6.二人で食べれば
ちゃちゃらっちゃちゃちゃちゃ、
ちゃちゃらっちゃちゃちゃちゃ、
ちゃちゃらっちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ、
ちゃっちゃ。
ちゃちゃちゃちゃ、
ちゃちゃっちゃっちゃ、
ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ、
ちゃちゃちゃちゃちゃ。
ちゃらちゃっちゃっちゃ、
ちゃらちゃっちゃっちゃちゃ、
ちゃ、ちゃ、ちゃっちゃらららら~ん。
「何の歌です」
「料理の呪文さね」
「呪いのようにも聞こえますが」
「気のせいだろ。良心の呵責がそう聞こえさせてるんじゃない?」
「覚えがありませんね」
「………」
鼻歌交じりに野菜を切り、鶏肉の骨で取っただしに材料をぶち込む。鶏肉は昨日メアリーおばさんから譲ってもらったとっておきなのだが、舌の肥えた男にいつも食べている野菜スープを出すわけにもいかない。なんとなく、こんな貧相な食べ物では体調を崩します、早く帰りましょうみたいな空気に持ち込まれそうだ。
皮はスープに入れるとふにゃふにゃした感触が気に障るから、思いっきり油が出切るくらいカリッカリに焼いて、身と一緒に鍋の中にぼっちゃん。
後は野菜が柔らかくなるまで煮たら、今朝買い込んだばかりのトニーおじいさんの特製黒パンを添えて、はい出来上がり。
トニーおじいさんの白パンももちろんおいしいのだが、いかんせんお値段に多少の差があるため、お金に余裕があるとは言えないワタシはもっぱら黒パン愛好者なのだ。トニーおじいさんはそんなこと気にせず、実はわし戦士なんじゃとか言われても納得できそうな筋肉隆々な体を惜しげもなくさらしながら毎朝輝かしいスマイルを向けてくれる。肩身は狭いが、邪険にされないだけ本当にありがたい。しかしなんであの初老、接客時いつも半裸なんだ。それがなけりゃ本当にいい人なのに。筋肉信仰者で上半身裸のおじいさんを思い浮かべつつ、皿二つに料理を取り分ける。
一つを向かいに座る男の前に置き、もう一つを自分の前に。
「ありがとうございます」
うわぁ。座りたくねぇー。
思うだけで座ったけど。いつの間にか用意されていた二人分のスプーン。なんで教えてもいないのにスプーンのありかをしっている。探し回る音は聞こえなかったのに。器用な男だ。
先ほどから人が料理しているのをじっと見てきた真っ黒の男が、ちょいちょい口出ししてくるのを流しつつ、完成したのだが、なんだろう。今になって緊張してきた。
そういえば、ワタシ人に手料理を食べさせたことってあっちでもこっちでもないわ。いや、こいつに気を使うことはないんだけども、なんとなく、まずいって言われたらどうしよう。アソコの料理からすれば、ワタシの手料理なんて屁みたいなものなんだけども。それとこれでは訳が違うしなぁ。
「どうかしましたか」
「べつにぃ。はい、いただきます!」
行儀よくいただきますをしてからスープを口にする。うん、相変わらずおいしいわけでもなく、まずいわけでもなく、ちょっと塩が薄いだけのチキンスープだ。
それに黒パンをちぎってスープに浸し、もぐもぐ。黒パンは白パンと違って堅くて甘みが少ないから、こうして食べないとすぐに口の中がぱさぱさに乾いてしまう。
会話も交わさず一心に食べていたが、ふと気になり真っ黒の男をちらっと見た。相も変わらず無表情に、しかもお上品にスープを口に運んでいる。食器に当たる音さえまったくさせず、無音でスープを飲む姿に、なんだがイラッとした。
もちろんワタシはそんなこと気にせず音立てちゃうんだけど。うどんだってそばだって、イタリーなパスタだって、平気ですすっちゃうんだけど。目の前でそんな静かに食事されると、なんだか気まずい。
ちょっと音に注意して食事を再開したのは、あれだ。気遣いだ。日本人は気遣いと空気読むことに命かけてる人種だから。決して空気に飲まれて、音を立てず飲む西洋文化に負けたわけじゃないから。
「――なにか」
いつのまにか睨みながら食事していたらしい。
お上品に食事に専念していた男がその手を止めた。なんでもありませんよ。ひがんでるだけです。とはさすがに言えない。
「そういえば、一緒に食事したことってあんまりなかったね」
「……そうでしょうか」
「そうだよ。アナタ、ワタシが食事するときはいつも傍に控えてたけど、一緒に食べたことってないんじゃないかな」
アソコではワタシの作るスープより断然おいしいものや高級品がたくさん食べれたけど、それは毒見係が毒見し、なぜかこの男が毒見してからしか食べれず、いつだって料理は冷め切っていた。さめたスープなんて飲めるもんじゃなかったよ。おいしかったけど。おいしい冷めたスープより、暖かくて薄い貧相なスープのほうが好きだ。
「一人で食べる食事って、味気ないものだよ」
あの時のことを思い出して、ぽろっと出た。
「では、もう安心ですね」
「へ?」
「わたしがご相伴に授かれば、お師匠様は一人で食事せずとも済みます」
「今までだって、同じ空間にはいたじゃないか」
「さみしい思いをなさっていたならば、言ってくださればいいものを」
なんか変な方向に向かってきてないか?
最後にとっておいたチキンを口に含みながら、男をみた。別にさみしかったわけじゃないし。ただ、望むなら、おいしい料理が暖かいまま出てきて、気心の知れた同僚たちと席をともにしたいとおもっていただけだ。
「傍に控えるので足りなければ、わたしも食事を摂りましょう」
それでお師匠様の気が晴れるなら。
いや、そもそももう一緒に食事する機会なんてないし、とは、珍しい気遣いの言葉を吐いた弟子には言えなかった。ちょっと、ほんのちょっとだけ、その口調が優しかったなんて思ったのは、きっと一人暮らしで人恋しさを感じていたからに違いない。