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 王宮内に秘密組織があるのをご存じだろうか。

 清く正しく内密に、をモットーとした、王宮内にその名を轟かせる秘密組織。それがリベリオ王子殿下秘密親衛隊王宮支部である。王宮に潜む若い女性を中心としたこの組織、内実は清くも正しくもない、抜け駆け上等の骨肉相争う嫉妬集団であるという。

 本部はどこにあるのかと問われても、誰も知らない。なぜなら秘密組織だからだ。

 ちなみにカミロと王子の噂の出どころもここであると評判があるが、真相のほどはわからない。


 秘密だからだ。


 ○


 夜会場にはすでに兵たちが突入し、無礼をいたした令嬢たちを確保していた。会場内にはさて解散の空気が流れ、少しずつ人々が流出しはじめている。

 空気としては、道ばたで暴れる若者を警察が捕獲、連行していったときと似ている。令嬢たちは今後どうなってしまうのか。とは思うものの、それは憐みよりも好奇心に近い。

 現代社会の希薄な人間関係が、この冷淡さを生み出したのだ。私も被害者である。


 視界の傍らでそんな主役級の騒動が起こる一方、私はなにやら唐突に湧き出した謎の令嬢と、秘密組織についての会話をしていた。

 まるで騒動が我が身を避けているようである。たまには正面から私に向かって来て、主役の座を与えてくれても一向に構わないというのに。

 むろん、水をかける側ではなくかけられる側として。前回の夜会のような事態は、さすがの私も御免こうむりたい。

「ショウコ様は、親衛隊の怒りを買ってしまったのですわ」

 謎の令嬢はそう言いながら、両手で品よく頬をおさえた。

「殿下との噂は城中に響いておりますもの。殿下に恋する多くの人間は黙っていられませんわ。今夜は先走った過激派の方々でしたが、これからはもう少し秘密裏にいやがらせが始まると思いますの」

 令嬢は哀れむように、騒ぎの最中にあるショウコを見つめた。まるで他人事である。

「親衛隊の工作班は、それはもう、いやがらせにかけて右に出るものはいませんわ。彼女たちは殿下への愛以上に、いやがらせへの情熱が強いですもの。徹底的に、地味に、そして秘密裏に、微妙になんだかいやだなあと思うことをするんですの」

 はや目的が入れ替わり、大手を振っていやがらせをするために組織に属するものまでいるという。親衛隊の中でも、少女でない人間が最も多く属する班が、工作班らしい。

 いやそれ以前に班とはなにかという問題があるが、そこは秘密である。秘密組織といったら秘密だらけなのだ。納得していただきたい。

「それで、あんたは誰なんだ」

 私の横で、同様に話を聞いていた護衛が言った。腕を組み合わせていかにも不機嫌な顔をしている。ショウコの身に降りかかる危機を見過ごせないのだろう。惚れた弱みである。

「私ですか?」

 令嬢は護衛に顔を向けると、形の良い唇を曲げ、笑みを作った。微笑んだまま軽くドレスの裾を掴み、一礼する。

「私は親衛隊王宮支部諜報班に所属するものですわ」

 なんと堂々とした諜報員であることか。


 ○


 ついでに聞いたところによると、王子親衛隊の同盟組織として、カミロに対しても似たようなグループがあったらしい。現在は下火となっているものの、かつては積極的な活動を行っていたらしい。

 活動内容は主に、カミロの行動を追い、できるだけ顔を覚えてもらい、あわよくば結婚を迫るというものだった。そのためにカミロの参加する夜会に紛れ、一挙手一投足を子細に観察し、日々のスケジュールを把握する。

 グループの発起人はイレーネであるそうだ。人はこれをストーカーと呼ぶ。


 ○


 夜会は撤収。話し半ばで私たちも解散を迫られ、方々に散った。

 中でも諜報員はさすがの身軽さで、気がついたら姿をくらましていた。奇々怪々とはまさにこのこと。そしてあの諜報員のことである。

 これはまた、変な人間が出たものだ。


 ○


 ショウコ復帰後、初の夜会がこれである。この後、毎日のように差し迫る夜会はとりあえず白紙。今しばらく、夜は静かに眠ろうということが決まったらしい。

 ショウコが仕事をしていないのでは、という疑問もあろうが、それは紛れもない事実である。では彼女、この世界に来て以来なにをしているかと言えば、徹頭徹尾、騒ぎを起こし続けている。トラブルメーカーとは彼女のための言葉であろう。

 かたや私は、奇怪な人間に絡まれる程度の日々である。このまま変人と会話をし、騒動の中心にあるショウコをうらやましく眺めるだけなのだろうか。

 ショウコをうらやむという点においては、私も親衛隊への入隊資格があると思われる。

 しかしいかんせん、王子への愛はない。いやがらせへの情熱も特にない。あるのは自らへの愛と、プラモデルにかける情熱のみである。


 羨望だけをもてあまし、今日も夜が更けて行く。


 ○


 以来、宣言通りにいやがらせが始まったのは見事である。


 夜会の騒動から数日後。私はショウコの部屋で、ゆるやかに流れる午後を、紅茶を飲みながら過ごしていた。

 なんだかんだと言っても、ショウコと過ごす時間は多い。嫉妬もあろう、羨望もあろう。しかしショウコは、やはり私と同じ世界の住人なのだ。

 一緒に話していると、懐かしさとともに、一年の間に失ってしまったものを思い出させてくれる。具体的には、結末を見ることなく終わったアニメと新作アニメについてだ。ショウコは詳しくもなく、かといって知らないというわけでもなく、絶妙なバランスを持ってサブカルチャーの境界に立っていた。

 ねたみそねみはさておいて、彼女との話は意外と楽しい。


 窓の外からは陽が差して、乾いた風が抜ける。この国の季節は、間もなく夏となる。

 日本の湿潤な夏を知っていると、この暑さはまるで子供の遊びである。こんなものは真実の夏ではない。じっとりと蒸し暑く、生きているだけで苦痛になるようなこもった熱。己が身から立ち上る湯気、自力で作り出す蜃気楼。それこそが唯一にして正当な夏である。

 だが私は特に夏は好きではない。正統派を気取らなくてもいいから、このくらい乾いた暑さの方が良い。

 と文句を言いながら、私は用意された茶菓子を取った。私の正面に座るショウコは苦笑いである。

 茶色い焼き菓子を何気なくつまみ、口に放り込む。そのまましばし、私は凍りついた。

「……からい」

 口の中で噛みしめながら、私は言った。甘いと思ったら辛かった。タバスコ的な辛さだ。

 菓子としては失格であるし、食べ物としても辛すぎる。しかし吐き出すほど不味いわけではないという微妙さが、またなんとも言えなかった。人間が食べられるギリギリの辛さを追求したといった具合だ。

「えっ」とショウコは驚いて、自らも同じく焼き菓子を手に取った。手の中で小さく割って欠片を食べてから、彼女も表情を歪める。

 果たしてこの菓子は、斬新さを求めたゆえの成果物なのだろうか。新旧聖女に新たな食の展望を見せたかったのだろうか。頭の中でぐるぐると思考を巡らせていると、ショウコが急に椅子から立ち上がった。

「ごめんなさい!」

 両手を前にあわせ、ショウコは深く頭を下げた。

「私のせいです。最近、なんだかいやがらせをされているみたいで。食べ物は大丈夫だと思っていたのに……」

「いやがらせ?」

 言いつつ頭にひらめくのは、諜報班の令嬢との会話である。まさかと思う一方で、ショウコは俯きがちに、最近起こった出来事を話しはじめた。


 曰く、夜会以来、実に地味ないやがらせを受けているらしい。

 部屋に生けられている花が、なんだかちょっと萎れていたり、図書館から持ってきた本が、大事な部分で落丁していたり、水差しの水が塩水に変えられていたり。

 今回の焼き菓子だって、下手をすれば毒を盛られていたかもしれないのだ。そこをあえての辛味である。

 果たしてあの諜報員の言った通り。親衛隊の怒りを買ったとは言うものの、今回の件はショウコに対する憎しみ以上に、いやがらせという行為への情熱をまざまざと感じさせられた。

 一体どこに犯人が潜んでいるかは知らないが、料理人、毒見係、給仕の侍女の障壁を潜り抜け、運ばれてきたこの焼き菓子。この不味いとは言い切れないという絶妙さ。ただただがっかりさせることだけを目指す無為な行為。思わず「あっぱれ!」と称賛したくもなるだろう。

 まったく、世の中には奇妙なことに情熱をかける人間がいるものである。


 しかし、当のショウコは落ち込んでいた。

「ごめんなさい、ナツさんにいやな思いをさせて……」

 再び椅子に座り直すと、ショウコはしょんぼりと頭をもたげた。かくいう私は、工作班の無駄な情熱に心を打たれたので、そう悪い気はしていない。

「どうして、こんないやがらせをされるようになってしまったのでしょう…………」

 ショウコは悲しげに呟いた。

 私はその姿を見つめながら、広く噂が流れても、案外本人は気がつかないものなのかと納得した。

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