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「同情などいらん!」
私とて誇り高き日本国の大和撫子。どんな窮地に陥ったとしても胸を張り、一人立つ覚悟がある。
ただし本当に食うに困り、河原の石をかじらなくてはならなくなったら話は別だ。山より高いプライドも早々に東京湾に沈め、カミロにたかりに行くことも辞さない。
誇りのために私と言う偉大な人間を失ってしまっては、日本、いや世界の損失になるだろう。
このようなことを語っている最中に、カミロは不機嫌極まる表情で手を振り、「もういい」と言った。人の話の途中で、失礼な男である。
「お前は幸せな奴だよ」
「褒めるな褒めるな、照れるわ」
「褒めてない」
幸せなのはいいことだろうに。幸せを掴めた奴だと言われたなら、それは褒め言葉としか受け取る以外にあるまい。
しかしカミロは憎々しく私を見下ろし、腕を組むばかりであった。
いつの間にやら太陽は頂点にあり、昼時を告げる鐘が鳴る。朝早くから神殿に来ていたが、ずいぶんと長居してしまっていたらしい。
さて、そろそろショウコを回収に戻ろうか。
と、すっかり忘れていたことなどおくびにも出さず、私とカミロは神殿の裏庭を出た。
○
ショウコを求めて神殿内を練り歩いていると、思わぬ人物に出くわした。
左右を巨大な石柱に囲まれた、渡り廊下の前方から、働き蟻のごとき神官たちを尻目に悠々と歩く男、見覚えがあった。
リベリオ王子だった。私は石柱の影に身を潜めた。
さあカミロ、お前も隠れろと手招きするが、カミロは全く私を意に介さず、やってくる王子に会釈をした。
「殿下、こんなところでどうなされたのですか?」
「役に立たない枯れ木どもに火をつけに来た」
どうやら王子は私と目的を同じにしていたらしい。
「新聖女着任の式典まで日もないくせして、日程すら寄こしてこない。おまけに私が出向いたと言うのに、神官長は疲労で今日は午後から休養だと」
カミロにも劣らぬ不機嫌な顔で、王子は吐き捨てた。しかしおかしい。少し前に、私は神官長と面会をしたはずだが。
「……申し訳ありません。あの馬鹿のせいです」
「ああ、あの馬鹿もいるのか」
「馬鹿で会話を成立させないでください!」
思わず物陰から飛び出した、私は紛れもなく馬鹿だった。
「あまりにお言葉が過ぎると思います!」
柱の影から現れた私を見て、王子は路傍の石を見るより優しくない顔をして言った。
「違うのか?」
「違うとは言っておりません」
私は自己認識のできる女だ。ああそうとも、確かに馬鹿である。しかしただ単純に頭が悪いわけではない。知能に振るべきパラメーターを、カリスマや人間性、やすり掛けの技術に振ったのだ。どうせ馬鹿なら、釣りバカと同じニュアンスで、プラモバカとでも呼んでいただきたい。
胸を張る私の傍で、カミロがうんざりと頭を振った。
いったい神官長になにを話したのかと問われたので、かくかくしかじか、神官長は目から体中の水分を放出し、枯れ果てたことを伝えた。
「…………ふん。なるほどな」
リベリオ王子はしばしの思案のあと、短くそう言った。
「馬鹿だが役立たずではなさそうだ」
「殿下?」
なにを察したか、カミロが咎めるように王子に言うが、王子の方は意に介することなく私を見やった。「おい、お前」と顎でしゃくるさまが気に障る。
「お前に手を貸してやる」
犬に向かって、「おい、餌をやろう」というのとほとんど同じニュアンスであった。これには海より深い私の心も怒りに打ち震えるものだ。
王子と言えどもふざけるな。武士は食わねど高楊枝。サムライの国の高潔な女子として、王子の寄こす餌などこちらから願い下げである。
見よ、この打ち震えっぷりを! チワワも目ではない!
「神殿に口利きしてやろう。元の世界に戻すという儀式を、お前が直接指揮できるようにな」
しかし餌が美味いのであれば話は別だ。チワワだってたまには震えを収め、悠々自適なディナーの時間を取ることもあるだろう。
この柔軟性こそが、欧米文化に浸された現代人の武器である。
ゆえに私は素直に喜ぶ。やったー。
怒りから歓喜の震えへスムーズに移行させ、私は王子に礼を言った。主に「リベリオ王子殿下最高!」をそれなりに装飾した言葉である。
このまま万歳三唱も辞さない。まこと殿下は、根性曲りであること以外のすべてが素晴らしい。
喜ぶ私を一瞥し、カミロは王子に渋い表情を向けた。
「殿下、なにをお考えです?」
「なに、あいつの好きなようにさせてやるだけだ。――――いざとなったら、お前が守るだろう?」
聞こえているが構わん。もはや今の私は、日本海より深い心の持ち主となった。王子にどんな思惑があろうと、私が元の世界に逃げ切りさえすれば関係がない。
さあ心して待てよ枯れ木ども。貴様らを材木にキャンプファイヤーが始まるのだ。
ところで私は、今日のこの、澄み渡る青空のようにきれいさっぱり、ショウコのことを忘れていた。
彼女は今も、同じ空の下で護衛候補の面接を行っているのだろうか。
哀れ。




