4
裏切り者の朝は早い。
神殿と王子、双方に分け隔てなく裏切りを働いているカミロ。この悪漢が早起きして真っ先にすることは、当然のごとく隠蔽工作だった。
昨晩、散々わめいた揚句いつの間にか寝入っていた私を起こし、シーツを変えるからどくようにとカミロは言った。
言われた私はベッドの中である。眠い目をこすりつつ、私は顔を覗き込むカミロを見やった。途端に昨晩のカミロの血迷った発言と、自らの醜態を同時に思い出す。危うくもんどりを打って更なる醜態をさらす羽目になるところだった。
すんでのところで自らを律することができたのは、カミロが年中無休の無愛想を今日も発揮していてくれたおかげである。これから数人の侍女が来て、部屋を確かめるのだと、実に事務的な口調で告げた。
窓からは鋭角に薄日が差し込み、まだ朝の早い時間であることを告げていた。いつベッドに入ったのか記憶にはないが、ろくに眠れていないらしいことは感覚的にわかる。睡眠不足で頭痛がする。
こんな朝も早くから起き出して、わざわざシーツの交換とはこれいかに。
「していないとわかるような証拠は残すな」
眠たげな私に眉をひそめ、カミロは疑り深い視線を向けた。
「邸内の使用人たちにも知られないようにしておけ。特にお前は、口が軽いからな」
口が軽いのではない。嘘のつけない、謹厳実直を体現したような人間であるというだけだ。世間様に対してなに後ろ暗いこともなく、正直と勤勉を掲げて生きてきたあかしである。
「服も変えろ。寝台の方は信頼できる侍女に処理させる」
私の発言の取捨選択は、カミロの得意とするところである。無意味な私の言葉は聞かず、カミロは朝らしからぬきびきびとした口調で言った。
「使用人たち相手でも信頼できるとは思うな。どこから神殿に伝わるかわからない」
「部下の掌握もできていないとは」
しょせんは裏切りなど三下のすること。カミロのカリスマ性のなさを露呈する形となったのだ。
などと言いながらあくびも交えれば、緊迫感も影が薄くなる。今一つすっきりしない頭を振り、私はのろのろとベッドから起き上がった。
思えば姿は昨日のまま。侍女たちの見立てた一夜の過ち用ドレスが、寝るに適した姿で幸いした。幼児体型がコルセットで絞められた日には、眠ればそのまま目覚めない恐れがある。
おかげでわずかながらも眠れたようだが、一方のカミロはどうしただろう。
まさか添い寝をしたわけでもあるまい。一晩起きていたか、それとも長椅子あたりで横になったか。
一瞬の申し訳なさが頭をよぎり、しかしそのまま通り過ぎていく。さらば罪悪感。次に会うときは元の世界だ。
「俺の家は神殿と近しい。屋敷の人間は、俺ではなく家に仕えているんだ」
私の内心はさておき、カミロは見苦しく言い訳した。
カミロの実家は神殿との癒着激しく、それを使用人もよく承知している。万が一神殿にそむくような真似があれば、保身を案じた使用人による容赦のない密告の嵐が待ち受けているのだ。裏切り者とはいつだって懐にいて、喉元に噛みつく瞬間を待ちわびている。食うか食われるか、世紀末とはこのことか。つくづく恐ろしい世の中である。
なるほど、と私は呻いた。我が身の哀れな境遇もお察しだ。
神殿から離れた今もなお、私は薄氷の上にいるらしい。口を滑らせたが最後、再び貞操の危機が来る。ならば私が勤勉実直のモットーをひるがえし、嘘に染まった言葉を吐いても正当化されてしかるべきだろう。正直者は馬鹿を見るとはよく言ったものだ。
「俺はこれから出かける。夜には戻ってくるつもりだ。屋敷を好きに歩いてはいいが、逃げようとは思うな」
「もちろんだとも!」
逃げ出す気など毛頭ない。私はただ籠の鳥のように大人しく、いつか来る解放の日を待つ所存である。
私の言葉に、カミロはただただ胡乱な瞳を向けた。失礼な男である。
○
ゆうべはお楽しみでしたか?
と尋ねられれば、私は持てる知識を総動員して、めくるめく桃色の夜を語ってみせた。十割が嘘である。内訳としては二割がアニメからの知識で、残りが妄想に由来する。
へえ、へえ、と尋ねてきた侍女は感心したように頷いた。昨晩の、何体もの山の主を従えていた恐るべき老侍女である。
現在、私は彼女に給仕され、アフタヌーンティーと洒落込んでいた。
脱走など微塵も考えず、虚心坦懐に敷地内を歩き回っていたときに、彼女に見つけられたのだ。深い意図なく地理を探っていただけの、後ろ暗さのなにもないこの私だが、「お茶にしましょう」と言われれば逆らえない。
しかも場所は、裏門にほど近い物置のような小屋の傍。堅そうな門の南京錠を見やりながら「屋根から昇って門を飛び越えられないかな」などと考えていたならなおさらだ。
そういうわけで、私は庭先の小さなテーブルセットに座らされている。
庭は城とは比べるべくもないが、なかなか手入れは行き届いていて、それなりの見栄えを保っていた。秋の花は咲き頃で、花壇に整列して鮮やかな色を見せている。見上げれば、秋雲に紛れる日差しがやわらかい。時おり吹く風が私の髪を揺らし、心地よい涼しさを感じさせた。
さわやかを体現したような昼下がり、なにが悲しくて私は桃色の虚実を語らねばならないのか。アニメの曖昧なベッドシーンに基づく飛躍に飛躍を重ねた妄想も、そろそろ我が精神とともに限界が近い。
むなしさに語る口を閉じ、私は出された茶を舐めた。そんな私の様子を真横で眺め、老侍女は息を吐く。
「カミロ様にそんな趣味があったなんて思いませんでした……」
どんな趣味があったのだろうか。失言の予感に、私は飲みかけた茶を詰まらせた。
「でも、きちんと奥様を取られる気になられて、一安心です」
「奥様ですと」
「今はお城の方が少し騒がしいですが、落ち着いたら結婚式をいたしましょうね」
「結婚ですと!」
「ええ」
老侍女は私を見て、親しそうに微笑んだ。対する私は、カップに口をつけたまま動かない。茶は喉に詰まったまま一向に流れず、そろそろ私の息の根を止めようとしていた。
「あまり女性に興味を持たれない方でしたからね。カミロ様を気に入って、ここのお屋敷まで来てくださるお嬢様もいらっしゃったのに。それにお城では、リベリオ王子殿下とこう、噂がありましたでしょう? それで、心配だったんですけれどね」
どうやら彼女は話好きらしい。私の返事があろうとなかろうと無関係に語り出す。
王子とカミロのそこはかとなく腐臭のする噂や、幼少時のカミロの甘酸っぱくも切ない初恋という名の黒歴史、昼となく夜となく、カミロの住居周辺に出没する愛情に正直な令嬢。聞けばなかなか面白そうだが、私はそれどころではなかった。
老侍女の横で、私は流体に殺されようとしていた。なにやら袋小路に追い詰められようとしている予感がする。
○
どうしてこうなってしまったのか。
屋敷での私の扱いは、すっかり奥様である。諸事情により一度振られたという設定であるこの私に対し、ずいぶんな手のひら返しであろう。居心地悪いことこの上なし。
だいたい、現状の私が誘拐の被害者であるということを屋敷の人間は理解しているのだろうか。私亡き後、城はいったいどうなった。ショウコは無事であるのか。神殿の悪人どもはいかがした。
このあたりは、聞いてもみんなはぐらかされる。裏切り者を排出するほどカミロのカリスマは欠乏しているくせに、箝口令はしっかりと浸透しているらしい。
私を閉じ込めていったいどうするつもりだ。囲い込むつもりか。外堀を埋めたつもりか。誘拐犯が被害者を懐柔できると思っているのか。
そんな虫のいい話があるものか! 基本的人権を日の丸に掲げ、弁護士集団が手ぐすね引いて待っているぞ!
こうなった以上、人目を忍んでの遁走も無理はない。
正直者が馬鹿を見るのだ。




