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その後もショウコへのいやがらせは留まるところを知らなかった。
それまでの嵐のような騒動の日々から一転。現在は、毎日地味ないやがらせを受け続ける生活だ。不幸の手紙は来るわ、ドレスは裁断されているわ、靴は隠されるわ。一昔前の少女漫画を想像させられる。そろそろトゥシューズに画びょうが入っているころだろう。
自らを中心として巻き起こす嵐には屈しなかったショウコだが、この地道ないやがらせには耐えられないらしい。ストレスを蓄積し、すっかり気落ちしてしまっているようだ。
ということを、私は道ばたで会った赤毛の護衛から聞いた。すでに日課と化した、神殿と城との往復時である。
○
木々が萌え、鳥が歌う上天気。聖女の力を満開に感じられる、健やかなる午後のこと。
いやがらせに悩むショウコを尻目に、私は神官長を押しかけ、いやがらせとばかりに文句をたれてきたばかりであった。
聖女利権を食い扶持とするのが神殿だ。たとえ退役聖女であっても無下には出来ない。聖女引退後にお払い箱となるのならば、現役聖女からの反発が免れないからだ。
などと私に入れ知恵をする者がいたばっかりに、神殿は毎日のように迷惑をこうむるようになってしまった。哀れなことである。要するに王子が悪い。
私がいらぬ憐憫を抱き、王子への責任転嫁を果たす一方で、赤毛の護衛は腕を組みつつ愚痴をもらした。
「ショウコのやつ、すっかり落ち込んでんだ……。俺や侍女たちも、ショウコの周辺は注意して見てるんだけどな……」
そう言いながらも、落ち込んでいるのは彼の方であるらしい。普段の不遜な態度はわずかに薄れ、どことなく自信の喪失がうかがえた。
「目についたやつは、だいたいショウコに届く前に処理しているんだ。もっとたちの悪い手紙だって毒だって普通はショウコに渡る前で見つけられるんだ。……なのに、なんであんないたずらみたいなやつだけ」
ほうほう、と私は相槌を打つ。これでも一応、世界を支える聖女様。幼女趣味の変態を満足させるため、わざわざ別の世界から呼び出したほどの存在である。しかるべき待遇に据え、防御態勢もしっかりしているはずなのだ。
しかしそれでも届く暗黒物質。さぞや不思議であろう。秘密親衛隊工作班おそるべし。
恐怖に身を竦ませていると、赤毛の男がちらちらとこちらを見ていた。なんだと視線をやれば、どことなく気まずそうに口を曲げている。
「あのよお……」
赤毛は言いにくそうに口を開いた。
「……ショウコが落ち込んでいるって言ったよな。元気づけてやりたいんだが、俺がなに言ってもだめなんだ。気を使わせないようにして」
なるほど、容易に想像がつく。周りに心配をかけまいと、無理をして笑顔を作る聖女。これだけで美談が一つ書けそうである。
いいやだが、これ以上ショウコ美談伝説が作られてしまうのも癪だ。代わりに私の笑顔を物語にしていただきたい。私も顔で笑って心で泣いているのだが、あまりにも人に理解されなさすぎた。そろそろ陽の目を見てもいいころだろう。
「……それで、お前に頼みがあるんだけどよ」
護衛は窺うように私を見た。あの夜会での一件以来、私と赤毛の護衛の間には、以前のような敵対心はない。私は間接的復讐を遂げたし、そもそも赤毛の方には私に対する敵意どころか、なにかしらの感情があったとも思えない。
「はいはいなんですか」
おかげで私も、話を聞いてやろうという気になるものだ。もっとも、たとえ敵のままであったとしても、この瀬戸内海より広い心をもってすれば、頼みを聞くなどなんということはない。
「お前、なんとかショウコを励ましてやれねえか? 同じ聖女だったなら、あいつも心許すかもしれないだろ」
護衛は真摯な顔つきで言った。すでに叶わぬ恋となったのに、未だにショウコを慕い、気遣う姿に泣けてくる。もはや「ざまあ」の域を越え、むしろ彼をこそ励ましてやりたい。
よろしい、ならば力になってやろうではないか、と私は同情心から決意した。
人の心を癒すことに掛けては天才的な才覚を持つと思われる私。これまで人を癒した経験など皆無であるが、やってみれば案外なんとかなるはずだ。
そういうわけで安請け合いし、私はショウコの心の傷を癒すことになった。
○
辛いときには気分転換で散歩にでも行くといいだろう。
私はショウコを連れ出して、城の裏手を練り歩いた。あまり人目があるよりは、静かな場所の方がいいだろうという気遣いである。
城の裏手は、中庭とはまた違った穏やかな庭となっていた。中庭よりは木々が多く、花の少ない並木道のような形になっている。木漏れ日が優しく、吹き抜ける風が心地よい。
並木道は神殿と裏門を繋ぎ、中庭へと伸びているのだが、あまり使う人はいない。せいぜい儀式の出席を拒否し、必死の抵抗として叫ぶ私の運搬のため、カミロが使用するくらいだ。おそらくは並木道の片側が、木々の代わりに城壁となっているせいだろう。私としては、城壁の作る影や、壁に開いた窓の穴を見やるのもオツなものだと思うのだが、この世界の人間には無粋なものとして映るらしい。
「すみません、ナツさん」
ショウコと赤毛の護衛を引き連れ、意気揚々と歩いていると、不意にショウコが言った。ショウコは護衛の言った通りの落ち込みようで、纏う空気は重く苦しく、放っておけば地に埋まる勢いであった。
なるほど、これは癒しがいがありそうだ。さりげなく彼女の心の内を聞きだし、そうとは気づかれぬうちに気持ちを軽くしてやろう。
「わざわざ気を使ってくれたんですね。ごめんなさい、私のために」
という作戦は露と消えた。よく考えれば、普段は一緒に茶を飲む程度の仲のくせして、急に連れ出して怪しまれないわけがないのだ。先手を指され、むしろ私が癒されたいくらいに落ち込んだ。
「きっとジーノが言ったんですね。もう、心配しないでって言ったのに」
「だってよお……」
背後で赤毛の護衛が口ごもった。ジーノとはどうやら彼の名前らしい。しかし覚える気は一向にないので、彼はいつまでも赤毛の護衛のままである。
ショウコは護衛を見やって困ったように笑ってから、その表情のまま私に顔を向けた。壁際の日陰の中で、ショウコの笑みはどこか痛々しい。私が思っている以上に、ショウコは辛い思いをしているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、ナツさん。私、これくらいなら耐えられます」
「……ショウコちゃん」
「そんな顔、ナツさんらしくないですよ」
慈悲深い私の表情にケチをつけ、ショウコは目を細めた。哀切に歪むこの表情こそ、私の真の表情であるということをショウコは知らない。普段の明朗快活な様相こそが偽りなのだ。あまりにも偽るのが上手すぎて、もはや誰も気がつかないだけなのだ。
そんなことを思いつつ、唇をかみしめ空を仰いだ時だった。
城壁に並ぶ窓の穴。その一つに、違和感があった。
人の影が見えたのは一瞬だ。私の視線はすぐに、窓から放られたものに移る。
ショウコの真上にある窓から、なにかが放り投げられる。陽光を遮る壁の際にあって、なお黒い影のように映る――。
「危ない!」
赤毛の護衛が叫び、私を押しのけショウコの腕を取った。
私は押しのけられた勢いに倒れ伏し、その瞬間は見ていない。ただ、陶器の砕ける音と、ショウコの悲鳴が聞こえた。
土色の地面に強か腰を打ちつけ、痛みに歯を食いしばる私の前に、陶器の破片が転がってきた。破片だけでも、十分な重みと厚みのあるものだったのだと分かる。
顔を上げると、赤毛の護衛に抱きかかえられ、地面に倒れたショウコの姿が見えた。彼女は蒼白な顔で破片を見つめ、それから私に気がついた。
黙って視線をかわす。ショウコから気丈な言葉は出ない。私から浮かれた言葉も出ない。互いに瞬きをするばかりだった。
まさかこれも、ショウコへのいやがらせの一端だと言うのだろうか?
口には出せず、私は息をのんだ。




