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 かくして私は即席盟友ベニートと別れ、逃亡したショウコを追うために神殿内を巡ることとなった。


 神殿兵の襲撃に、我先にと逃げて行った護衛候補たちの去り際の言葉によると、ショウコは神殿内にいると思われる。

 彼女は未だ神殿にも王宮にも不慣れであり、一人で部屋に戻るというのも考え難い。きっと見つけ出すのも、そう難しいことではないはずだ。なんとか他を出しぬきショウコを捕まえ、我こそが聖女の護衛となる。

 などと欲望まみれの瞳で語った護衛候補の一人は、おかげで逃げ損ね、神殿兵に捕まった。残りはばらばらと、背中を見せて逃げて行く。


 美男子たちに追い立てられ、逃げ回るということは、本来は血を吐くほどにうらやましい。しかしあの鬼気迫る護衛兵候補たちの様子を見る限り、一抹の同情もまた禁じえなかった。

 いまだ護衛も持たないショウコは、逃げた先で孤独に打ち震えているのだろう。

 いたし方ない、同郷のよしみだ。

 こうして私は、聖女らしい慈愛の心でもって、ショウコの救出に向かうことを決意したのだ。


 ○


 いよいよ新聖女着任の日も近い。神殿のあわただしさは以前にも増し、神官たちが有象無象の群れと化してうごめいている。神殿兵は警戒深く見回りをし、不届きな護衛候補と新聖女の行方を追っている。

 神殿と言うのに、妙に俗っぽい人々の気配を感じながら、私は健気にショウコの足取りを探った。

 とにかくまずは道すがら、そこそこ暇そうな神官たちに声をかける。

 そしてどこぞで見たというのなら、その指差す方向へ。あっちで見かけたこっちに逃げた。それを信じて右へ左へ。


 ○


「ああ、良い方ですねえ、ショウコ様。優しそうで、僕にまでお声をかけてくださいました」

 道の半ばで行方を聞くと、一人の青年神官がうっとりとした表情で言った。

「あれこそまさに聖女様です。声もとても愛らしい」

「私も優しくあなたに声をかけています」

「ははっナツ様ご冗談を」

 この男が打ち首にならないのは、ひとえに私の優しさゆえである。

 青年神官からショウコの情報を聞き出すと、私は再び歩き出した。心なしか歩みが荒々しいことを、誰が責められるだろうか。


 ○


「ショウコ様は本当に素敵な方です。ご自身もお忙しいのに、泣いている坊ちゃまをあやしてくださって」

 幼い子供を背負った子守り女がそう言った。どこぞの貴族の子供が、勝手に神殿に入り込んでしまったらしい。迷子で不安におびえる子供に声をかけた、聖母のような少女こそがショウコであった。

「新しい聖女様は、あんなに素敵な方でしたのね」

「私も素敵な聖女です」

「はいはい、その通りでございます。ああ、それでショウコ様は、中庭の方に向かわれましたよ」

 子守り女が、背中の子を揺らしながら、視線を神殿の中庭に向けた。現在いる回廊の柱の間から、中庭の様子がうかがえる。空から惜しみない陽光を受け、人工池がきらめいていた。

「そう言えば、近衛兵らしい人と一緒にいましたねえ。護衛候補の方々とは違うようでしたが」

 ふーむ、と私は首をひねった。護衛候補以外の近衛兵に、ショウコと関わりのある人間はいただろうか。

 私はひとまず子守り女に礼を言い、さらなる探訪の道を歩き出した。


 ○


 中庭には、背の低い木々と草花が行儀よく植えられていた。中央にはささやかな人口池があり、その水面の中央には神殿の祭神である、父神の像が据えられていた。

 池の周辺だけは、他の地面と違って白い石で組まれている。この石の上で膝を付き、神官たちは心にもない祈りを捧げるのだ。

 そんな神聖な場所に、今は一人の不遜な顔をした男が立っている。濃い色のジャケットを着て剣を持つこの男、どうやら近衛兵のようだ。

 子守り女が言っていたのは、この男のことだろうか。そう思いながら、私はまじまじと男を観察した。

 戦う気のない貴族だらけの近衛兵とは違って、この男はいかにも手が早そうだった。鮮やかな赤毛や、鋭い目つきも原因だろうか。私がこの男と道ばたで出会ったら、何はともあれ土下座で財布を差し出す。そんな迫力がある。

 この中庭にショウコがいるかもしれない。

 だがこの中庭は陣取られている。前に進むも横に逸れるも、この男の傍を通らねばなるまい。

 ならばこれでショウコの探索は打ち切りである。これは不可抗力だ。さて帰ろう。


 後ろ髪ひかれるような思いは特になく、むしろ晴れやかな気持ちすら抱いて中庭から背を向けようとしたとき、しかし運悪く男がこちらに気がついてしまった。

「ここに何の用だ」

 見た目通りの不遜さであった。意外性も何もないつまらない男である。

「ショウコを連れ戻しに来たなら帰れ。それであの貴族どもに、嫌がっている女を無理に追うなんて恥を知れとでも伝えておけ」

 吐き捨てるように男が言った。口ぶりの端々に、軟弱やわらか貴族生活から逸脱している気配がある。

 まったく、私を誰と心得る。いきがったチンピラごときが聖女様にその言葉、どれほどの不敬か知るまいな。

 そうは思っても口には出さないのが淑女である。私は権力にも弱いが、恐怖と痛みにも同じだけ弱いのだ。

「いえ、あの、すみません……」

 小さく肩をすぼめて、私は無抵抗に言った。

「いいからとっとと出て行け」

「はい、ただいま」

 ちくしょう覚えていろよ! あとで名前を割り出して痛い目に遭わせてやる!

 そのためにも顔を覚えようと、ちらりと男を一瞥した。そのときである。

「ナツさん!」

 木々の影から飛び出したのは、今はもはや懐かしい、ショウコの顔であった。


 ○


「ナツさんになんてことを言うの! 私をかばってくれたのは嬉しいけど、そう言う態度はどうかと思うよ!」

「だってよお……」

 男はしおらしい顔でショウコを見ている。先ほどまでの勢いはどうしたのだ。やはりチンピラ風情がいきがっていただけなのか。

「とにかく、ナツさんに謝ってください」

「わかったよ……」

 ショウコは獣使いかなにかなのだろうか。

 大人しく頭を下げる男を見ながら、私はそれでも許すまじと決意を固めつつ、ショウコの謎の登場に首を傾げていた。


 ○


 ここでもショウコは天使だったらしい。

 果たしてショウコの歩いたあとには、草の根ひとつ残らない。なぜならすべてがショウコの信者となるからだ。

 この男もまた例外ではなかった。護衛候補から逃げるショウコと出会い、実に安易に彼女の手に落ちた。助けてくれと懇願するショウコに、男は文化人にあるまじき単純さで応えた。

 すなわちこの中庭にショウコの身を隠し、近寄るものをすべて威喝し追い払っていたのだ。


 なんというインスタントな愛だろうか。やはり顔なのか。またしても! またしても!

 この震えあがる感情はあくまでも義憤である。嫉妬や羨望と言った軽薄な感情ではない。義憤と言ったら義憤なのだ。

 打ち震える私の心の内には気がつかず、ショウコは無邪気な様子で尋ねた。

「ところで、ナツさんはどうして私を探して?」

「伝言を頼まれました」

「伝言?」

 私は頷いた。

 護衛候補たちからの伝言である。「ショウコ様に誰でもいいから護衛を選ぶように進言してください」との言葉、私はショウコにしかと伝えた。

「…………誰でもいいんですか?」

「誰でもいいってさ」

「本当に?」

「ほんとうほんとう」


 空の色は清々しい青。

 昼時を告げる鐘の音が、中庭の空の色に吸い込まれていった。

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