表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/59

15

 つまり私は悪徳王子に騙されていたわけだ。

 自ら危険を引っ張り込んでおきながら、私に調査を依頼するとはこれいかに。

「お前が余計なことをすることを期待しているんだろう」

 余計なことなどとは失礼な。私が行おうとしているのは、科学に基づいた近代的捜査である。蛮族の兵たちをことごとく文明化させる魔法の御業である。

 私が言うと、カミロは恐ろしいほど冷たい目を向けた。蛮族どころか、進化前の猿を見るような目つきである。

「そうやって引っ掻き回させたいんだ。叩けば埃が出る連中が、いくらでもいるからな。そういう連中は、お前をよくは思わないだろう」

 この国は本当に腐りきっている。

「平和というのはそういうものだ」

 夢も希望もあったものではない。


 ○


 あまり殿下にのせられるなよ。と言い残し、カミロは椅子から腰を浮かせた。間もなく夜も更け、私の就寝の時間である。淑女の部屋にはあまりいるものではない。

 私はベッドの上で、抱えた膝にあごを乗せた。そのまま長身のカミロをちらりと見やる。

「……いや」

 カミロが私の些細な声に気がつき、視線を向ける。私は少しおののきつつも、ゆっくりと言葉を吐きだした。

「…………でも、調査はやめない」

「お前、俺の話を聞いていたのか?」

「しかとこの耳に」

 確かに聞いた。この調査には危険がつきもの。痛い腹も痛くない腹も平等に探る私の縦横無尽の活躍に、容疑者たちは終始怯え、蛮行に及ぼうとするのだろう。

 さらにはもしかしたら、幾重もの警護に阻まれた聖女より、私の方が先に狙われる可能性だってある。本命聖女の前座として私が死しては、七代祟っても祟り足りない。一族郎党ペットから惚れたあの子に至るまで、徹底的に呪い尽くす所存である。

 熱っぽく語り始める私を見て、カミロは仕方なさそうに椅子に座りなおした。夜は長いと見たのだろう。


 私は口を動かしながら頭を働かせる。有能な私の活躍によって、私自身の身に危険が及ぶことを、あの狡猾な王子は知っていただろうか。これまでの話から考えると、知らないはずはない。

 ならば危険を承知で、なぜ私をけしかけた?

 そのとき私に電流走る。

 脳裡にかつて見たロボットアニメが流れ出した。ロボットものに頭脳戦と鬱展開はつきものだ。

 私の奔放な想像力が、今の状況とアニメの展開と結びつける。あまり快くない想像だ。私は息をつまらせてから、静かに口を開いた。

「……殿下は……ショウコではなく私を狙わせたいのでは?」

 カミロが瞳を鋭く細めた。目は口ほどにものを言う。

 青く深いカミロの瞳を覗きながら、私は膝を抱きなおした。あの王子、いずれ簀巻きにして利根川中流に沈めなければなるまい。私を大切にしない非人間は魚の餌とするべきだ。

「わかったなら、なにもするな」

「いや、いやいや」

 王子への憤りは胸中深くに沈殿するが、それでも私はカミロの言葉を否定した。

「だけど必ず私が狙われるとは限らないし。要するにそっと調べればいいんでしょう。私は隠密行動も得意だ、たぶん!」

「お前の自信はどこから来るんだ」

 主に天賦の才を信じるところから来る。俗人とは、身に秘めるポテンシャルが違うのだ。それが表に出てくるかどうかはまた別である。

 私の膨大な自信に、カミロは眉をひそめた。今日一日、徹底して苦い顔だけを見せ続けるが、疲れはしないのだろうかと、私は他人事ながら心配になった。

「どうしてそれほどこだわる。お前は馬鹿だが、今まで事を荒立てるようなことはしなかったはずだ」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」

「これまでもそうやってきただろう。この一年、面倒事は起こさなかったはずだ。それがなぜ」

 小学生の普遍の真理を見事に無視して、カミロは続けた。なぜ、というカミロの言葉には、溢れんばかりのの苛立ちが感じられた。

 確かに、私の一年契約の聖女業、さしたる起伏もないまま終わった。なにもフラグが立たなかったことも事実。しかし、あえて立ててこなかったのも事実かもしれない。痛いイベントと頭を使うイベントを避けていたら、お使いクエストに終始してしまった感じだ。

 だが、痛いのも頭を使うのも嫌なのだから仕方ない。権力闘争も遠慮したいし、恋愛イベントはあっちが避けて通った。

「どうして今さらになって、首を突っ込むようなまねを」

「だって」

 私は少し俯いた。

「……だって、ショウコのためだ。放っておいたら、殿下はショウコを危ない目に遭わせるんでしょ?」

「あの聖女になんの思い入れがある? まだ知り合って間もないくせに、わざわざ厄介ごとに関わる価値のある相手なのか?」

 カミロの言葉を聞きながら、私は唇を噛んだ。得も言われぬ不快感が胸にある。


 燭台の火が揺れ、橙色の薄明かりが頼りなく部屋を照らす。窓の外は暗く、空には針の穴から光がこぼれるように、いくつもの星が瞬いていた。

 街灯はない。汚れた空気もない。夜を照らす蛍光灯の白い光もない。

「ショウコは、同じ世界の人だから」

「同じ世界の人間だから――それだけか?」

 カミロの声は不満げだった。それだけかどうかは知らないが、それが重要であるのは違いない。

「そんなに、その世界が大事か」

「そりゃそうだ」

「同じ世界だというだけで、それほど思い入れるものなのか」

「当たり前だ!」

 修学旅行でホームシックにかかる、現代のゆとり高校生を舐めるな。小学校では週に一回先生をお母さんと呼び続けた私が、一年間の異郷におけるホームステイに耐えたことこそ、むしろ称賛に値する。

 愛しの現代社会を離れ、車なし、ゲームなし、テレビなし、携帯なし。そんな僻地で一年も暮らしてみれば、大概の人間は発狂するはずだ。せめてプラモデルでもあれば、部屋に引きこもって造形美を求め、精神の安定も保つことができただろう。正気度だって回復もするというものだ。しかしそれもかなわぬ夢。

 そんな正気度減少の一途をたどる私の元へ、懐かしい世界の住人がやってきたのだ。

 そりゃあ思い入れもする。サブカルの話もする。今年のコミケの来場者数だって聞くというものだ。いったい誰が責められようか。


 憤りに我を忘れ、私はベッドから身を乗り出して喚いた。そもそも悪いのはこの世界ではないか。拉致監禁だ。神殿と王家に対し、謝罪と賠償を要求する! ついでに犯人の調査もやると言ったらやるのだ!

「ナツ」

 カミロが呟くように言った。

 その声はほとんど耳に入らなかったが、その行動には跳ね上がるほど驚いた。

「お前が今の聖女を大切に思うほど、彼女はお前を大切には考えていない」

 言いながら、カミロは私に手を伸ばした。カミロの武骨な手が、私の頬に触れる。乾いた指の感触に、私は瞬間的に体を強張らせた。

「彼女には他に心を占めるものがある。殿下や、護衛や、親しい侍女たちがいる」

 瞳を向けると、カミロと目が合った。相も変わらず感情が読めない。当たり前のような顔つきだった。

「なのに……お前はこの世界に、大切なものをなにも残さないつもりなのか?」

 頬を包むカミロの手のひらと、熱を感じた。ひやりとしているのに冷たくはない。

 ただただ感じるのは、知らない人間の違和感だ。


「ほげえ!」と叫んで私はカミロの手を振り払った。

「乙女の柔肌になにをする! ハレンチ! 痴漢! マンチカン!」

「最後のはなんだ」

 語感が似ている。


 私は逃れるようにベッドの隅へ行くと、そこで丸くなってカミロを威嚇した。

 無礼者め、なにをする。私を乙女と知っての狼藉か。そんなことだからカミロなんぞと妙な噂が流れてしまうのだ。いかにしてこのような破廉恥極まる行動に出る。理由によっては戦争が起こるぞ。

 流れるように言葉が出るのは、九十九割アニメとアニソンのせい。日がな一日決め台詞を練習し続けた効果を今こそ発揮するべし。おかげで妙な言葉だけはよく知っている。

「だいだい、なんでカミロはそんなに私を引き留めようとする!」

「知りたいのか?」

「いや、それほど興味はないけど!」

「そうだろうな」

 カミロはため息をつくと、腕を組んで椅子に背を預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ