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 実に上品に神官長の襟首を掴んで聞いたところによると、こういうことらしい。


 そもそも聖女と言うのは、この世界では交換式なのだそうだ。召喚当初はとめどなく加護が満ち溢れる聖女も、時間が経つにつれ少しずつ摩耗していく。それに合わせて世界の愛も減少、花は萎れ鳥は引きこもりになるそうだ。乾電池みたいなものだな。

 人によって多少の差はあれど、おおよそ聖女的乾電池の寿命は数年。そうなると、私はずいぶんとコストパフォーマンスが悪かったようだ。一年で寿命を迎えてしまうとはなさけない。


 だいたいの場合は、こんなに短いことはない、と神官長は言った。普通は一年ほどして、この世界での生活に慣れたころに、聖女に将来のことを話すのだ。が、今回は話す間もなく電池切れ。急遽こんなことになってしまい申し訳ない、と神官長は頭を下げた。それでも前日連絡は舐めてるとしか思えないが。

 ちなみにかつての聖女がどうなったかと言うと、婚活に精を出したそうな。

 聖女は貴族を周囲にはべらせ、ちやほやされるのが当たり前。いくらでもチャンスはある。相手としても元聖女なら箔がつく、ということらしい。

 中には、城を出て市井に下ったり、あてもなく旅に出たりと変わり者もいるそうだ。婚活に失敗したのか、自ら出て行ったかまでは神官長も知らなかった。


「……それじゃあ、私はどうすればいいのです?」

 神官長から手を離し、私は椅子に座りなおした。あまりに唐突で、私にはまだ行き場がない。元の世界に戻れるのなら歓迎だが、このまま城を放り出されては、私が予想していた不安が的中してしまう。どうか、橋の下警備員だけは、それだけは。せめて自宅を警備したい。

「おや? もう決まっているかと思いましたが?」

 不安におののく私に、神官長はきょとんとした顔で尋ねた。皺だらけの顔に疑惑の色が浮かんでいる。

「それとも、もしや奔放なことをされているのでは……ああ、いえ、聖女様の詮索など、出過ぎた真似を」

「いえいえ」

 私は顔の前で手を振る。

「まあ、好き勝手やってますし。でもこんなことになるなんて思わなかったので、この後のことなんてなにも決めてませんでした」

「ふーむ……」

「あの、できれば、元の世界に戻りたいと考えているのですが」

 半ば駄目もと、半ば、これは一世一代の大チャンスでは!? と私ははやる気持ちを抑えつつ言った。あまりがっつきすぎると足元を見られる、あくまでも上品に、余裕を持って。

 という態度は、この一年での打算渦巻く王宮生活ですっかり慣れてしまった。女子高生にはあまりに無用なスキル過ぎて泣けてくる。

 神官長は私の顔を覗き込みつつ、どことなくためらいがちに言った。

「……かつて、聖女様が元の世界に戻られたという例は、無いわけではありません。ここ数十年は聞いたことがありませんが、不可能ではないでしょう」

 ――――きたこれ!!

 今までも何度か打診しては、「聖女様が帰るなんてとんでもない!」と神官長に泣きながら断られ続けてきた。この枯れ木のような神官長の体から、水分を全部放出する勢いで泣かれて、引き下がるしかなかった以前とはずいぶん態度が違うじゃないですか。

「ただし、必ず帰ることができると保証はできませんよ」

「それでも構いません! 方法を教えてください!」

 私の脳内で勝利の女神が全裸で踊り狂っている。ちょっと恥ずかしいから腰巻くらいつけてくれ、と布を差し出した私を跳ね飛ばし、女神が三分裂くらいして高笑いしている。思わず口元がにやけそうになり、私は慌てて口元を隠した。

「では、資料を当たってみますので、お時間をいただきますが……。ナツ様が望まれるのであれば、最大限の努力をいたしましょう」

「で、では、それまでの間、新しい聖女様が来ても私はここに残ってよいのでしょうか?」

「そうですね……」

 神官長はそう言って悩んでいたが、しばらくして「妙案を思いついた」というように手を打った。

「新しく来られた聖女様の、教育係をなされてはいかがでしょうか。新しい聖女様も、同じ世界の方であるならば安心されるでしょう」

 では、そろそろ典礼が始まります。と神官長は私を促した。つまり、これが最後の仕事になるわけだ。

 なんという寝耳に水の大勝利。今日こそは立ったまま眠らずに、きっと典礼を終わらせることができるだろう。


 ○


 普段は滅多に人の入らない神殿の儀礼室。白と黒の石柱からなる縦長の部屋には、壁に沿ってずらりと神官が並ぶ。反対側の壁は、貴族の中でも特に身分の高い者たちが占める。何気なく一瞥したときに、カミロの姿もあった。今日は兵ではなく、貴族としての参加らしい。

 この世界の神を祀った祭壇の前には杖で体を支えた神官長と、聖女である私と、王家代表として王子殿下が立っていた。神殿においては、神官長と王家は対等なのだ。それは、この国、ひいてはこの世界が聖女によって支えられているからかもしれない。

 神の奇跡を操るという魔術師が、私たちよりさらに前に立ち、なにやら怪しげな文句を歌に乗せて唱えていた。周りの者はみな真剣な表情で、儀式の成り行きを見守っている。そういえば、私が呼ばれてきたときもこんな感じだったなあ、と思い出す。

 まさか逆の立場になるとは思ってもみなかった。この儀式によって一人の女子高生の人生が崩れ、敷かれたレールを脱線したのだ。残酷なことである。

 これで儀式が失敗して、変なおっさんとか来たら面白いのになあ。私、精一杯立派な聖女に教育して見せますから!

 間もなく五十代に突入し、子供も成人、就職。家のローンも完済間近で、今は妻とささやかな旅行計画を立てている。そんな中年男性が召喚され、人生脱線。泣くに泣けず異世界で聖女をしながら、妻と子を思う日々を送る。

 そんな哀れな男を想像して涙ぐんでいると、祭壇に変化が起きた。


 神の像が大きく揺れ、神殿中に振動が走る。思わず体勢を崩し膝をついたとき、祭壇が光を放ったのを見た。目がくらむような白。一瞬、すべての視界が奪われた。

 気が付いたとき、歌は止んでいた。恐る恐る目を開けると、祭壇の前に、今までいなかったはずの少女が座り込んでいる。


 肩にかかるくらいのセミロング。黒い髪、黒い瞳に日本人的な顔立ち。はっとするほどの美少女ではないが、じわりと染みるような愛らしさを持っている。年は私と同じか、少し下くらいだろう。ブレザーの制服を着ていることから、女子高生であることが予想できた。

 少女は驚いたように瞬きをすると、周囲を見渡して目を見開いた。怯えと疑問が入り混じり、しばらくは口もきけないようだった。


「…………ここ、どこ? あなたたち、誰?」

 長い沈黙の後、彼女がそう言った。


 うーん、私もまったく同じことを言った気がする。


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