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13

 リベリオ王子は例によって例のごとく、暇に飽かせて嫌味を言いに来たのだろうと思ったら違った。

 どうやら第一の目的は、事務連絡にあったらしい。

「兵たちに調べさせているがな」と前置きをして、王子が語ったのは以下の通りである。


 ○


 いわく、陶器が投げられたのは、現在未使用の部屋である。置きっ放しにされていた空の花瓶を、どこかの誰かが放り投げたのだ。

 部屋には何者かが立ち入った形跡はあるが、わかるのはそれだけだった。犯人の特定どころか、部屋に押し入ったのが男か女か、大人か子供かすらわからない。足跡はきれいに消され、証拠らしい証拠は何も残っていなかったそうだ。

 ならばここは、推理ゲームやサスペンスドラマで鍛えた我が灰色の脳細胞がきらめくだろう。と言いたいところだが、指紋の存在さえも知らない蛮族の地において、果たして先進的文明に染まった知識は役立つだろうか。時刻表トリックを見破る自信はあっても、その才能を使う機会はおそらく永遠に訪れない。

 いやそれ以前に、ああいったゲームやドラマでは、とりあえず一人死なないと犯人がわからない仕様となっている。まだ誰も死なずに犯人を当てるなど、たとえ金田一耕介だって不可能だ。あの名探偵ですら、おおよそ村人が全滅したころにやっと犯人を追いつめる。

 日本を代表する名探偵でさえそんな状態ならば、未開の国の衛兵はおろか、私にさえ犯人を見つけ出すことは難しい。


 ただし、状況的に犯人は、ショウコの行動を把握していたのだろうと思われる。

 それが、今までの調査で明らかにできた犯人像の、唯一の手掛かりだった。


 城の裏通りを歩くと見越して待ち構えていたに違いない。そうでもなければ、どうして空き部屋に人がいるものか。

 そう考えると怪しいのは、私と護衛がショウコを連れ出した、と知っている人物になる。

 ここでぐっと絞れそうだが、そうはならないのが現実だ。外へ向かおうというとき、すれ違う侍女や侍従が落ち込むショウコを見かねて声をかけ、私たちはなに隠すこともなく行き先を告げたのだ。主に城中の人間が知っている。まことに遺憾である。


 ○


「これだけでは、犯人を捕まえることは難しそうだ。ショウコへの警護は増やしておく。お前も近くを離れるな」

 王子はそう言って赤毛の護衛を見た。護衛は神妙にうなずき、ショウコへの好感度向上に熱意を見せた。

 いやしかし待て。ここで私の洞察力が働いた。

「犯人は、殿下の親衛隊じゃないんですか?」

「親衛隊?」

 王子が一瞬だけ訝しげに眉をひそめ、それからすぐに納得したように言った。

「ああ、あれか。秘密親衛隊というやつだな」

 そうそう、と私は首肯した。現状、ショウコを狙う第一容疑者はあの秘密組織だろう。なにせ動機がある。実行力もある。犯人にふさわしい怪しさと胡散臭さもある。

「ふん、そうかもしれないな」

 王子は足を組みなおし私を見やった。思案するように私の顔を窺いつつ、王子は自分の長い髪をなでる。

「……そうだな。あれが犯人の可能性もある。しかし、調べようにも親衛隊の実態がつかめない。構成員や動向など、どうやって調査したものか」

「殿下の親衛隊なのにわからないんですか?」

「勝手に名乗っているだけだからな」

 つまり、王子の身の回りを勝手に警護し、勝手に敵を排除し、しかし組織だっての接触は避けるという、実に奥ゆかしい淑女的な集団ということだ。嫉妬渦巻くファンクラブと聞いていたのだが、真実とは意外なものである。

 これでまた一つ、私の手によって秘密が一つ解明されてしまった。

「秘密親衛隊か……これまで表だって出てこなかったことから、なかなか狡猾な組織だと思われるな。衛兵たちが動けば、警戒して尻尾を出さないかもしれない。……おい、お前たち」

 王子は視線で、私と護衛の二人を示した。

「お前たちで調べてみないか? まだ、親衛隊が関わっているか疑っているのは私たちしかいない。……これほど慎重な連中だ。衛兵たちには任せられない――どうだ?」

 言いながら、王子は声の調子を落としていく。まるでこの会話を聞かれたくないような、神妙な声色だった。

「いや……はっきり言えば、今頼めるのはお前たちしかいない。ショウコを守るためにも…………頼む」

 今までの態度とは打って変わって、王子は殊勝な表情で私たちを見やった。

 生まれ落ちる前からすでに、天上天下唯我独尊と言い放っていたであろう王子だ。私がこの世の終わりだろうかと目を瞬いたのも無理はない。

 ショウコも驚いている。護衛も驚いている。驚いたあとで即座に感涙し、「必ずや犯人を仕留めます!」と誓うあたりに、彼の単細胞さがよく表れている。

 一方、思慮深く疑りも深い私は、すぐに王子を信用は出来なかった。

「殿下、ずいぶんと以前と態度が違いませんか?」

 会うたびに嫌味を言っていた時代が嘘のようである。ここ最近は、ショウコに対しては妙に優しいし、私に対してはほぼペットと同格の扱いだった。

 主に路傍の石以下の扱いだったかつてに比べて、恐るべき進化である。無生物から生物への超進化である。いったい王子の中で、なにが変わったというのだろうか。

 私が胡乱な瞳を向けると、王子が微かに口の端を曲げた。

「お前が有能だと気がついたからな」

 ほほう?

「他の者たちにはできないことをする。発想はなかなか面白いし、頭も…………悪くはない」

 なるほどなるほど。

「行動力もそれなりにあるだろう。あとは……まあ、信頼できるということだ。お前たちが調査に出れば、私にとってこれほどありがたいことはない」

 私と護衛に顔を向け、王子は深い信用に満ちた視線を投げかけた。

 どうやら王子にも、私を見る目がついてきたようである。


 ○


 そうまで言われては仕方がない。本当は引き受けるつもりなど毛頭なかったのだが、どうしてもと乞われてしまえば、私だって鬼ではないのだ。いや参った。こうも信頼されてしまうというのも考えものである。

 しかし、一度引き受けたからには、私も全力を尽くそう。責任感が全身に満ち溢れてとどまらず、なおも体の奥から滾々と湧きいずる。そんな私を信用した王子は間違っていない。


 そうと決まれば善は急げだ。一足飛びに事件を解決してしまおう。

 私が意気込むと、護衛も同じ考えだったようだ。王子との話もそこそこに、今すぐ部屋を飛び出そうと力む。

 さあいざゆかん、ショウコ。

「え、私もですか?」

 ショウコは戸惑ったように私と護衛を見上げ、半ば腰を浮かした。

 むろんである、と私は頷いた。

 ショウコは被害者であるのだし、調査と並行して話を聞かねばなるまい。犯人への心当たりや、ここ最近のできごとなど、根掘り葉掘り聞くのが探偵業の基本だろう。

 それに、今の状態で護衛と離れるのはあまり感心しない。今回だって護衛のおかげで助かったようなものなのだ。警護を増やすと言った矢先に、手薄にするわけにはいくまい。

 私の至極もっともな意見に、ショウコはしばし思案するように目を伏せた。そして、そのまま椅子に座り直すと、ゆるく首を振った。

「私……すみません、行きません」

「なんですと」

「……少し、王子様と話したいことがあるんです」

 ショウコは両手を握りしめ、王子を見やった。ショウコの視線を受け、王子はなにを察したのか肩をすくめる。

 言葉はいらないとばかりの、無言のアイコンタクトである。

 甘い空気は皆無であったが、なにがしかの意思の疎通を感じさせる男女の有り様に、はらわたを煮えくり返してしまうのは悲しい性。いい加減もつ煮になってしまう。


 ○


 かくして私は、二人の空気にあてられた赤毛の護衛と共に、部屋からの撤退を余儀なくされた。

 おのれ犯人め!

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