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 捕獲された私を見て、カミロは呆れを隠さずに言った。

「早すぎる」

 即断即決が我がモットー。仕方ないね。

「本気で逃げられると思ったのか、お前は」

 仕事帰りの疲れた顔に、更なる疲労を滲ませて、カミロはうんざりと首を振った。


 ○


 脱走未遂の詳細な顛末は告げるまい。私も少し安直に行動しすぎたとは思っている。そして、私の言う「少し」があまりに幅広いということもまた認めている。

 しかし、ショウコたちの安否もわからず、魔術の消費期限も刻々と迫る中、冷静な判断を下せというのも無理難題であることを理解していただきたい。気が急いて、下準備をろくにせずに逃げ出したくなるのも道理というもの。私の行動は、きっと誰にも責められはしまい。

 そもそも、下準備をするほどの時間が私に残されているかといえば、そうでもないのだ。

 私を帰したくないとのたまう悪漢ことカミロ。やつが魔術の完成の近づくにつれ、警備を強化していくだろうことはわかりきっている。それに対抗するだけの地理の把握や脱出路の確保をするには、あまりに時間が足りなさすぎた。

 ほとぼりが冷めるまでひと月の軟禁と言うが、魔術の完成はおそらくそれより相当早いはず。なればこその近日中の脱出を目論むのは当然と言えよう。


 ○


 夜も更けて、侍女型ゴリラに散々絞られた後は、カミロの部屋で直接のお説教である。

 部屋で二人きりというのも戦々恐々であるが、現在はカミロのお叱りが恐ろしい。私は椅子の上で正座をし、頭を深くうなだれた。形ばかりの反省を如実に示すポーズである。

「城にいたときは逃げたりはしなかっただろう。ここにいることがそれほど辛いか」

 私の正面で椅子に深く腰を掛け、気苦労の絶えないカミロが言った。

「もう少しは賢いと思ったが」

「城は逃げるメリットがなかったからね」

 逃げ出したいとは思えども、城から出ても生きる当てはない。その上カミロ邸とは比べ物にならない見張りがいて、四六時中傍にいる厄介な監視役までいたのだ。日替わりモットーとして深謀遠慮を掲げていた当時。私はひたすらチャンスの到来を待ち続けていた。実にけなげな有様である。

 そんな内心の猛烈な言い訳はできるだけ口に出さず、私は次なるお説教の到来を待ち構えていた。


 しかし、いくら殊勝な態度で待っていても、カミロから来るのは無言である。二人だけの静かな部屋に、燭台の火の爆ぜる音しかしない。この世界の夜は静かで、耳に痛いほどだった。

 耐え切れず目をやれば、カミロの視線とかちあった。先ほどからずっと私を見ていたのだろうか。どことなく物憂げな視線が、ごまかすように逸らされる。

 さては我が反省の色に圧倒されたに違いない。身の内からあふれ出る偽りの申し訳なさが、後光のごとき輝きを放ってカミロの目を潰したのだ。

 その証拠に、カミロは譲歩するような口調で言った。

「……城のことが気になるか?」

「それはもう」

「なにが知りたい。帰還の魔術のことか?」

 私はカミロをまじまじと見やった。目を逸らしたカミロは、視線の先を持て余したように窓の外を見やっている。私はそれを追って、すっかり夜に染まった空を見た。


 街灯のない非文明国の夜空は、星の自己主張が激しい。我先にと輝く星々に、しかし私の知った星座はない。それ以前に、私はオリオン座のほかに知る星座もないのだが、これは考慮に入れないこととする。

 センチメンタルの邪魔になるものは、意識から徹底的に排除をするのが、自分に酔うための秘訣である。


 私は顎に手を当て、少し考えた。魔術はむろんのこと気になるが、今一番に知りたいのはそれではない。

「……ショウコちゃんはどうなった?」

「彼女は無事だ。あの護衛は腕が立つ」

 脳筋もまれに役立つことがある。私はほっと息を吐いた。

「今は神殿から離れ、殿下の庇護にある。神殿は新しい聖女を召喚するつもりだ」

 そして吐いた息をそのまま飲み込んだ。なにやらきな臭い。というよりは、すでに火の手が上がり始めているらしい。薪代わりに良く燃えそうな枯れ木集団を使うことを、私は提案しよう。

「城は安全ではない。聖女も、いつまた狙われるかわからない状況だ」

 ふむ、と私は顔をしかめた、ショウコの危機は未だ去らず。

 しかし、犯人はもはやわかりきっているはずではなかろうか。ショウコ生存により、神殿の悪事は白日の下にさらされているべきだろう。悪徳の権化である神殿を、悪魔の化身である王子が焼き払うという、悪と悪のつぶし合いが始まっていてもおかしくない。勝ち残ったほうには、私から大魔王の称号を与えよう。

 などという私の発言の中から、カミロは必要なものだけを聞き出して答えた。

「…………聖女の証言にそれほどの価値はない」

 なんだと!

「あれくらい、神殿で口裏を合わせればごまかせる。疑いが残るのは当然だが、神殿の地位を揺るがすほどではない」

「あれだけのことをしておいて!」

「代わりはいくらでもいるからな」

 どことなく苦々しさを含めながら、カミロが語ったのは神殿悪徳の歴史だった。陰に隠された、正しく黒歴史である。


 ○


 いわく、しょせん聖女など、神殿が名目を与えただけの小娘に過ぎない。使えないなら新たに召喚すればよい。だけど神殿の威厳を保つために、一応すごい人として祭っておこうということなのだ。

 無事に任期を終えたなら、偉大な聖女としてどこぞの貴族に嫁がせる。ちなみにここで言う任期とは、恋人を作るか、幼児体型と童顔を卒業するまでの間である。

 一方問題が起きたなら、内々の処理は任せろとばかりに、神殿の裏組織が縦横無尽の活躍を見せる。裏組織の出番はそう多いものではなかったが、それでも維持管理がされるくらいには活躍の機会があった。


 嫁いだ聖女が、以後城へと出入りしていないのは知っての通り。どうやらこのあたりは、ルールとして決められているらしい。聖女が嫁に行ったなら、あとは相手の領地で細々と草でも食べて生きるべし。表舞台からは去り、あとは慎ましやかに余生を過ごせとのお達しである。

 それはつまり、人には言えないあれこれをカモフラージュする意味も含まれているのだ。聖女を嫁にもらったという設定の貴族に、神殿派が多いのは内緒である。


 すべては暗黙の了承の元。長年の平和とは幾多の聖女の犠牲の上に成り立っていた。


 ○


 これは義憤に打ち震えるのも無理ないことだ。怒り心頭の私は、反省のポーズも忘れてわめいた。

 これは基本的人権の侵害である。法に基づき弁護士の召喚を要請する。まずは裁判だ。さもなければ戦争だ!

「……殿下は、今のあり方を変えたいとお考えだった」

 私の怒りは受け流し、カミロは苦痛をかみしめながら言った。

「お前はきっと、殿下のもとにいた方がよかったのだろうな」

「よろしい、ならば解放しろ!」

「城は危険だと言ったばっかりだろう」

 危険など省みぬ! 正義のために向かうのだ!

 ただし正義執行よりも先に、まずは我が身の帰還が先である。この国の人権問題については、元の世界に帰ってから考える。ショウコも連れて帰るが異論はないな。

「前にも言ったが、俺がお前を逃がすわけにはいかない。人の話を聞いているのか」

「もちろんのごとし」

 一言一句もらさず聞いている。覚えているかいないかの違いである。

 私の言葉に、カミロはいつものようにうんざりと頭を振った。ため息をつくのも忘れない。慣れたものである。

「この屋敷にさえいれば安全なはずだ。少なくとも、神殿の目はごまかせる」

 しかしそれは私の帰還が遠のくということ。


 だいたい、安全と言いつつも使用人たちは信用できず、私とカミロがただならぬ仲と偽らなければならない現状。奥様呼ばわりの日々を過ごし、本当に安全安心と言えるのか。

 神殿とはまた別種の危機に身をさらされている予感がする。

「……一応、お前を身請けしてきたということにしてあるからな」

 カミロが後出しで大変なことを言った。

「他にどう言えばいい? 純潔を奪うためだけに連れてきたと?」

 直球すぎるわ。

「周りの反応は我慢しろ。しばらくは同じ部屋で寝ることになるだろうが、俺はお前が望まないことをする気はない」

「私は拉致監禁も望んでいない!」

 私の言葉は聞かず、カミロは腕を組んで椅子に背を預けた。

 一通りの話は終えたと判断したのだろう。私が騒いでも、カミロは無言のままである。重たげに顔を持ちあげて、黙って私を見つめた。

 出かけ先で、今度はなんの悪だくみをしていることやら。カミロはしばらく、疲労に満ちた視線を私に向けたあと、一度緩慢に瞬きをしてから目を閉じた。


 ○


 眠ってしまったのだろうか。珍しく無防備な様子で浅い呼吸を繰り返す姿を、カミロが私にそうしたように、少しの間眺めていた。

 燭台の火が爆ぜ、部屋の明かりが揺れる。静かな夜に、遠くから虫の鳴き声が響いてきた。


 虫の声を追って、私は窓の外を見やった。ごく当たり前のように夜の空があり、星が一面に散らばっていた。

 オリオン座はやはり見つからない。


 ○





 とはいえ、さすがに無数の脱走未遂にはカミロもご立腹らしい。

 望まないことはしないと言っておきながら、嫌がる私を無理やり物置に閉じ込めたのだ。一日こもって反省しろとのお達しである。

 ここ数日、確かに私はたいそうな脱走を試みた。一応は計画も立ててみたし、カミロ邸から城までの位置関係も把握した。見張りのチェックも怠らない。ファッションで脱走をする気などはないのだ。しかし顛末は語るまい。

 おかげで現状、薄暗い物置である。いやはや短気は損気。まったくカミロのやつ、無礼千万な上に気も短いときた。

 私に対するこの無体、いずれ後悔させてやらねばなるまいな。

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