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ショウコが引きこもっている間、私は裏に表に、縦横無尽に活躍した。
邪魔をされてはたまらないと神殿に精いっぱいの敵意を向け、私への忠義不足な魔術師たちに講釈をたれ、私を監視するカミロからは、逃走しては捕獲された。ときには自室で意味もなく瞑想と言う名の妄想をし、虚心坦懐に英気を養うこともあった。
おかげで特に何事もなくひと月を浪費した。
私がなくとも、魔力の集約に対してもとから魔術師たちは熱心であったし、その上失意の底にある現状、悲しみを忘れるために、常に十二分の仕事をした。さらには邪魔をするなと神官長や副神官長代理主任補佐の元へ押しかけては、仕事の邪魔だからと追い返される始末。元聖女に対するなんたる薄情なふるまいであることか。
このようにして、私の日々は主に、神殿にちょっかいをかけるか、部屋にこもって精神鍛錬をすることにあてられた。
ショウコが召喚されて数日間の慌ただしさが嘘のように、かつて聖女であったときと同様の無為な日々が続く。この現象やいかに。ショウコと私との違いはいったい?
おかげで養った英気は使いどころがなく、私の腹の奥に積み重なる。私の内部は使用するあてのない、覚悟と英気で溢れかえっていた。そろそろ下部の方が押しつぶされ、一度も使われることなく廃棄されてしまう。
ショウコの謹慎が解けたのは、ひと月分の英気が使用不能なほどに凝り固まり、しかし捨てるにはしのびなく、ただただ持て余しているころだった。
○
ためた英気はものすごい早さで消費された。
「夜会に一緒に出て欲しいんです」
謹慎あけ、私の部屋に来てショウコはそう言った。
「もう二度と、あんな失敗したくないんです。妙なことをしたら、ナツさんに止めてほしくて」
夜会の参加も聖女の仕事の一つである。むしろ仕事の大半がこれである。
神殿での儀式などはそう多いものではないが、特に意味もなく開かれる夜会は、時期によっては毎晩ある。そこで聖女は顔と神殿の名前を押し売り、逆に貴族たちの顔と名前を押し付けられるのだ。
不可抗力とはいえ、ショウコは仕事を放棄していたのだ。これから仕事の帳尻を合わせるために、毎晩のように夜会が開かれることになるだろう。無論ショウコは、強制参加させられる。
「不安なんです」とショウコは言った。
「私一人で、本当に大丈夫かな、って。だから、ナツさんに一緒にいて欲しいんです」
「いやです」
すでにショウコに対する負い目もない。私が参加する義理はないはずだ。
私が断固たる意志でもってそう言うと、ショウコはわずかに視線を伏せた。固い決意にたじろいだのだろうか。
もはやなにをもってしても、私の思いは揺るがない。夜会なんて出てたまるものか。だいたい私は多忙なのだ。時間浪費の最高峰にある夜会などに出る暇はない。今日もこれから精神鍛錬ののち、健康的な睡眠をとらなくてはならないのだ。
「……どうしてもだめですか? 私、ナツさんのことを頼りにしているんです」
ほほう?
「今回の件で、私、すごく実感したんです。ナツさんは私より、本当はずっと考えられる人なんだって。普段はふざけたりしているけど、それも私を慰めたり、勇気づけたりしてくれているからなんですよね?」
ショウコの言葉を聞きながら、私は腕を組み合わせて、深く頷いた。なるほど、ショウコには見る目がある。
「私はまだこの世界に不慣れで、未熟で。だからナツさんについていて欲しいんです。ナツさんがいてくれると、私……安心できるんです」
ショウコが私を不安げな瞳で見上げる。たしかに、前回の騒動以来、初の夜会とあれば心細くもなるだろう。誰かにいて欲しいという気持ちはよくわかる。
「……お願いできませんか?」
「うーむ」
「ナツさんだけが頼りなんです」
そう言うと、ショウコは頭を下げた。私は渋面を作り、口を引き結んでそれを見下ろした。
○
断固いじめに反対した結果、私はなんの抵抗も許されずに徹底的な魔改造を施された。もはや原型をとどめていない。
どうしてこのような結末に至ったのだろうか。
夜会へ向かう道すがら考えてみたが、どうやら私はショウコにも調教されているらしいと結論付ける他になかった。
○
もはや説明も不要な夜会である。
魔術師たちの魔窟とは、また違った意味で不健全な世界は、今夜も喧騒を極めていた。外を吹く清い風も夜会場は避けて通る。燭台の明かりが四方八方から照らし、欲望渦巻く夜会場は、一夜のアバンチュールを求めてさまよう不純な男女と、とにかく権力闘争に身を置きたい不純な老人たちの熱意にあふれていた。
ショウコはそんな不健全な人々に取り囲まれ、夜会の難局をどうにか乗り切ろうと奮闘していた。はじめの内こそ私も傍にいて、煙に巻くための天候の知識や宇宙世紀についてを入れ知恵をしていたが、次第にそれも不要になった。
ぎこちなさはあるものの、ショウコは一人で対処をするだけの頭の良さと勇敢さを持っている。もしや私は、はじめから不要だったのではないだろうか。
私は会話を転がすショウコから少し離れると、すっかりいじけた顔でその様子を眺めていた。その背後に、邪魔者であるカミロが澄ました顔で控えている。王子に言われて以来、カミロを儀式における最大の障壁とみなしているのだが、逃げよう逃げようとしてもいつも先回りされるのだ。今日もどこで聞きつけたのか、夜会の迎えにまで来た。
一方、私同様いじけた男が一人いる。例の赤毛の護衛である。短気なこの男、カミロに「お前は邪魔だ」と言われてショウコから引きはがされてしまったのだ。邪魔者に邪魔者扱いされる気持ちやいかに。
「俺だってショウコの役に立ちてえんだよ」
やさぐれた調子で赤毛の護衛が言った。私は頷きながらそれを聞く。
一度は我が精神安寧上、許さざる仇敵とみなした男であるが、意図せず復讐を遂げたとあっては考えも安易にひるがえす。たとえ仇敵のままであっても、熱っぽくショウコを見つめながら、劣勢の決まった恋に身を焦がす姿は同情を禁じ得ないだろう。応援する気は毛頭ないが、とにかく哀れには思う。
「剣なら自信あるんだ。ショウコを誰からだって守ってやれる」
うむ、なんと男らしい発言だ。いななく敵をすべて蹴散らすわけだ。文明人にあるまじき野蛮さであるが、対岸の火事なら特に止めはしない。願わくば私に剣を向けないように。
「それなのにどうして引き離されないといけねえんだよ」
「まったくまったく。夜会というものは不自由です」
私と赤毛の護衛が頷き合っていると、カミロが冷たい視線を投げてよこした。
「だったら礼儀の一つでも覚えろ。本当に守る気があるならな」
もっともなことを言ってしまうなんて、なんと空気の読めない男だろうか。
○
夜会場から逃避する男女が増え始めたせいだろう。会場は目に見えて人が減り、ようやく夜の涼しさを思い出させてくれる風が流れてきた。楽隊の音楽も聞き取れるようになり、ショウコに集う人々も少なくなっただろうか。
やさぐれた私たちの元へは、カミロの姿に誘われてリベリオ王子も舞い込み、身分の上下差が激しい謎のグループを形成した。
さすがの赤毛も王子に対しては多少の敬語を使うらしい。たどたどしい敬語を不敬とみなして、その場で手討ちとならなかったのは幸いだった。
事件が起こったのはそんなときである。
まったくおもしろくない会話を男連中としている傍ら、ショウコがどこぞの貴族の令嬢たちと談笑しているところが目に入った。
あちらもまたつまらなそうな話をしているなあと思っていたら、不意に令嬢の一人が、グラスを持つ手を振り上げた。
会話の流れはわからないが、令嬢の表情は歪んでいた。ショウコに向けた明確な敵意から、投げつけるつもりなのだと察せられる。
すわ切れやすい若者か! と私が驚くより先に、赤毛の男が身を乗り出した。
だが、それよりもなお早く王子が動いた。
グラスがショウコに当たることはなかった。代わりにショウコの前に飛び出した王子の胸元に水を浴びせ、グラスはそのまま地面に散った。会場中が凍りついたように思う。
グラスを投げた令嬢は顔を青くし、その周囲にいた人々は、遠巻きに王子とショウコを見ていた。
ショウコは唖然と王子を見つめる。一方の王子は、なにやら神妙な面持ちで濡れた自分の胸元を眺める。自分の行動が信じられないという様子で、目の前の令嬢たちも忘れて瞬いていた。
「おもしろくない」
遠目から見ていた私は、思わず呟いた。騒ぎに飲まれる夜会も、跪いて許しを乞う令嬢も、ひとまず横に置いておき、私の感情は素直に不満を吐き出した。おもしろくない。
ショウコが復帰して早々にこの騒動。退屈な夜会場がショウコの参加で一気に様変わりだ。どうしてこうなった。なぜ私の元には、良くも悪くもなにも起こらない!
「おもしろくないな」
私の横で、赤毛の護衛が頷いた。即席盟友、名前も知らない護衛よ、お前ならわかってくれると思っていた。護衛としてはかけらも役に立たなかったが。
私と護衛は顔を見合わせた。
「おもしろくありません」
「おもしろくないな」
「おもしろくないですわ!」
「誰だ今の」
唐突に紛れ込んだ声に、私と護衛は顔を見合わせたまま目をみはる。それから一瞬のためらいの後、声の方に顔を向けた。
そこにいたのは、栗毛色の長い髪を持つ少女であった。落ち着いたデザインのドレスを着て、髪も緩く巻いただけのシンプルさ。しかしにじみ出る高貴さは隠しきれず、どこか良い家の令嬢なのだろうとうかがえた。
それで、彼女はいったい誰なのだ?
「私は殿下に恋をするものです」
なるほどわかりやすい。




