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9.花は咲かない

 もう何も喋りたくなくて、黙々と残りの水やりを終えました。はい。なんでも、昨日宿に帰ると案の定宿屋の女将が話しかけてきて、ワタシとの関係を聞かれたり、ワタシのここでの暮らしを散々聞かされたらしい。聞いてもいないのに。親切な御婦人ですね、とは、本心なのか嫌味なのか。普通は後者だと思うんだが、この無表情でお綺麗な顔を見てると、そう簡単に判断もできない。なんか変なこと言ってないだろうな女将。


 そのままメアリーおばさんの庭を見ながら、ぼーっとする。ああ、眠い。最近碌に睡眠取ってないから、余計に。

「眠い……」

 頭がふらふらする。 

 帰って二度寝したい。もう嫌だ。何にも考えたくない。やることやったし、部屋に帰ろう。


「お師匠様?」

 バラのアーチをくぐり、玄関口に出る。もう朝日がさしていて、もうすぐ大家さんもパウエル青年も起きだしてくる時間だろう。その前に部屋に行って、寝てしまおう。そうしよう。


 ほとんど瞼が閉じている状態でのっそり階段を昇り、部屋の鍵を開ける。扉を開ける際後ろから大きな手が支えていたけれど、そんなこと今はどうでもいい。ああもう。目を開けてるのさえ億劫だ。

 後ろからぱたんと扉のしまる音がして、その次にガチャリと鍵のしまる音がした。

 そしてワタシはベッドへやっとたどり着く。

 ああ、手触りのいい綿の毛布をつかみ、ふかふかの枕に顔を沈める。なんていう至福の時。うわあ気持ちいい。昇天する。


「お師匠様、寝るなら寝巻を着て下さい。皺になります」

「うん、うん……」


 誰かが話しかけてくるけど、そんなの関係ない。

 はい、おやすみなさい。みなさんよい夢を。

 ワタシはそのまま、深い微睡の中に溶けて行った。














「んん~?」

 カーテンの隙間からこぼれる強い日差しから逃れるように寝返りをする。なんだよせっかくいい気持ちで寝てるのに。そこまで思って、あれ? なんで―――。

「寝てるんだワタシ……」

 腕を伸ばしてカーテンを勢いよく引く。予想以上に強い光に目がくらんだ。なんだ、もう昼間じゃないか。駄目だなぁ。メアリーおばさんの水やりやるの忘れたんだ。すっかり寝こけてしまった。


「枯れちゃったらどうしよう――」

「何がです」

「花がさ」

「心配ないでしょう。この鉢にも水をやっておきましたから」

「………。なんでここにいるんだい」


 と、自分で言って自分でわかってしまった。そうだ。水やりしようと起きだして、そうしたらすでにこの男が水やりをしていて、眠くてふらふらしながら部屋に舞い戻ったんだった。しかし、なぜついてきた。


「お師匠様も、育てていらっしゃるんですか」

 食事をした席と同じところに座り、日当たりのいい隅っこに置かれた植木鉢を見ながら問いかけられた。


「――今、何時」

「ちょうど、午後を回ったくらいです」

「あ、そう…」


 ワタシがメアリーおばさんの庭の水やりを始めたのが午前六時少し前。ワタシが起きるまでこの男はずっとここにいたんだろうか。寝るところ見られたじゃないか。いびきとかかかなかったかな。っていうか、妙齢の女性が寝てるんだから、そっと出て行けよ。なぜ待ってたし。


「その花ね、メアリーおばさんがくれたんだよ」

「先ほどの庭の、御婦人ですね」

「うん。それで、ワタシにぴったりの花だからって」

 まだ眠気が抜け切ってない。ふわふわとした頭でしゃべり続けた。

「けどね、咲くはずないんだ」

 真っ黒の男は何も言わず、こちらを見ていた。

「異世界人の魔力を浴びすぎて、この花はもう、これ以上成長しないんだよ。花も咲かない」


 それを知っていて、育て始めたのだ。だってメアリーおばさんが楽しそうに笑うから。あなたの為に探してきたのよって、いたずらっ子みたいにワタシを見るから。


「咲いたら、どんな花なんだろうね」

 ワタシは、メアリーおばさんにどんな風に見られているんだろう。好きになってしまった。この世界の、普通の人を。ワタシを知らない人を。その人に、改めてなんて思われているかなんて、知りたくない。けど、知りたい。人を好きになったら、嫌われたくないって思うのは普通の事でしょ?


「もうすぐで、花を咲かせるはずなんだってさ」

 メアリーおばさんがいるときでも、ワタシは毎日水やりを手伝っていた。まだ若い私でさえきついと思う水やりを、メアリーおばさんは毎日花に話しかけながらしていたという。話かけてやると、綺麗な花を咲かせるのよ。けれど、チェシャちゃんが一緒だと、返事が返ってくるから、もっと楽しいわ。そういって、にこにこしながら言うから。


「……レイフォル」

 心の中でもめったに呼ばない真っ黒の男の名前を呼んだ。


「はい」

「お花、咲かせて」


 再び毛布を頭まですっぽりかぶり、再び目を閉じた。

 はい、と静かに返事した、低い声が聞こえた。


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