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 王宮の図書館にでも行けばその手の情報は見つかるだろう。

 ショウコの勉強は昼休憩が終われば再開する。そのため私たちは、早々に図書館に向かうべきだった。しかるべきのち、すみやかに目的の資料を発見、奪取が今回の任務である。

 図書館までの道のりはわからないが、私とショウコの会話の間、身動ぎすらせず壁の模様となっていたカミロにでも案内させればいいだろう。

 かくして私は、今までまったく無縁であった本の世界へ踏み込むこととなった。


 ○


 王宮の図書館は、城の一階の奥まった場所にあった。

 天井近くの採光窓以外、自然の光の入らないこの図書館には、昼間と言うのに燭台の火が煌々と灯る。本棚に集うのは、いかにも引きこもりらしい風体の、痩せて洒落っ気のない宮廷学者たちだ。

 さすがは王宮の図書館と言うだけあって、その蔵書量は目を見張るものがあった。それなりに広い部屋に所狭しと本棚を詰め込み、さらに本も隙間なく埋める。一見すると迷路のような有様だが、実際に足を踏み入れればやはり迷路だった。陽の光が入り込まないせいもあって、どちらが出口かさえ分からなくなる。

 本好きにはおそらく垂涎の地なのだろう。しかし私の読書歴は、主にアニメ化したライトノベルの原作のみ。もしもこの図書館にライトノベルが置いてあるなら喜んで読書に耽ろうが、見る限りその気配はない。面白くもなさそうなタイトルが延々と連なっているばかりであった。

「……不思議ですね。見る限り日本語じゃないのに、本のタイトルが分かります」

 ショウコが私の横で、至極まっとうな疑問を口にした。言われるまで気がつかなかった私のことは、大物としてあがめていただいて構わない。


 うろうろと薄暗い図書館をさまようこと数十分。ついにショウコは目当ての本を見つけ出したらしい。迫りくる本の海に眩暈を感じていた私に向けてちょいちょいと手招きし、手に持つ本を見せた。

 ショウコの手には数冊の本があった。ひとつは、元来私たちが探していた歴代聖女の資料集。残りは、神話に絡めた聖女伝説集のようなものであった。こちらは淡泊な資料の寄せ集めと言うよりは、著者の考察なども含めた読み物となっているらしい。


 中身を精査しようと、私とショウコは図書館の片隅にある文机の一つを陣取った。机の上には燭台がひとつあり、手元を頼りなく照らす。周囲にもいくつか似たような文机が配置されており、学者たちが静かに書き物をしていた。

 椅子が一つしかなかったので、私とショウコは半分ずつ座った。こちとら聖女様である。何も言わずとも椅子を持ってくるのが当たり前だ、と言いたいところだが、気が利かない学者に対して憤っても仕方あるまい。むろん、気が利かない筆頭のカミロは、いかにも勉学にも無縁そうな顔で、腕を組んで壁際に立ったまま私たちを監視している。


 ほとんど肌を寄せるようにして同じ椅子に座ると、ショウコの身動ぎさえ伝わってくる。なんとなく元の世界の女子校時代を思い出し、くすぐったい思いがした。

 男のいない無法地帯は、女同士でくっついたり離れたりは当たり前。同じ椅子に座るといつの間にか突き落とされていた。むやみやたらとへばりつく友人に、汗くさいからやめろと習ったばかりの大外刈りを喰らわせたものだが、これほど近くにいても、ショウコは不思議と良いにおいがした。

「ああ、ほら、ナツさん見てください」

 私が鼻先からノスタルジックな思いに浸っていると、ショウコに肩を叩かれた。

 彼女は真面目に資料をあさっていたらしい。歴代聖女の姿絵と、主な経歴の載った資料の一ページを差し示し、私に喜びの滲んだ表情を向けた。

「この人、元の世界に帰ったってありますよ。えーと……もう、百年以上も前の人ですね」

 ショウコの指の先には、肩までの黒髪を巻いた、日本人顔の女性の絵があった。半身が描かれたその絵から読める顔立ちは、そこまで美人ではないが、そこそこ可愛らしい印象だ。しかし残念なことに、胸はかわいそうなほどに薄かった。せめて絵だけでも、もう少し盛ってやれば良いものを、正直者に描かせると大変なことになる。

 恐らくこの絵描きはのちに始末されただろう。誰だってそうする。私だってそうする。

「聖女の任を途中で放棄し、召喚から半年で帰還――――ですって。あんまり、詳しいことは書いていないですね。あとは……」

 ショウコの手がページを手繰る。資料に残る聖女は皆一様に、黒髪の日本人顔をしていた。顔の細やかな造作はそれなりに違うが、一見してわかる共通項がある。

「…………胸、小さくない?」

 ぼそりと言うと、ショウコが私を振り返り、傷ついた表情を浮かべた。

「わ、私がですか?」

 確かにショウコの胸もささやかだ。たとえば胸を偏愛する男がいたとして、おっぱいプリンと全裸のショウコのどちらを選ぶかと言われたならば、間違いなくプリンを選ぶほどのサイズだ。しかし私も人のことは言えまい。

「聖女、聖女の共通点。黒髪と、胸」

「えっ」

 慌ててショウコが、今までめくっていた資料を調べ直す。何度見返しても、そこにあるのは哀れな胸囲の歴代聖女たちばかりである。

 微かに俯き資料を閉じると、埃が宙を舞った。長い沈黙がお互いに流れ、沈殿した図書館の空気に溶け込む。

 しばらくして、ショウコは息を吐いた。

「――――やるせないです」

 同感である。

 一人の少女の人生を揺るがす、別世界への片道切符。入手条件は貧困なる胸囲であったのだ。

 私のさみしい胸に寒風が吹く。


 ○


 さらに調べたところによると、この世界での最高神とされる、父神というものについて記述があった。

 正直言って、そこらの神とやっていることはたいして変わらないので、重要なところだけを抜き出す。

 おもに父神の妻についてである。


 父神の妻は黒髪の処女神であった。

 土地を守る父神に対し、この神は外来のものをつかさどり、無垢な少女の象徴でもある。ゆえに、他の豊かな肉体と髪を持つ成熟した女神とは違い、貧相な胸、伸び足りない髪、童顔。さらに言えば外来の神であるため、容貌も異国風。

 この処女神は、渡り鳥の歌声と共に遠い異国からやって来た。歌声に惹かれた父神が一目ぼれをし、妻とする。そしてなにはともあれ、そのまま合体。さすが神話の世界は展開が早い。

 少女の象徴であった処女神は、しかし処女を失っては存在意義がなくなってしまう。女神はそのまま、紆余曲折を経ずに消滅。父神は嘆き悲しみ、再び異国から、妻に似た少女を攫っては妻にしているのだという。


 ○


 要するにただ単に好みの問題だったのだ。

 ちくしょう、腹が立ってきた。

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