
「……殿下」
疑問に満ち満ちた私の呼びかけに、王子はにやりと口を曲げた。
「またお前が来るとは。神の好みは広いようで、意外と狭いらしい」
なにがどうなっていることやら。
○
王子とショウコがかわるがわる語ることには、どうやらあの後この国で大混乱が起きたらしい。神殿と王家の全面抗争に発展した。その後数年は、激動の時代であったそうな。数年ですむのに時代と言うのはこれいかに。
現在も国は混乱中であるらしい。神殿派閥は王家から分離し、辺境で人を集めて独立勢力となろうとしているとか。それでも、とりあえず城内は一掃されてしまったらしい。このあたりの小難しいことは、むろん私にはわからない。
「神殿は魔術師たちの研究所にくれてやった」と王子は言った。どうりで、かつての神秘の風吹く清潔な神殿が、胞子ふりまく男の巣窟に変わっているはずである。ついに腐海も地上進出か。この世の崩壊も近い。
「そこで、聖女の召喚と帰還の魔術を研究させている。今は、二月に一人くらいは呼べる体制だ」
「なんと安易な!」
「残りたいものは残す。帰りたいものは帰す。ただしこちらも、この世界にとどまってもらわなければならない事情があるからな。少なくとも次の聖女が来るまでは残ってもらう」
それが意外と難しい、と王子は言った。この世をつかさどる幼女趣味の変態は、あれでなかなか好みにうるさいらしい。安易に誰も彼も呼ぼうとしても、魔術が失敗することもあるのだとか。二月に一人くらいは呼べると言っても、実質は失敗回数も重なり、もう少し少ないのだとか。うんぬん。私は頭を抱えた。
そんなにぽろぽろと呼んでしまって、我が日本国の処女人口はどうなってしまうのか。他方、こちらの聖女人口はどうなっているのやら。実に工業的手腕により、聖女の増殖に成功したらしい現今の王国を前に、私は言葉を放つことさえ忘れた。
なんという量産型。なんという安価な聖女。工場のレーンで生産されているわけでもあるまいに。こんな量産型聖女がはびこる時代に誰がした。
目の前の悪魔である。そして悪魔に寄り添う裏切り者である。もはや世界を渡る資格のない、かつての慎ましさを忘れた傲慢な胸を持つ女である。裏切り者め。
「ショウコのばかやろう」
私は恨みがましくつぶやいた。ショウコはにこりと笑った。
「また会えてうれしいです、ナツさん」
○
驚きばかりが先行し、感慨を抱く間もない現状。桃色猥談は部屋の片隅で続けられ、召喚した聖女に対するいたわりの念もない。王子とショウコは私の帰還後のことをもう少し詳しく話そうとする。
そこへ。
「なんだお前。……まだ処女だったのか」
突然の無礼な声が聞こえた。私は顔を上げた。
開け放たれた儀礼室の扉から、鷹揚に歩いてくる男の姿が見えた。無愛想な顔つきで、まっすぐに私を見据える青い瞳。金の髪が以前より、かすかに伸びただろうか。二度見したくなる美貌は相変わらずだが、残念ながら今この瞬間、私の目は見えなくなった。
視界が心の汗に覆われる。実に安直な条件反射である。これは新陳代謝であって、心の細やかな機微ではない。きっと。きっと。
「ナツ」
耳になれた声だった。低くてぶっきらぼうで、痛むほどに親しい声だ。
私は目元を荒く拭った。瞬きをして、息を吸い込んだ。
それから、今までのように名前を呼んだ。かつて、何度も何度も呼んだように。
「カミロ!」
(おわり)
あと番外編ふたつでおしまいです。




