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About to be a woman

作者: 翠月瑞希
掲載日:2013/05/27



例えば、百貨店の化粧品売場。

例えば、竹下通りのコスメショップ。


ふと街のなかでこの香りを見つけると、ほら。

その度に、私の心の中には、はっと貴方が現れて、そして、その面影を広げて、なかなか離れてくれなくなるの。



外を見ると、夜が始まりかけていた。

道端の並木や都会のビル群が、鮮やかなグラデーションを映す空よりも黒く見える。


「ご飯、できましたよー?」


ソファーに寝転がる、愛する人に向かって私は呼び掛ける。


「……寝ちゃったのかな」


コンロの火を消して、規則正しい寝息が聞こえるリビングへと向かう。

女の子でも羨ましくなるような、つやつやの黒髪をゆっくりと撫でるたび、そして大人らしくキツすぎない香水がふわっと香ってくるのを感じるたび、私の心には甘酸っぱいのがきゅんとわき起こってくるのだ。


「――先生」


私は、愛しの人をこう呼ぶ。

別に恋人の名前をどう呼ぼうが、その関係に偽りはないのだから、自然なことだと私は思う。


「んー……」

「お疲れですか」

「今日、一日中、テストの丸つけしてましたから……。 あ、ご飯ですか」

「このあと、出かけるんでしょう? 冷めないうちに食べましょう、一緒、に」


お皿を準備しようと立ち上がると、先生はきゅっと手首を掴んだ。

いとも簡単に捕まった私は、あっという間にいいにおいのする先生の腕の中。

身体や香水はすっかり大人なのに、寝起きのせいでとろんとした声を発する先生は、少し可笑しくも思えた。


「……香水」

「くさいですか?」

「ちょっと、付けすぎです」

「じゃあ、付けるの止めます」


出会ったときから、貴方はこの香りを身に付けていたよね。

私は、この香水を付けてる先生、好きなんだけどなあ。

切り取られた空間の中で、恋焦がれるものだけに触れることができるこの時間、私はなんて贅沢な思いをしているんだろうと思う。


「せ、先生、ご飯……」

「……もうちょっと、充電」


こうして、先生の為に背伸びして頑張った料理が冷めちゃうことは、けっこうある。

だけど、先生の『充電』という抱擁や仕草や香りに、私は結局ほだされてしまうのだ。


18歳というと、ほとんどの人達は大人ぶりたくのが常。

ましてや、恋愛をしたいと思っている人達は、ちゃんとした大人だって、自分を完璧な人間に見せようとして強がるだろう。

だけど、10コも歳上の先生の余裕は、いつだっていとも簡単に私を子供に戻してしまう。


「そういえば、このあとどこ行くんですか?」

「……先生たち同士の飲み会です」

「…………」

一瞬、すごく一瞬だけど、複雑な気持ちになったのを、先生は感じてしまっただろうか。

その、たとえ、先生たちだけだったとしても、女の人とかいるだろうし。

先生、カッコいいもん。


「大丈夫です、心配いりませんから。ちゃんと、日付が変わらないうちに帰ってきます」

「いや、あの……」


この人は、いつも肝心なところが抜けていたりする。まぁ、そこも魅力のひとつなんだけど。


――昔から、怖かった。

彼女といっても、所詮私は生徒で、先生は社会人で、当然大人な女の人もいっぱいいて、いつか先生は子供の私から離れて行ってしまうんじゃないか、と。

大人な女性には、私は到底敵わない。

完璧に美しく、けれども完璧がいつも上手く働くはずのないことを知っている彼女たちは、いつもちょっとした失敗を隣り合わせていることをアピールするのだ。そして何よりも腑に落ちないのは、彼女たちが、ローズマリーやスイートバジルなんかを香らせたり、ピンクやブラウンの口紅を輝かせたりしているくせに、仕方なく美しい女性になってしまったのだ、とでも言いたげな様子をしていることだ。そんな気だるくも輝いてもいる女性に、男の人が惹かれてしまうことは、私でもよくよく知っていた。


先生から離れて台所に戻ろうとした私に聞こえたのは、すっかり目を覚ました先生の声だった。


「もしかして、妬いてます?」


いつの間にか起き上がってなぜか正座している先生は、照れ笑いのような表情を浮かべて頭をかいている。


「……別に、そんなわけでは」


そっけない態度を取る私は、自分で自分が子供なのだと自覚している。それでも心の底では、子供なりに先生のことを好きだという想いがあるのを見つけているのだけれど。

『   』

「…………!」


突然、先生が私の下の名前で呼ぶものだから、私は吃驚してお皿を落としそうになる。


本当に、大人ってずるい。


「貴女を子供みたいだなんて思っていませんよ。僕は……貴女一人です。飲み会だって、貴女の手料理を食べてからでないと、とても行けませんしね」


微笑む貴方は、いつも私の心に陽だまりを作ってくれるから。


「先生」


悔しくなって、私は先生に思いきり抱きつく。今度は、心が伝わるように。


「……その先生っていうのも、そろそろ卒業してほしいものですが」

「せーんせ」


先生でいい。生徒でいい。

見えないけど、きっと貴方は今苦笑いしているのだろう。

面接の練習のとき、先生は目を見て心を伝えろ、なんて言ってたけど。

本当はもっと、伝える方法なんていくらでもあると思うの。


「……さっき、先生の香水嫌いって言ったけど、あれ嘘ですから」

「ええ?」

「私にも、香水とか、似合いますかね?」

「さあ、どうでしょう?」


くっく、と笑いながら、先生は私の髪を撫でる。


「僕を出かけさせてくれる余裕な貴女なら、きっと」

「なんですかそれ……。別に、大丈夫だもん」


そう言うと、私達は再び見つめあって、気のきいた冗談みたいに笑った。

確かに、先生が出かけたあと、この部屋で待つ私は、香水の呪縛に囚われるだろう。印象を与えた香りは、いつまでも体が憶えているもの。

でも、待つ時間を楽しめない女に、恋をする資格はあるのだろうか。

先生と過ごす度に恋に落ちる私はきっと、先生が帰ってきたら、また恋に落ちる。いつ恋に落ちても大丈夫という自信が、子供の私には足りないのかもしれない。

でも、信じてる。


「ご飯、冷ましちゃって、すみません。食べましょう、一緒に」


大好きだから。

突然口づけた私を、大人の余裕を見せつつも驚いている貴方を。

まだ口紅なんか付けていない私だけど、予約済みスタンプを残す少女の気持ちを、大人な貴方は分かってくれるでしょう?

香水や口紅が似合う、そんな大人の私になるまで。


私はまだ子供。

だけど、貴方に恋する気持ちは、誰よりも一流だから。

そんな想いを乗せて、私はまた、先生の胸に飛び込んだ。



――夜はまだ、始まったばかりだ。





こんばんは、そしてお久しぶりでございます(笑

当方、受験生なのに執筆なんてしておいて大丈夫なのか、ということはさておき、久々に書いてしまった次第であります。

実は本文よりもタイトルに悩んだことは秘密です。はい。

タイトル、「女になる途中」とでも和訳できましょうか。

いづれにせよ、女性になりかけの女の子というものは魅力的ですね←

どうぞご感想などお寄せいただければ幸いです。

では、いつになるかわかりませんが、またお会いできる日まで。


翠。

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