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十年先も、また君と  作者: 深/深木
十年先も、また君と
5/28

和解

 パソコンで投稿しているので、文章が長いです。携帯で読まれている方は読みにくくて、ごめんなさい。

 本はいい。昔何処かの本好きが『一冊の本には一人分の人生が詰まっている。だから、本を読めば読んだだけ、違う人生を何度も楽しめる』と言っていたが、その通りだと思う。絵本や小説は別の世界と生き方があり、研究書にはその者が一生かけて集め考えた英知があり、歴史には悠久の時から続く先人達の生き様がある。

 それに図書館の雰囲気も好きだ。紙とインク混じった香りと、木製の棚や机の香りは落ち着く。時折、本を探し彷徨う者の足音や、本を捲る音が聞こえるが全体的に静かだ。その上、本を開いていればむやみやたらと話しかけてくる奴もいない。俺のお気に入りの場所である。

 

 

 此処まで語れば俺が何を伝えたいのか分かった者もいるだろう。勿体ぶっても仕方ないので、言ってしまうと今俺はお城に併設されている図書塔にいる。

 そう、塔である。

 図書塔の中は、階ごとがドーナツ状に造られていて、ドーナツを串で貫くように螺旋階段が設置されている。階の中心部は階段を囲うように柵で円状に囲まれている。その柵に沿って等間隔に閲覧者用の机と椅子が設置されており、卓上でなら飲食も許可されている。そして、各階の外側を一周するかのように本棚が並ぶ。天井に届きそうな大きさの本棚にぎっしり本が詰められている光景は圧巻、の一言である。

 図書塔には国内全ての本が眠っている、と聞いたことがあったがあながち嘘ではないらしい。塔一つを使って収められている本達は、俺でも見たこと無い物ばかりだし、特に魔法関連の本の数が凄い。実家にだって三冊しかなく、しかしそれでも多い方である。だというのに此処は、一つの階全てが魔法関連で埋めつくされている。

 俺が塔の住人になって一週間は経つが、まだまだ読みたい本が沢山ある。しかし、この塔は王城の人間しか利用できないので、俺に残された時間は二週間弱。こうなってくると王子様の遊び相手を蹴ったのが少し勿体無く感じてくるが、あの件は致し方なかったので諦める。


 ちなみに、遊び相手だったはずの俺が王子様を本気で泣かせた件は無かったことになった。やはり、父上もこうなることを分かっていたようで、事前に申告していたらしい。何より次期侯爵の、それもまだ十歳になったばかりである俺に騎士が切りかかったのがよくなかった。

 エレクにあっさり押さえつけられていたあの騎士、実は所属が王の近衛騎士らしい。いくら俺の態度が悪かろうと、言っていることは正論であったし、なにより俺が扱き下ろしたのはあの騎士個人で別に王族を侮辱した訳では無い。

 王の近衛騎士と言うのは、いわば国のお墨付きの騎士である。騎士の中でも上位のものであり、全ての騎士の見本になければならない立場なのだ。そのような者が、子供に多少生意気な口を利かれた程度で怒り、切り捨てようとするなどあってはならない。それだけ、王の専属と言う名は重い。

 という訳で、俺を不問にする代わりに彼のことも表沙汰にしないという事で決着がついた。多分、そこに至るまでに父上が色々手をまわしてくれたのだろう。

 次期当主に相応しくない行動をとらない限り、父上は甘い。侯爵家として恥ずかしくないよう厳しく教育されている分、今回のみたいに国や民に迷惑をかけない事柄は俺の好きにさせてくれるのだ。お蔭で俺は俺らしく生きていれるので、感謝している。


「休憩されてはいかかですか? シュテルン様」

「エレク」


 かけられた声に驚き振り返れば、エレクが茶菓子と紅茶の乗ったトレーを持って立っていた。いつのまに。居なくなったのさえ気が付かなかった。エレクが音も無くトレーを机に置くと、ふわっと花の香りが辺りに広がった。


「先ほどから、ページが進んでいないようでしたので」

「……シュネー茶か」

「当主様に持ってくるように頼まれましたので。シュテルン様もお好きでしょう?」

「…………ズィルバー家でシュネーを嫌うものなどいないだろう」

「名産品ですしね。……そういえば、先ほどまで随分と考え込んでいらっしゃったようですが、今読まれ

ている本に何か気になることでも?」


 エレクの問いに心の中で舌打ちする。こういった所がこの男に敵わないのだ。俺が何を考えていたかなど分かっているくせに、わざわざ見当違いな事を聞いてくる所がいやらしい。二十二歳で父上に俺の側仕えを任されるだけあって、エレクは優秀だ。腹芸や高貴な場は苦手だが、知識も剣術もこういった心配りも、俺よりずっと上だ。

 しかし、この差を年上だからと諦めるには、俺のプライドは少々高すぎるらしい。おかげで目下、この男を負かすことが目標である。

 勝手にライバル視している男を、ちらりと見上げれば目が合った。


「シュテルン様?」


 しかしただやられるだけ、というのは悔しいのでせめてもの意趣返しをしておく。


「これは【宮廷魔術師の日記】だ。議国制度がつくられる時にヴァッサーの宮廷魔術師をやっていた魔法使いが書いたものだ。…………これを読んでいたら、ブラキオ様の事を思い出してな、考えていた」

「へ?」


 俺が素直に白状するとは思っていなかったのだろう。表情を崩して気の抜けた声を出すという、予想外に面白い反応を返したエレクに俺は声をあげて笑う。


「なにを笑っているんです」


 不服そうな顔で俺を非難するエレクにさらに笑いそうになったが、図書塔にいることを思い出して思いとどまる。


「いや、思ったよりもいい反応をするからな」

「なっ――! シュテルン様の所為でしょう!? 何で今日に限って素直なんですか! シュテルン様はもっとこう、擦れまくっていて子供らしい可愛さがまったくない上に、その辺の大人よりも腹芸が得意で――――「エ・レ・ク?」」

「(こいつは褒めた途端にペラペラと!)」


 言葉で威圧してやれば、はっと手で口を塞ぐが遅い。これさえなければもっと素直に認めてやるのに。残念な男だ。


「……ちょっと口が滑っただけじゃないですか。そんな残念な物を見る目で見なくても、いいでしょう?」


 おっと。思っていたことがそのまま態度に出ていたらしい。有能な従者はいじけながら「…………お茶のお代わりを入れてきます」と言って再び階段を下りていってしまった。


「いじり過ぎたか」


 まぁ、エレクの事だから、お茶をもう一度持ってくる頃には機嫌を直しているだろう。そう考えて、さっきまで読んでいた日記を閉じ、目についた魔法書を開いた。気分転換に開いたページは、簡単そうだがあまりみない魔法が載っていた。面白そうだし、失敗しても危なくないので試しにやってみるか。

 ただし、大した魔法で無いとはいえ水属性の魔法を本に向ける訳にはいかないので、柵に身を寄せる。イメージとしては螺旋階段をこの魔法が跨ぐ感じである。


「水属性で、魔力を一。これを細かくして、真っ直ぐ空中に――。違うな。こう、も違う。――――こうか!」


 目の前には小さい虹が出来上がっていた。階段の向こう側には全然足りないその虹は、手を伸ばしただけで直ぐに散ってしまった。

 しかし、やり方は分かった。多分込める魔力を多くすればその分大きいものが出来るのだろう。そう予想して、先ほどよりも多めに魔力を込めて魔法を使う。すると、今度は大きな螺旋階段を跨ぐ綺麗な虹が、日の光を浴びてキラキラ光っていた。


「――――――すごい」


 思った以上に美しい己の魔法に見惚れていると、自分のものでは無い幼い声が聞こえた。周りを見渡しても他の人間の姿は見えない。もしかしてと思い、柵から軽く身を乗りだす。

 思った通り、下の階から俺のいる階に上がる丁度中間地点、階段の中ほどに頭上を見上げて虹に見惚れているブラキオ様がいた。


「(――――しかし何故、ブラキオ様が此処に?)」


 疑問を感じつつも、その蒼い瞳をキラキラさせて食い入るように虹を見つめているブラキオ様が可愛らしくて和んだ。しかも嬉しそうに魅入っている虹が、俺が魔法で創ったものだというのが何だか嬉しい。

だからだろうか? あんなに気に食わないと感じた王子様に自ら声をかけていた。


「気に入りましたか?」

「――あぁ! こんなに綺麗な魔法は初めてみた」


 虹から目を離さずに答えるブラキオ様が微笑ましい。


「簡単な魔法だからブラキオ様でもできますよ。――やってみますか?」

「私でも出来るのか!?」


 そう提案すればブラキオ様はようやく虹から俺に視線を移した。興奮の所為か頬を上気させこちらを見たが、すぐにその表情を曇らせる。


「…………あっ、その、ち、違う。今のは、違うんだ。べ、別に私は魔法になんて興味は無いぞ!」


 慌てて否定するが、嘘なのがバレバレだ。いくら興味は無いと言い張っていても、見下ろしている形の俺からは、虹を気にしているのが丸分かりである。


「(さて、どうしたものかな)」


 もう一度、ブラキオ様を見る。蒼い瞳が吹き抜けから差し込む光に照らされて、美しいブルーに輝いていた。その色彩を見て、俺はどうするか決めた。


「ブラキオ様は折角魔法適性をお持ちなので、先日のお詫びもかねて興味があるならと思ったんですが…………。興味が無いのなら余計なお世話でしたね。どうも先日の事といい、俺は出しゃばり過ぎてしまっているようです。此処に来られたということはブラキオ様も何か用事があったのでしょう? お時間をとらせてしまい、申し訳ございませんでした。どうぞ俺に構わず、ご自身の用事をお済ませください」


 一息に言い切った俺は、高い所からの謝罪であることを詫びて、静かに頭を下げ立ち上がる。俺のつれない対応に王子様は目を白黒させている。しかし、俺はブラキオ様の動揺に気が付かない振りをして身をひるがえす。そうすれば慌てた様子で階段を駆け登ってくる音が聞こえ、数秒後には息を切らしたブラキオ様が俺の前に立っていた。

 よほど慌ててきたのか、髪は乱れ、先ほどよりも頬は赤く染まっている。そして、立ち去ったはずの俺が頂上にいたことに驚き、目を見開いている。ぽかんと口を開けてこちらを見るブラキオ様に、俺は何とか噴き出すことだけは我慢した。






「ブラキオ様、そうではありません。もっと魔力を細かくするんです。――――だから、粗すぎますって。それじゃ、手で滴を飛ばすのと変わらないじゃないですか」

「…………これでも一生懸命やっている! 大体、お前の教え方が適当過ぎるんだ! 魔力をどの位細かくして、どの位の勢いなのか全く分からないじゃないか!」

「そんなことを言われても、魔法なんて感覚で使っていますもん。そんな理論とか滴の大きさと細かいところまで考えていませんよ」


 あの後、興味のない振りをするブラキオ様は『お前がどうしてもというのなら、やってみないことも無いぞ』とまぁ、物凄く天邪鬼な反応を返してきた。

 初日に見た彼はメイドや騎士の言いなりで、その自己主張の無さにイラついたのだが。今回はプライドの高い子供らしく、意地を張って強がっている感じがよかったので、素直に折れてやった。

 そうこうして、虹を作る魔法を教えていたのだが、最初の興味の無い振りは何処に行ったんだと問いたくなるほどの熱中ぶりに俺はいささか引いている。


「だとしても『水属性で魔力は一。それを細かくして、ぶわっと撒く感じです』は大雑把過ぎるわ! そもそもお前の言う『一の魔力』は毎回微妙に量が違う!」

「…………あれ位は誤差の範囲ですって。ブラキオ様が細かいところまで気にし過ぎなんですよ」

「そんなことは絶・対・に無い! お前のは、誤差の範囲を確実に超えている! 一番多い時と少ない時では魔力量に倍近く差があったぞ!?」

「…………気の所為ですって。それに、俺はこの方法でできていますから」

「そう。そもそも、それがおかしいんだ。なんでこんなに適当なのに、この繊細な魔法が出来るんだ? 本の通りやっても私は出来ないのに――――」


 ぶつぶつ言いながら、俺からひったくった本を読むブラキオ様は先日の軍盤で惨敗してメイドに泣きつくような、甘えや頼りなさは感じられない。むしろ、人の教え方に文句をつけるわ、逆切れするわ、物凄い変わりようである。まぁ、今の方が俺は好ましいのでそこはいい。だから、俺もなんだかんだ言われつつも魔法を教えているのだ。

 しかし、如何せん俺の教え方とブラキオ様の学び方は相性がすこぶる悪い。俺は大体感覚で魔法を使っている。それに対してブラキオ様は完全に理論派なのだ。

 ブラキオ様は優秀で、魔力を感じて動かすところまでは早かった。しかし、基準魔力を教える所で盛大に躓いてしまった。魔法を感覚で使っている俺は逆に言えば、精密なコントロールが苦手なのだ。その為、ブラキオ様が俺に見本を求めるたびに、毎回微妙に量が違うので混乱させてしまったのだ。しかしそこはなんとか、奇跡的に、おおまかな基準魔力量を教えることに成功した。ちなみに属性については、【基礎魔法】を読んでもらうことで解決した。実際、読んだだけで理解できたブラキオ様の理解力には目を見張るものがあった。  

 しかし、その次の実践はどうにもならなかった。そもそも、この本は【これさえ使えれば、一発芸はもう大丈夫】とかいうふざけた題名の通りどの魔法も大まかな効果と使い方が書いてあるだけだ。今教えている魔法だって、『効能:明かりがあればいつでも虹が見えます。 使い方:水属性の魔力を一用意します。それを霧状に細かくして、勢いよく前方、斜め上気味に向かって放ちます。』と書かれているだけで、俺の説明と大差無い。俺の説明と一緒イコールブラキオ様には伝わらない、という訳である。

 教えるといった手前、本来なら出来るようになるまで見てやりたい。しかし、この相性ばっかりはどうしようもない。相性が悪くともどちらか一方が秀でていれば、教えようもあるのだろうが、ブラキオ様は魔力を使うこと自体今日が初めてだし、俺は多少齧った程度である。大した実力差のない俺達では、越えられない壁があった。正直、これ以上やっても効果は望めないので、俺は正直に今の状況を伝えようと思う。


「ブラキオ様。今日はもうお仕舞いにしましょう」

「え?」

「多分このままやっても、出来るようになりません」


 ですから、と続くはずだった俺の台詞はブラキオ様に本を投げつけられる、という暴挙で遮られた。重かったのもあり、大した飛距離の出なかった本による実害は無かったが、ブラキオ様の異変に俺は驚きを隠せなかった。


「――まえも」

「ブラキオ様?」

「結局お前も俺には無駄だというのか!」


 叫んだブラキオ様は真っ赤な顔に反して、泣きだしそうだった。一体、俺の言葉の何がブラキオ様の琴線に触れたのだろうか? 分からないが、今黙ってしまったら何かが終わってしまう気がした。


「それは、違います」

「違わない! お前もどうせ必要ない、時間の無駄だというのだろう! 俺など魔法を学ぶだけ無駄だと!」

「違う! ただ、俺の教え方じゃ駄目だといっているだけです! 貴方は優秀だ! 学んで無駄なことなんてない!」


 深く考えずに、勢いだけで反論する。そうすれば、ブラキオ様は目を丸くして黙り込んだ。なんか、こんな表情ばっかりさせているなと思いつつ、この機を逃すことなく俺の考えをブラキオ様に伝える。


「俺は大雑把だから、貴方の望むような教え方は出来ないんです。少しやった感じでもブラキオ様が理論派なのは分かります。多分、俺に教わっても、分からなくなる一方ですから……。別の、例えば宮廷魔術師とか、少なくとも魔法学園を卒業している人に見て貰った方がいいです」


 慌てていたせいか、若干言葉遣いが相応しくなかった気がする。しかし、言葉遣いへの言及は無く、ブラキオ様は静かに俺の言葉を聞いていた。そして、ゆっくりと首をふる。

 しかし会って二回目の俺では、その心中は汲んでやれない。だから、ブラキオ様の行動の真意が分からず、俺は何も言えずにいた。そんな俺をみて、彼は寂しげな表情で笑った。


「だめ、なんだ」

「駄目って……。どういう意味です? 折角、魔法適性があるのだから……」

「適性は関係ない。俺が魔法を学ぶのはどうせ時間の無駄だそうだ」


 彼の言っていることが理解できない。魔法適性を持つものは今や貴重だ。学園は普通、貴族や豪商の子供が行くところだが、唯一魔法学園だけは出自や身分に関係無く、魔法適性さえあれば誰でも入学できる。その間の生活も保障してもらえるし、卒業後はそれこそ引手数多だ。犯罪でもしない限り、一生職に困ることは無い。魔法適性があるということは、それほどの事なのだ。

 それこそ貴族で適性を持って生まれれば、幼い頃から専属の教師をつけて適性を高めようとするものだ。俺もそうだった。それを時間の無駄だなんて……。


「…………一体誰がそんな事を?」

「王城にいる者は皆、そう言うぞ」


 可笑しそうにそういって笑う彼は、何かを諦めきっているようだった。


「『魔法など使えずとも生きていけます。現に魔法を使えるものなど世界中でほんの一握りしかいませんが、皆何不自由なく生活しております。確かに魔法が使えるというのは特別な事ですが、ブラキオ様はそれ以上に特別な御方。その貴重な御身とお時間を十年も費やす価値など魔法には在りません』だ、そうだ」


 嘲笑うかのように告げる、言葉は痛い。


「『魔法に興味があるのなら優秀な魔法使いを側仕えにして、その者に使わせればよいのです。お望みならば、国で一番優秀なものをお連れします。きっと、素晴らしい魔法をみせてくれるでしょう。ですから、ブラキオ様はブラキオ様にしかできない事をお学び下さい。その尊い御身に許された時間はたったの二十年しかないのですから』」

 

 スラスラと流れる様に告げる残酷な言葉を、彼は何度言われてきたのだろか? 言うだけ言って黙り込んでしまった彼に、かける言葉が見つからない。頭の中では多くの言葉が飛び交い、胸中には様々な感情が複雑に絡み合い渦巻いている。どうしたいのか、どうすればいいのか俺には全く分からなかった。


「――――すまない。忘れてくれ」


 そう言って、子供らしからぬ顔で笑う彼の一体何を見ていたのだろうか? 言いなりになっている? 頼りない? 甘えている? ――――とんでもない。彼の本質を分かっていなかったのは俺の方だった。

 後悔と反省、そしてこれから俺はどうするか。そうやって、深く考え込んでいた俺を現実に戻したのはブラキオ様だった。


「……そろそろ昼時だな。戻らねば、メイド達を困らせてしまう」


 だから、戻る。そう続くはずだった彼の言葉を遮るように俺はブラキオ様の手を掴む。


「? シュテルン?」


 不思議そうに、掴まれた腕と俺を見るブラキオ様に俺は心を決める。


「やるぞ」

「シュテルン? 何を……」

「続きをやると言っているんだ。さっさと準備しろ」


 そう告げて、さっき投げられた本をキオの胸に押し付ける。そしてそのまま、俺が使っていた椅子に座らせる。

 俺の名を呼ぶキオを無視して、俺は棚からいくつか本を抜き取ると、それをドサドサッと机に積み上げる。困惑した顔で、俺を見上げるキオに俺は決意を込めて、宣言する。


「出来るまで帰さないからな。覚悟しろよ、キオ」


 俺の言葉に唖然としながら、積み上げられた本に目を白黒させるキオに今度は我慢できずに噴き出した。






 無理やり呼び止めてから早や数時間。あんなに高かった日は傾き、オレンジ色に変わってきている。

宣言から、理論派のキオの為に取った行動は、ただ本を読んで知識をつけさせるといったものだった。他の階から虹の関連書物を持ってきたりして、ただひたすら該当する辺りをキオに読んで、勉強させた。途中不満の声も上げていたが、全て無視しておいた。


「光と光を反射させる水滴、観察者のなす角度が四十~四十二度となる位置に見られる。つまり、目線の高さより上に水を霧状に撒く感じだ。で、霧っていうのはこんな感じだ」


 説明しながら、キオの顔に魔法で霧を吹きかける。


「ッケホ! いきなりなにをする!」

「いや、霧は説明が難しいから体感して貰えばいいかと思って。このぐらいの細かさだ。分かったか?」

「わかった! 分かったから、それ以上かけるなシュテルン! 服が濡れる!!」


 非難めいた声をあげて制止され、霧の魔法を止める。ぶつぶつ言いながら顔を拭うキオにさっき見た自嘲めいた雰囲気は無くなっていた。


「解ったか?」

「ああ、お蔭様で、何となくはな」

「何となく? なら、念の為、もう一回体感しておいた方がいいんじゃないか?」

「いらん! もう十分解った!」


 不服そうなキオに、からかい交じりに手を向けて問えば、即座に元気な否定が返ってきた。素の反応に、自然と笑みが濃くなる。随分と気安い関係になってきた。これなら友達になれそうだ。ちなみに呼び名と言葉遣いについては、本人から何も言われなかったので勝手に了承したとものとした。心なしかキオ様も嬉しそうなのでまぁ、いいだろう。


「じゃぁ、もう一度やってみるか」

「そうだな」


 キオは緊張した面持ちで柵に体を寄せて、腕だけその先にゆっくり伸ばす。


「魔力を一。水属性にして、細かく……、これを目線より少し上の髙さに弧を描くように――投げる」


 ふわっと散ったキオの魔力は僅かに光彩を見せて消えた。


「っ! 見たか、いまの!」


 興奮した様子で俺の腕を掴むキオに、俺も嬉しくなった。


「みた。後はもう少し魔力量を増やして勢いをつければ、次はきっと上手く」

「そうか! そうだな! 次は成功させる!!」

「がんばれ」


 キオは俺の言葉に意気込むと、先ほどよりも慎重に魔力を練り込み始める。


「魔力を一。水属性にして、細かく……、これを目線より少し上の髙さに弧を描くように――勢いをつけ

て、投げる!」


 先ほどよりも勢いをつけて放られた魔法は、スッと放物線を描いてキオの手を離れる。水の属性をおびた細かい魔力一つ一つが空気中の水を纏い、オレンジ色に染まった光を反射し七色に輝く。


「――――できた」


 横から嬉しさを噛みしめるような、色んな思いの詰まった声が聞こえた。


「綺麗に、できたな」

「ああ、きれいだ」


 初めて成功させた魔法に感動しているのだろう。先ほどまでよりいくらか幼い口調で話すキオは自分でつくった虹に静かに見惚れている。その様子をみて、俺はようやくまとまった言葉をキオに伝えるべく、言葉を紡ぐ。


「――――無駄じゃない」

「ん?」


 見惚れていた所為か反応の鈍いキオと向き合えるよう、隣に並ぶ。静かに俺を見る蒼い目を見つめ返して、俺の気持ちが伝わる様にゆっくりと話す。


「――――これだけ綺麗なものが創れるのだから、キオの魔法は無駄なんかじゃない」


 キオの瞳が大きく見開かれる。それを見ながら、俺は拙い思いを言葉にしていく。


「どれだけの人が無駄だといっても、そんなことは関係ない。キオが、そいつらの言い分を聞いてやる必要も無い」


 言い切れば、キオの瞳に戸惑いの色が浮かぶ。しかし、それ以外の感情があるのを俺は見つけた。


「無駄かどうかを決めるのは、いつだって自分だ。だから、キオのしたいようにすればいい。魔法が学びたいのなら、どれだけの時間がかかったとしても学ぶべきだ。役に立つか、立たないかは学んでみないと分からない。――――でも、きっと、その時間は、決して無価値なものなんかじゃ無い」


 目を逸らしてしまいたいと思った。心臓は五月蠅いくらいドキドキしているし、頭の中もごちゃごちゃしている。でも、此処でキオから逃げてしまったら、俺は俺らしさを失ってしまうだろう。それは、嫌なんだ。

 社交界デビューをして少なからず貴族というものを知り、俺もこうやって生きていくしかないのかと自分のこれからの人生に失望した時の事を思い出す。あの時、俺にはエレクや母上がいた。そして大貴族として、一人の男として、見習うべき先輩である父上がいた。父上は、俺らしく生きればいいと言ってくれた。

 改めて、ブラキオ様を見る。同い年での俺よりも、若干小さくて、細い。一見、女の子の様な儚い風貌をしているが、外見通りの性格じゃないのはよく分かった。意外と口が悪くて、神経質で、手が早い。頭の回転が速くて、周りの人をよくみている。人の機微に聡くて、相手の好意を無碍に出来ない。その所為で、自分を押し殺すことになったとしても。そうやって、いつだって自分よりも国を優先して生きてきたのだ。与えられた理不尽なほど短い生の中で、国と民をその小さい背中で一生懸命背負っている。きっと、この国で、一番強くて、誰よりも優しい、ヴァッサーの次期国王陛下だ。


 俺は、キオの為に何ができるのだろう? 


 分からない。けれども、生まれて初めて誰かの為に出来ることをしてやりたいと、力になりたいと思ったんだ。

  だから、俺は、君に、この言葉を贈る。


「俺が手伝うよ」

「シュテルン?」

「俺が手伝う。キオが、キオらしく生きられるように。そばに居る。魔法が好きなら、二年後に一緒に魔法学校に行こう。まだ、二年あるから今から動けば何とかなるかもしれない」

「シュテルン、そう言ってくれるのは嬉しいが、俺は、」


 嬉しいような、困ったような曖昧な表情でキオが言う。でも、俺が欲しいのはそんな言葉じゃないから、聞かなかったことにした。


「キオが諦める必要なんてない。――――どうせ、たった二十年しか生きられない命ならやりたいことをやって! せめてキオらしく生きろよ! 自分の足で!」

「っ!」


 叫ぶように絞り出したその言葉は、俺の心にもストンと嵌った。

 そう。そうなんだ。俺はこれがいいたかったんだ。いつの日か、俺が言って貰った言葉。そして俺が選んだように、キオにもその生き方を選んで欲しい。


「俺が! 絶対に何とかするから! …………自分らしく在ることを諦めるな」


 キオの為に、なんて綺麗ごとは言わない。これは俺の我儘だ。俺は、俺の為にキオにこの手を取って欲しい。だから、俺は言葉を尽くす。


「俺が、まだキオと一緒にいたいんだ。俺が入学するまでの二年間じゃなくて、この先もキオと、ずっと、一緒に」


 息を飲む音が聞こえた。蒼い瞳一杯に涙が浮かんでいる。俺の言葉が、彼に届いていることを願う。そして俺は、もう一度手を伸ばす。目の前の少年が掴んでくれることを祈って。


「――――だから、俺と一緒にツォベラに行こう。キオ」

「っあぁ!」


 そう言って、キオは俺の手を取った。俺の手を力強く握りながら、声も無く泣く彼に遠き日の自分を重ね見る。

 あの日の俺に、手を差し伸べてくれた人々を思い返しながら。


「(俺は、お前の為に何が出来るだろうな?)」 


 これからの未来を想いながら、俺はキオの手をしっかり握り返した。



 出会い編終了です。次の話から物語は本編に入っていきます。

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