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2-1

 顔を思い切りはたかれて、髪を痛むくらいに引っ張られ、服は無理やり剥がされて、私は半泣きである。部屋は人の出入りが禁止された個室。私を取り囲む複数の女たち。

 これはいじめだ、不当なる扱いだ、断固抗議する!

「ナツ様は相変わらずですねえ、まったく」

 私の抗議をものともせず、化粧筆を持つ老女が言った。片手は私の顎を掴み、有無を言わせず顔に筆を滑らせる。くすぐったい。

「ショウコ様はもっと大人しくしてくださいましたよ」

 そう言いながら、老女は私の顔を鋭く覗きこみ、化粧の具合を見る。皺に埋もれた片目をつぶり、角度を変えて肌の色をうかがう姿は、まさに職人と言った具合だ。

 有無を言わさぬ老女の気迫に負け、大人しくなった私を、いつかのように侍女たちが取り囲む。必死の抵抗虚しく、ごく一般的な女子高生であった私はお姫様へと魔改造されてしまった。

 最後に、侍女たちが入念にチェックをする。今までは聖女らしい白一色であったが、今は薄く色づくピンクのドレスだ。先日桃色魔術の話を聞いたばかりのため、どうにも嫌なイメージが付きまとう。


「ショウコちゃん、評判いいみたいじゃないですか」

 侍女たちに微調整をされている間、私はあまり芳しくない心持ちで言った。仕事を終えた老女が化粧道具を片付けながら、ちらりと私を見る。

「そうですねえ、良い子ですからね。……もしかして、妬いているんですか?」

 義憤である。

「ああいう子は、敵も作りやすいですからね。ナツ様も同じ世界にいたのですから、嫌わずに力になってあげてくださいな。ショウコ様の先輩ですしね」

 別に、私はショウコが憎いわけではない。いや確かに、ショウコの身に降りかかる数々の称賛と信望は義憤と言いつつ妬ましい。その称賛を、願わくば半分とは言わず、すべて寄こせと言いたい。

 だからといって嫌っているわけではないのだ。彼女は可愛いし、真面目で親切であるということもわかる。

「じゃあ、何が不満なんです?」

「ショウコちゃんは人気者で……私は?」

 他人は妬ましい。しかしそれ以上に自分自身である。

 ショウコに比べて、外見や生真面目さでは多少劣るところもあるだろう。だが私には、この身の内にほとばしる比類なき愛と情熱がある。私に正当な評価さえあるのならば、ショウコなど恐るるに足らず。いずれはカミロや王子の名声さえも覆そうというものだ。

「ナツ様ですか? ……まあ、馬鹿な子ほど可愛いと言いますし」

「それなら私は、全然可愛くないという意味ですか」

「そういうところがですね……」

 老女はため息をつくと、仕事道具であるいくつもの筆を揃え、布にくるんだ。そのころには私のお姫様化も完了し、侍女たちが満足げに汗を拭っていた。


 そこへ、見計らったように部屋の扉が開く。見ればカミロが無遠慮に部屋へと入って来るところだった。ここまでいつも通りである。

「今日は準備が終わっているようだな」

 私の様子を眺めてから、カミロは言った。今日は顔も合格点であると判断されたようだ。

「夜会が始まる。ナツ、行くぞ」

 そう言って私の手を取ったカミロは、近衛兵の服装ではなく、丈の長い動き難そうな貴族の礼服だった。


 これから始まるのは、新聖女着任式の二次会。

 ショウコの夜会デビューである。


 ○


 ではいかにして、聖女を離任した私が再び夜会に参加することになったのか。

 その理由は昨晩にさかのぼる。


 ○


 新しい部屋の簡素さに腹立つそぶりを見せながらも、本心ではこの手狭さに居心地の良さを感じていた。

 元の世界では、私は三畳の狭い部屋に生息していたのだ。机と本棚を入れればベッドも入らない。毎日布団を敷いてはたたむ日々の繰り返し。本棚にあるのは本ではなく力作プラモばかり。棚からあぶれて飾れないものは、泣く泣く押入れの奥に眠らせたものだ。

 それに比べれば、客間などまだ広すぎる。できればそこにいるだけで、部屋のすべてに手が届くくらいの広さがありがたい。

 そんな元の世界への郷愁に浸っていたときだ。

「ナツさん!」

 私の周りの人間はノックすらろくに知らない。

「ナツさん、私、明日は神殿の儀式の後、夜会って聞いて。あの、夜会なんて初めてで、ダンスとかもわからなくて」

 私の元の世界への愛情深い思索を妨げ、部屋に飛び込んできたのはショウコだった。

 ショウコは私の座る椅子の前まで駆け込むと、一気にまくしたてた。彼女の顔からは、不安の色がありありとうかがえる。

「どうすればいいのかわからなくて、不安で。あの、ナツさん、ついて来てくれませんか?」

「いやだ」

「断るの早すぎですよ!」

 ショウコは呻いた。だがいやなものはいやなのだ。

「ショウコちゃん、夜会と言うものはね、それはそれは恐ろしい場所なのです」

 あの場所には貴族の打算と嫉妬、自慢、負の感情の渦巻く地である。私は一年の聖女生活で、それを身に染みて感じた。おもにはイレーネから感じた。

 笑顔で他人を傷つけるのだ。笑いながら舌戦を交わし、ダンスで失笑されれば相手の足を華麗に踏みつけ、なにかと後ろ指をさされれば聖女特権で倍返し。しかしその心は常に傷ついていた。人を傷つけると、自分の心も傷つく。悲しいことである。

 ゆえに私は、もう二度と夜会などには参加しない。聖女としての役目も終えた今、参加する義理などないのだ。

 私が切々と語ると、ショウコは傷ついたように視線を伏せた。それから彼女にしてはちょっと不機嫌に、唇をとがらせて言う。

「ナツさん、前にも私を見捨てたことありましたよね」

 この聖女の権化である私に、そのような非道な振る舞いがあっただろうか?

「護衛候補の方々と会うことになったとき。私を置いて帰っちゃいましたよね」

 ありました。すみませんでした。

「お詫びしてください。今回だけでいいんです。私、初めてだから……」

 お詫びと言いつつ、ショウコの方が申し訳なさそうな態度であった。軽く頬に両手を当て、私をうかがうように見つめている。

 ここで断るのもまた、鬼の所業だろうか。

 しばらくショウコと顔を見合わせ、目で互いの心の内を探り探り。ついに負けたのは私の方だった。

「行きます。行きましょう。行ってやろうではないか」

 すべてはショウコのために。

 結局私も、絆されている気がする。


 ○


 かくして聖女業を終えてなお、私の心労と胃痛は続くのだ。

 カミロに手を握られたまま、私は夜会場へ向かう。どれほど信用されていないのか知らないが、カミロの手には逃すまいと言う力が込められていた。

 空に月が昇るころ。城中の燭台に火が灯り、それ以上に星が瞬く。

 面倒な身分をかなぐり捨て、気楽な身になった今夜もまた、私はない胸を張り夜会場へ立つ。

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