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 秘密親衛隊許すまじ。

 現状、ショウコを狙える立場にあり、動機があるのは秘密親衛隊王宮支部工作班のみ。なんだかちょっといやだなあを越えるいやがらせに、寛大な神の申し子であり、心は現役聖女の私も怒り心頭。必ずや犯人を見つけ出し、天誅を与えるべし。


 ○


 衛兵への通報も済ませ、赤毛の護衛とともにショウコを自室に連れ戻してからしばらく。彼女が落ち着きを取り戻し始めたところで、私は復讐もとい天誅の提案をした。

 私自ら鉄槌を下したい思いはあるが、退役した今、すでに聖女特権を使えない身の上だ。ならばショウコの職権乱用により犯人をあぶり出し、今回の件を後悔させるような責め苦を味わわせるべきであろう。受けた恨みは忘れず、復讐は倍返し。生きる上での基本である。


 しかし、ショウコは椅子に深く腰掛けたまま、重たげに頭を振った。

「……ごめんなさい。今はそういうこと考えられなくて」

 声色は低く、掠れていた。外で見せた強がりも、今はさすがに見せられないらしい。


 私が人影を見たことから、今回の件は事故ではなく事件として処理されることになった。何者かが故意に、ショウコの頭上を狙って重たげな陶器を放り投げたのだ。これは殺人未遂事件である。警察代わりの衛兵が何人も出動し、現在も調査に当たっている。

 ショウコは自分が被害者として、危うく頭をかち割られるところだったことに、ひどくショックを受けていた。視線を伏せ、慰めの言葉を探す護衛の姿も、真実の義憤に震える私も見ようとはしない。

「私、それほど憎まれるようなことをしていたでしょうか。誰かから傷つけたいと思われるほどに?」

 両手で頬をおさえ、ショウコは息を吐いた。肩が微かに震えている。涙をこらえているのだろう、と気づくと、護衛はますますうろたえた。そこは優しく抱きしめてやるべきところだろうにと思うのだが、彼もとんだシャイボーイである。そんなことだから王子に二歩も三歩も先手を取られるのだ。


 しかも現在、ショウコの気鬱の原因は王子にある。

 秘密親衛隊の仕業であるなら、たとえ主目的がいやがらせにあるとしても、大義名分は恋敵への報復だ。ショウコと王子が親しくあることが気にくわない。よろしい、ならば消してしまえという短絡的思想の持ち主たちに、ショウコの部屋へかいがいしく通う王子などといった噂は刺激が強すぎたのだ。そこへ来て夜会の一件。これはもう、戦争になるべくしてなったとしか言いようがない。


 などと供述する私に、「でも」とショウコは反論した。

「妙なことをしているわけじゃないんですよ。あの人だって、ちゃんと私との噂を否定してくれているし……」

 その何気ない「あの人」発言でさえ、開戦しかねない男が傍にいることに、ショウコは気づいていない。ショウコから顔を逸らし、苦悶の表情を浮かべる護衛に対し、私はここしばらく同情の念以外に抱いた記憶がない。

 願わくば、この男にそこそこの幸あらんことを。そしてあまり多量な幸は与えず、余分は私に流すように。恨み晴らしはしたものの、恨んだ事実は消えないのだ。

 私は心の内で幼女趣味の変態神に祈りつつ、俯くショウコの姿を見やった。

「……それでも、納得いかない人は多いんじゃないですかね?」

 秘密親衛隊でなくとも、王子と仲の良い女性に対し不満を抱く人間は少なくないだろう。王子はあれでも、顔よし、身分よし、性格悪しと三拍子そろっていて、被虐趣味のある女人たちには絶大な人気を誇っているのだ。そうでなくとも、安直な権力闘争の一環として、愛娘を悪魔の餌食にしようという不届きな親もいるだろう。なんとなく目立つから気にくわないという人間もいるだろう。特に理由もないけど命を狙ってみるおちゃめな人間だっているかもしれない。

 そう考えると、王子の周囲にいるというだけで相当危険なのかもしれない。平穏な王国に一点の落とし穴である。どこの世界でも金と権力と大人は汚い。

 しかし金も権力も私の手にある限りは大好きだ。特に諭吉が好きだ。彼との逢瀬が正月にしかないのが悲しい。

「そう……なんでしょうか。そうなのかもしれません」

 横道にそれた金の話を遮って、ショウコは呟いた。

「今回のことも……私が招いたのかもしれませんね。自分でも気がつかないうちに……」

 ぽつりと言葉をこぼすと、ショウコは静かに泣き出した。

 そうなるともう、私も赤毛の護衛もおろおろする他にない。

 私はどうやら、人の心を癒すことに掛けては天才的な才覚を持っているわけではなかったらしい。いざ涙する少女を前にして、すっかり言葉を失ってしまった。


 ○


 徹頭徹尾役立たずと化し、ショウコの傍で困惑し続ける私たちの元に、天の助けがやってきた。

 ショウコのすすり泣きだけが響く部屋に、軽いノックの音が響く。停滞した空気の揺らぎに安堵し、私は思わず扉に視線を向けた。これこそまさに天の助け。人間ならば今は誰でも良い。無能を絵に描いたような私たちに変わってショウコを慰めてやってくれ。


 扉を開けて入ってきたのはリベリオ王子だった。私は前言を撤回した。地獄の使いである。全ての元凶である。

「なんだ、お前たちもいたのか。……ショウコ?」

 王子は私たちの存在に眉をひそめてから、心なしか気遣わしげにショウコの名を呼んだ。ショウコは俯いたまま、黙って目元をぬぐった。

「泣いているのか? あいにく私は慰めの言葉は持たない」

 自ら無能を宣言したが、王子は悪びれることなくそこらの椅子に腰かけた。そこで足を組み、ショウコへ視線を流す。

「泣いてどうにかなるのなら、いくらでも泣くがいい。誰かの同情も買えるだろうからな」

「で、殿下、そんな言い方」

「慰められるのが快感ならそれもいいだろう。それとも傷ついた様子を見せて味方を作るつもりか? 単純な連中には効果的だろうな」

 私の言葉を無視して王子は続けた。ただし、「単純な連中」という部分で、私と赤毛の護衛を流し見たことは忘れない。つまり王子は、私や護衛が情に流され、ショウコの味方をしていると言いたいのだ。見くびられたものである。だいたいあってる。

「……そんな言い方やめてください」

 ショウコはくぐもった声で、王子の言葉に反論した。

「私は、そんなつもりじゃありません。ナツさんやジーノだって、親切で傍にいてくれるんです」

「……別に、私は愚弄したつもりはないがな。感情を武器に出来るのは強いことだ」

「王子様!」

 強い声を上げ、ショウコは顔を上げた。目元に涙はたまっているが、強い視線を王子に向ける。悔しそうに口を引き結び、一度、苦しげにしゃっくりをした。

「どうしてそんなことが言えるの! 感情を武器にだなんて。私だって、普通の高校生なのに、こんな知らない世界で殺されかけたのに、傷つくこともできないっていうの!?」

 おうおう言ったれ言ったれ。私は自分の身可愛さに黙って成り行きを見守るが、心の中ではショウコの味方である。手放しで応援している。こちとら被害者なのだ。身の安全の保障と、謝罪と賠償を要求する!

「傷ついても構わない。それをうまく利用していることに感心しただけだ。……だが、元の世界でなんであろうと、今この場では聖女であることを忘れるな」

 王子は鋭くショウコを見やる。

「お前はまれに、自分の立場を忘れることがあるみたいだからな」

 ショウコはぐっと喉を詰まらせた。敗北が確定した瞬間である。ショウコのやらかし遍歴を辿れば、確かに反論の言葉はないだろう。


 言い返せずに、ショウコは悔しげに王子を睨みつける。しかし彼女の涙は既に乾いて、その瞳には力が戻ってきていた。

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