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5.shall we ~ ?


 相変わらず帰る様子のない、真っ黒の男についため息が漏れた。

 もうすでに室内には夕日は差し込まず、本格的に薄暗い。そろそろランプに火をともして、夕飯の準備に取り掛かりたいのに、この頑固な弟子はいうことを聞いてくれなさそうだ。


 昔は、お師匠様呼びはしてもこの男の慇懃無礼な態度は変わらなかった。いつからこんな小娘に、上っ面な態度だけでも、すがるようになったのだろう。


「明かりをつけたいんだけど」


 真っ黒の男は先ほどから考え込むように黙りこくっていた。なんなのだ。考え込むなら余所でやってほしい。外ではあの高級馬車(御者付き)が主人の帰りを今や遅しと待っているだろうに。


「…っと」


 そう思っている間に、真っ黒の男がすっと立ち上がった。それに反応にしてちょっとのけぞる。この至近距離で立たれると、極東島国の成人女性の平均身長を下回るワタシは、圧迫感が半端ないのである。


 意識してみたことはなかったが、ワタシはこいつの胸板程度しか身長がない。なんだこの屈辱感。ずっとしゃがんでろ。いや、やっぱりいい。そのまま立って帰れ。


 じっとり真っ黒の男を見つめた。ワタシから離れた男は何も言わず、棚の上に置いてあったランプに火をともしていたらしい。一言くらい断れ。そして速攻帰れ。


「お食事は?」


 指先から出した青い炎をランプに移らせている真っ黒の男はこちらを見ずに聞いてくる。


「…さっきちょっと軽食を食べたよ」

「ならば、今から外に食べに行きませんか? 貴女のおすすめのお店を紹介してください」


 うぜえ。

 その帰る気ないよアピールうぜえ。


 それにご飯を炊くことと、スクランブルエッグくらいしか作ることのできなかったワタシだが、一人暮らしを経て着実に進化を遂げているのだ。


「悪いけど、行きつけのお店って言ったら、アナタの嫌いなフライのお店とパン屋さんくらいしかないよ」


 言うなりランプを置いた真っ黒の男がこちらを非難するように見てくる。まあ相変わらずの無表情なので、言っちゃえば勘だが。

 ジャンクフードの何が悪い。体に悪いだけじゃないか、お坊ちゃんめ。見当違いな逆切れだが、人の好みにまで文句をつけないでほしい。


「健康を害する恐れがありますし、何より不衛生です。お控えくださいと、あれほど…」

「アソコじゃね。けど、ここではこれが普通なんだよ」


 こんな田舎町に何を求めているのか。ネッペリおっさんのお店だって、一応の衛生環境には気を使っている。しかし、この男の言っていることは、そうことではないのだろう。旅先でもなければ、屋根もついていない店先で、食事をするなんてもってのほかという考えなのだ。衛生面に配慮された、格式のある食堂に高級感あふれる料理。アソコと比べるのは根本的に間違っているだろう。


「まさかアソコを出てから毎日フライばかりですか」


 そうなら明日にでも無理やり連れ戻そうと剣呑な光を湛えた弟子に焦り、まさかっとすぐさま否定した。


「自分で作ってるんだよ。一人暮らしして何日たつと思ってんのさ」

「お師匠様が……?」

「疑うんじゃないよ失礼な。ワタシだっていっぱしの女だよ。練習すれば、料理くらい作れるさ」


 胡乱げな眼差しを向けられる。

 確かにこの男の前で料理をしたことは一度もないが、珍しく表情筋を動かし目を細めてまで反応する事か?


 そこまで料理のできない女だと思われているんだろうか。確かにあんまり出来ないんだけど。本当のことを言われると腹が立つ心理である。


「さすがに好きでも、毎日フライばかり食べるわけにはいかないでしょ。夕食の準備があるから、今日はもうお帰りよ。日も暮れてきたし、馬車を待たせているんでしょ」


 そう。この男は馬車を待たせている筈なのだ。

 しかしそういいながら窓から下を見ると、そこに先ほどまで止まっていた馬車の姿はなかった。いつもの見慣れた小道の風景がそこにあるだけ。


 どういうこと?

 振り返ってこちらを見ていた真っ黒の男を見上げた。嫌な予感がする。


「ああ、日が暮れたら近くの宿に戻るよう言っておきましたので。ここに着いてすぐ部屋は取ってありますから」

「……じゃあアナタも早く帰りなよ」


 じゃあ、お前はどおするんだ。と言いたかったが、そうするとドツボにはまることは目に見えていた。周りにも賛同され、その結果この地に根を下ろしたお師匠様を、この弟子はまた混乱の渦中へ引きずり込もうと企んでいるのだ。ワタシの意思は関係なく。


「お師匠様」


 普段に比べ、口数は多いがこちらに向ける視線は相変わらず冷たいままだ。例え、その指が壊れ物を扱うようにそっと自分の頬を掠めても、その目に先ほどまでのような揺らぎは見られなかった。


 というか、なんだこのなんちゃって恋愛フラグに隠された死亡フラグは。男の触ったところから熱が奪われてるんじゃないかと思うくらい、ワタシの体は急激に冷えだした。体勢と心理が非常にミスマッチ。蛇に睨まれた蛙の気持ちが、今ならわかる。


 動くことのない美しい、しかし女性的ではない鋭利な男の顔。大きな手でワタシの頬を包むようにさする。目線を合わせようとしているのか、長身の男の顔はいつもより近かった。


 なんだこの攻撃。年齢=彼氏いない歴のワタシに対するディープインパクトに匹敵するぞ。誰か早くロケットを発射させてくれ。隕石でワタシの頭がパーンする前に。

 照れなのか恐怖なのか、相反した行動をとる男の目は相変わらず物を見るような、決して優しく女性に触れる男性の目ではなかった。それがますます怖い。なんだこの罰。


「よ、かったら、――食べていく、夕食……」


 日本人特有のアルカイック・スマイルを引き攣らせながら、ワタシはこの場から、この謎の雰囲気から逃げたい一心でざれ事を捻り出した。


「お師匠様さえよろしければ、是非」


 即座に帰ってきた返答とともに、真っ黒の男はワタシの頬から手を放したのだった。



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