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 祈りの文句や神への祝福が、本人の意思とは関係なしにかわるがわる少女に降り注ぐ。

 主役であるはずの少女は、唖然としたまま事の成り行きを見守っていた。哀れとは思うが、儀式なんてこんなもの。形だけ整っていればそれなりに格好がつくのだ。かく言う私も、内心同情しつつ、聖女として長い暗記台詞を唱え、素知らぬ顔で少女に手を合わせた。

 逆の立場になると案外思い出せるものだが、私の時もそう言えば、今の私と同じポジションの女性がいた気がする。「私の代わりになんたらかんたら」とか言っていたが、要はつまり「やっと仕事が終わった、新聖女運悪すぎざまあ!!」という意味なのだろう。しかもそれっきり、私は一度も先輩聖女に会ったことがない。この堅苦しいしがらみから上手く逃げ切れたのだろうか。腹が立ってきた。

 最後に神官長が眠くなるような長い説教をして、儀式はつつがなく終了した。その間、少女はずっと目をぱちくりとさせていた。




 ほとんどの人が退場し、肌で感じる静寂が儀礼室に戻る。残っているのは、私と神官長と、数人の神官だけだった。

 哀れな少女は、儀式らしきものが終わったと察したのだろう。ずっと座り込んでいた祭壇の前から立ち上がり、やれやれと息を吐く私たちの元へやってきた。


「あ、あの……?」

 一通り見渡してから、彼女が迷わず話しかけたのは私だった。下まつ毛が長く、彫の深い現地人神官たちを避け、真っ直ぐ私の元へ来るとは良い判断だ。のっぺりとした日本人顔の私は、なんとなく親しみを覚える。たとえば外国で道に迷ったときに、話しかけるのはなぜかアジア人になるものだ。

「なんなんでしょうか、これ。ええと、なにかの、撮影……?」

「話すと長くなるんですけどね…………まあ、まずは場所を移しましょうか」

 ちらりと神官たちを見やると、待ってましたとばかりに少女の元へ駆け寄ってくる。

「お部屋の用意はできております」

「お疲れでしょう、まずは喉を潤されますか?」

「お召し物をお代えいたしましょう、さあこちらへ」

 あれよあれよという間に、少女は神官たちに連れて行かれてしまった。

 あの調子では、しばらく彼女の疑問は解決しないだろう。哀れ。


 ○


「つまりここは別の世界で、あなたは聖女なんです。ちやほやされます。マスコットです。動物園で言ったらパンダです。わかりましたか?」

「わかりません」

 ですよねえ。


 私と少女が対面したのは、夕日が差し込む王城の貴賓室だった。

 実に、私の部屋の隣である。急遽引退により、聖女の部屋を占拠した私の移動先が決まっていなかったため、こんなやっつけ仕事になってしまったのだ。

 私が少女の部屋を訪れたとき、彼女はすっかり憔悴していた。すでにちやほやされたあとらしく、制服はドレスに変えられ、すっぴんだった顔は化粧に彩られている。元より可愛い顔をしていると思っていたが、今の彼女は街を歩けば振り返るほどの美人になっていた。

 私たちはとりあえず自己紹介を交わしたあと、まずもって疑問に思っている部分の解消に当たっていた。

 それが、先の会話である。

 私の相当はしょった説明によると、この世界で聖女になって、毎日美味しいものを食べ、ストレスをためて生きる、らしい。私なら、「なに言ってんだこいつ」と、とりあえず叩く。ポンコツは叩いて直すのがセオリーだからだ。


 しかし、それにつけても彼女は出来た人間だった。私が役立たずと早々に見抜いて、話題を変えてくる。

「……ナツさんも、私と同じように日本から来たんですよね?」

「そうですそうです。びっくりするほど突然来ました」

「私も……私、学校から帰る途中だったんです。天気のいい日で、自転車に乗って、音楽を聞きながら川原を走っていたはずなんです――なのに気が付いたら」

「ショウコちゃん……」

 日下部祥子と名乗った少女は、深く椅子に身を沈めて、顔を覆った。

 さすがの私も、茶化すことは出来なかった。彼女の向かいに座り、じっと泣き声を聞くと、私がこの世界に来たときのことを思い出してしまう。


 私の日本での最後の記憶は、カラオケボックスだった。高校の友人と学校帰りにアニソン縛りで大熱唱。マイクを握ったら離さない私は、すっかりいい気分になって声を張り上げていた――ところにあの儀式である。

 気持ちよく歌っていた私はうっかり周囲の変化に気が付かず、間奏でのセリフをキャラクターになりきって語っていた。あの凍りついた空気、思い出すたび、腹の奥がきゅうっと縮んで悶絶したくなる。忘れたいのに忘れられない記憶だった。

 私の暗い顔を窺い、ショウコは申し訳なさそうに俯いた。

「すみません。私ばっかり……ナツさんも辛いですよね。こんなことが現実なんて」

「……本当に、現実は時として残酷です」

 私は虚ろな瞳でそう返した。あの時をやり直せるのなら、私は三万までなら出す。


 どうやら私は教育係には不向きらしく、状況説明もそこそこに、二人ですっかり意気消沈してしまった。どちらかがため息をつくと、返事代わりのため息が返ってくる。

 考えてみれば当たり前だ。私にとっても彼女にとっても、この状況は不本意極まりない。なりたくもない聖女になるために、知らない世界に来てしまったのだ。元の世界には親兄弟だっているし、友人だっているし、私にはさらに作りかけのプラモデルもあった。

 パーツの下塗りを済ませて、乾かしている途中だったというのに。きっと今頃は母に処分されていることだろう。母はガンプラの額のアレでさえ、外れたからと言って容赦なく捨てる人間なのだ。

「……私、帰れるのでしょうか」

 ショウコの言葉に、私は沈痛な顔を上げた。すぐには、彼女の言葉には答えられない。

 帰ることができる、可能性はあるらしい。

 しかし彼女はこれから長いお勤めが待っているのだ。この世界における聖女は、簡単に失えるものではないと、私は一年の聖女生活から悟っていた。現職聖女であるならば、帰る手段があっても、帰してもらえないだろう。

 それになにより、ショウコだけが帰ってしまい、人員不足で私が聖女復職などということになったらどうなる。二人そろって帰ることができるならまだしも、そんな貧乏くじは御免こうむる。悪いな後輩、先輩のために犠牲になってくれ。

「き……希望を捨てなければ、いつかきっと」

「はい…………」

 両手を膝の上で握りしめ、ショウコは唇をかみしめた。彼女の涙の雫が、ほとりと落ちるのが見えた。ひどく胸が痛む。罪悪感を抱きながら、私は彼女が泣き止むのを待っていた。


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