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 信じがたいことだが、カミロはあの王子に心酔しているのだ。

 私の護衛となる前は、ほとんど王子の側近扱いであったと聞く。今でも王子の命令とあれば、私を足蹴にすることも厭わない。

 そんな王子とカミロには、かつては道ならぬ仲なのであるという噂が、まことしやかに宮中に流れていたそうだ。神殿も腐っていれば、王宮もそれなりに腐っていたらしい。


 そういうわけで、敬愛する王子の提案を受け入れはするものの、カミロは相当不満らしかった。王子と別れて王宮の自室まで戻った後も、渋面を崩そうとはしなかった。

 一方の私はお花畑である。カミロの忠告や、「調子に乗るな」「単純すぎる」といった罵詈雑言もなんのその。「調子に乗って何が悪い」「単純は褒め言葉だ!」と応戦する。


 このような果て無い論争を続けていると、不意に部屋の扉が開いた。

 と思うと、駆け込んでくる一つの影。それは迷わず私の前にやってくると、泣きながらぽこぽこと頭を叩いてきた。

「ナツさん、ひ、ひどいです!!」

 それは調子に乗った私の、単純な脳回路からはぐれてしまったショウコであった。

「どうして私をおいて帰っちゃうんですかあ!」

 外は既に日が落ちはじめ、赤い夕陽の尾が見えた。


 ○


 ショウコの護衛面接と言うものが、これがまた聞くも涙語るも涙の物語であった。

 護衛たちに迫られ、自己アピールを押し付けられること数時間。権力に飢えた男たちは、当然の如く面接の礼儀など守らないため、四方八方から好き勝手に言われる羽目になった。一方からは志望動機、一方からは長所短所、一方からは前職で培ってきたスキルを話されたショウコは、耐え切れずに逃走した。

 しかし追ってくる男ども。半泣きで逃げるショウコ。

 場所は神殿。聖女が泣きながら逃げているとあっては一大事だ。すぐさま神殿兵が駆けつけて、護衛候補全員がお縄につくという壮絶の事態があったらしい。

 もっとも、護衛候補は有力貴族の子弟どもだ。すぐにも釈放され、再び新聖女襲撃を企てていることだろう。


 と言う話を聞いている最中、私は平身低頭であった、ショウコは目に涙をためながら、事情を子細に話すとともに、私を延々と叩き続ける。

 主に頭を叩くところに、なにか意義はあるのだろうか。そこがポンコツだからか。


 ○


 ぽこぽこ叩かれたまま夜である。

 ショウコの私を叩く手はよどみなく、休みなく、そして隙がなかった。さりげなく避けようとすると、それを予想して追ってくる。今日のこの時を経て、私はモグラたたきのモグラの気分がよく理解できた。人間とは残酷な遊びを思いつくものである。


 ひとしきり私に暴力をふるった後、ショウコはようやく落ち着いた。ひとつ深い息を吐き、涙に濡れた顔を上げると、「あ」と声を上げる。

「え、ええっと、すみません。来客中でしたか?」

 ショウコの視線はカミロに向かっていた。どうやら今まで気がついていなかったらしい。

 一方のカミロも、主人がこうして暴力の前面に晒されているというのに、守るどころかこちらに興味すら向けず、勝手に人の部屋の水差しから水を飲んでいた。護衛と言う職業について、この国と神殿は一考するべきである。

 カミロはいつも通りの仏頂面でショウコに体を向けた。と思うと、信じられないことにこの無礼な男が頭を下げたのだ。

「はじめまして、ショウコ様。私はナツ様の護衛をしている、カミロと申します」

「ナツさんの、護衛、ですか」

「はい。お見知りおきください」

 ショウコは丸い目を見開いてカミロを見ていた。思わず見惚れるような男であるのは間違いない。

「……よろしくお願いします」

 面食らったような様子でショウコが言った。はい、とカミロは相変わらず丁寧な様子で答える。ちょっと待て、いやちょっと待て。

「その態度はなんだ!」

 思わず割って入ると、カミロが私に視線を向けた。そこに宿る光は、相変わらず無礼なものだった。

「礼を尽くすべき人間には、そういう態度で接している」

 いつも通りのカミロだった。カミロ影武者代理補佐あたりかと疑ってもみたが、あの丁寧な態度はやはりカミロ本人のものだった。

 神官長や王子に対して、カミロが丁寧な態度であるのは理解できる。彼らはカミロより身分が上だ。私に対して無礼な態度も許しはしないが理解できる。私よりはカミロの方が身分が上だと聞いたからだ。

 しかし、先輩聖女と後輩聖女へのこの扱いの差はなんだ。私とショウコは同じ身分。さらに言うならショウコはまだ未着任な聖女。聖女歴一年の私の方が立場は上ではないのか?

 この差別的態度、いっかな許しがたい。

「私にはどうして礼を尽くさない!」

「尽くすべき価値があるとでも思っているのか」

「むきー!」

 ついに私は発狂した。むしろ遅いくらいだ。このままカミロを簀巻きにして荒川上流に放流。魚の餌にでもするべきだ。

 しかしこうまで私が怒り狂っても、カミロは一向に涼しい顔である。それがまた腹立たしい。


「あの、ナツさん。……私、そろそろ戻りますね」

 処刑開始の気配を察してか、ショウコが遠慮がちに言った。

「なんだか邪魔しちゃっているみたいですし」

 いいや構わん。ショウコがいればただの処刑が公開拷問刑に変わる。それはそれで味のあるものだ。と言うのだが、ショウコは固辞した。

 部屋を去り際、ショウコは私とカミロを見比べて、「最後に一つだけ」と言った。

「ナツさんは、どうして護衛にカミロさんを選んだんですか?」

「うん、顔」

「……はい?」

「顔」

 私のときも、ショウコ同様のイベントがあったのだ。いきなり男どもの集まる部屋に放り込まれ、さあ一人選べと言われた。そうなるともう、選択基準は顔しかあるまいに。

 熱弁をふるう私に、ショウコは軽く頭を振った。

「…………ありがとうございます。参考になりました」

 それはよかった。

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