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 まことリベリオ王子殿下は素晴らしい!


 神殿の役立たずとは違って、王子の仕事は早かった。私を見事餌付けしたのがつい先日。話をつけて来たと言うのが今日。そして明日から、私は儀式の指揮を執るために神殿に出向くことになった。

 ここに至るまで、三日の時間もかかっていなかった。なんという早業であろう。


 それにつけても、あの神殿の頭の固い置物たちが、よくも王子の言うことを聞いたものである。神殿においては王家も対等とは言っても、やはり半ば国の税金で賄われている組織。王家の頼みとあっては、あまり無下にもできないのだろうか。

 きっとこうして王家の言うことを聞く代わり、財政破綻したときには国からの補助を受け、再建させてもらうのであろう。もっと日本の零細企業を見習うべきだ。自転車操業に失敗して身長を伸ばさざるを得ない社長が、世にどれだけいると思っているのだ。


 ○


 朝早くに王子からの言づてを受け、神殿に対する不満やその他、有象無象の思考が頭に渦巻くものの、結局はすべて歓喜に乗っ取られた。先日以降すっかりお花畑と化した私の脳内は、今まさに満開の見ごろを迎えていた。


 浮かれ気分は昼まで継続し、衰えの予兆さえ見せなかった。

 空の太陽はさんさんと輝き、快い暖かさを与えてくれる。四季を持つこの国の季節は、現在春から夏へと移るところ。自室の窓から外の景色を眺めれば、私の脳内同様に花が咲き乱れていた。私は思わず涙ぐんだ。

 世界はこんなにも美しい!


 ○


 昼過ぎ、部屋にショウコが尋ねてきた。

 私が幸福と暇を持て余し、守る気のない護衛のカミロにちょっかいをかけては素っ気ない態度を返されていた頃だ。太陽は空の中心にあり、この世のすべてと私を、一対九くらいの割合で祝福していた。

 一方の新聖女とは忙しいもので、先日護衛騒ぎがあったと思えば、次はほとんど缶詰で典礼や夜会でのルールの勉強である。詰め込み学習を排除したゆとり世代になんと酷なことをするのだろうか。

 おかげでショウコはすっかり憔悴し、気分転換に私の部屋にやってきたらしい。

 そこへこの、輝かんばかりの私である。元より内面から輝かしい私であるが、気分の高揚もあっては、今まさに燦然と輝く太陽さえも敵ではない。


 部屋に入って早々、ショウコは眩しそうに呻いた。

「ナツさん、機嫌が良さそうですね」

「この世の春とはこのことです」

 まったく悪びれることなく私は言った。思えば私も、仮にも新聖女教育係と言う名目を持っているのだが、すっかりショウコの逃げ場に使われる身となっていた。こればっかりは、私になにも教育できないのであるから仕方ない。いったいどこの節穴が、私を教育係に配置するなどという血迷った人事をしたのか。

 神官長だった。まったく神に仕える身で、業の深い男である。いずれ天の神に直訴させようと思っていたが、この調子では地の底で閻魔様と対面するかもしれない。

 だが、そんな神官長の深く染み込んだ業でさえ、最後には王子殿下に屈服したのだ。

 私は感極まり、天を仰いだ。

「リベリオ王子殿下は素晴らしい!」

「前と全然態度が違うじゃないですか……」

「人の評価は変わるものなんです」

 人の心は流動的で、移ろいやすいのだ。そう言うと、もとより疲労の色濃いショウコが、さらに疲れた様子で肩を落とした。


 どうやらショウコは、その王子についての話をしたかったらしい。

 とりあえず部屋に招き入れ、適当な椅子に座らせたところで、ショウコは語り出した。

「あの、王子様ってなにか聖女に恨みでもあるんですか?」

 聞くところによると、詰め込み学習中のショウコは、食後休憩や就寝前など、数少ない休憩時間に外を散歩するようにしているらしい。

 しかしそこへ、不思議と毎度出くわすのがあのリベリオ王子なのだとか。王子は顔を合わせるたびに、ショウコに嫌味を言ってくる。気晴らしに出たはずのショウコはすっかり精神消耗し、再び詰め込みに戻るのだ。

 かつては私も、王子から似たような態度を取られていたことを思い出す。会うたびに精神攻撃を仕掛けてくる王子に対し、権力にはめっぽう弱い私。主に「王子殿下の言うとおり!」と言う態度をとり続けてきた結果、現在のように、当初と変わらず嫌味を言われ続けている。

 現在万歳三唱で迎え入れているものの、あの男は徹頭徹尾、やはり嫌な奴だ。人の心とは移ろいやすいものなのだ。

「それで」

 とショウコは、はらわた煮えくり返る思いを回想していた私をさておき、口を開いた。

「もしかして、昔の聖女となにかあったんじゃないかって思って、ナツさんに聞きに来たんです。知りません?」

「知りません」

「そうだと思っていました」

 ショウコもだいぶ私の扱いに慣れて来たらしい。

「それじゃあ、昔の聖女の記録とか、そういうのってありません? もしかして、王子様に関わった聖女の記録があるかもしれませんし。それに」

「それに?」

「召喚された人の共通点とか……もしかして、元の世界に帰れた人の記録とか、あるかもしれませんし」

 ショウコは賢かった。

 これはもしや、ショウコの方が先に元の世界に戻れるかもわからんね。

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