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「これはこいつとこの女の問題なんだよ。部外者が口出しするんじゃない」
男の一人がこちらを睨んでそう言った。男達は見たところ二十代後半ぐらいの年齢だ。年上の人間に睨まれ、俺は息を呑んだ。しかし男達に囲まれているおかっぱ頭の女の子を見て、退くわけには行かないと一歩前に踏み出す。
「おい……こいつ《赤き閃光》じゃないか? 《イベント》入賞者の」
もう一人の男が俺に気付いたようだ。男達が少し怯んだ。俺はその隙を見逃さず、更に一歩前に踏み出した。
「……何か事情があるのかもしれないけど、その女の子は嫌がってるだろ?」
「だから何か事情があってもお前には関係ないって言ってるんだよ」
「これだけ人が通る場所で嫌がる女の子に絡んでるんだ。すぐに話を聞いたどこかのギルドのプレイヤーがやってくるぞ。今のうちに退いたほうがいいんじゃないか?」
相手が一瞬弱気を見せたのに漬け込んで、思い切って強気で行く。
「《連合》の悪い噂を色々な所で聞く。あまり問題になるような事はしない方がいいと思う」
「なんだと? お前らガキが《イベント》なんていうアイテムや金を手に入れるための遊びをしている間、俺達は必死に攻略を進めているんだぞ? 今はPKギルドに部隊を壊滅させられたせいで攻略には乗り出せていないが、俺達は皆を解放するために頑張っているんだ」
「攻略を頑張っているのは《不滅龍》も《照らす光》もその他の攻略組だって一緒だろ? それに頑張ってくれるのは結構だけど、それだったらこんな所で女の子苛めてないで自分のギルドホームに戻ったらどうだ」
「こいつ……!」
もう一人の男が静止するのも構わず、男が俺の目の前まで向かってきた。身長はあちらの方が高く、俺が見上げる形になる。メイルの間から鋭い視線で俺を睨んでくる。後ろに下がり掛けるが、自分を奮い立たせて俺も強く睨み返す。
「そういうお前はどうなんだ? 生意気な口を聞くが、お前は一体何をしてんだ?」
「少なくともお前らのように女の子を苛めたりはしないよ」
「なるほど。そこまで言うんなら分かった。俺と決闘しろ二つ名なんていうふざけた物を付けられてる野郎には負けねえ」
「え? あ、ああ。いいよ」
女の子を助けに割って入ったのは絶対に間違いでは無かったと言い切れる。だが、何故俺はいつもこういう面倒事に巻き込まれるのかと少し運命を恨まずにはいられない。もしかして引き篭っていた罰だろうか? というか、別に二つ名を付けられたのは俺が悪い訳じゃないだろ。
俺達が決闘を始めると聞いて、周囲のプレイヤー達がざわめきだす。もう一人の男はなんてこったとメイルの上から顔を抑えている。俺がなんてこったって言いたいよこの野郎。おかっぱの女の子の方は「え、え」と何が起きているかよく分かっていないようで、周囲のプレイヤーの視線に慌てている。
男から送られてきた決闘は、先に三回相手に攻撃を当てたら勝ちという、虚空と戦った時と同じ設定だ。それを承諾し、お互いに下がって距離を取り合う。周囲のプレイヤーがそれを見て無責任に歓声をあげている。さっきより人が集まってきている。こんなにプレイヤーがいるんなら、女の子を助けてやればいいのにと苛立つが、今は目の前の男との戦いに集中しよう。
男は背中に背負っていた大剣を抜く。男の大剣は大きなのこぎりの様な形をしており、刃の部分にはモンスターの牙が付けられてギザギザしている。俺も青行燈を構える。
決闘開始のカウントダウンが目の前に表示される。
カウントが0になった瞬間、男が叫びながら突っ込んできた。突進系のスキルを発動したようで、男の動きが加速する。引きずるようにして片手で握っていた刃を持ち上げ、走りながら俺に振り下ろした。いくら動きが早くても、刃の軌道が分かりやすければ避けるのは容易だ。姿勢を低くし、刃を潜り抜けるようにして攻撃を回避する。そして男の横を通り過ぎながら刃で横腹を斬り付ける。
男の身体を包んでいるバリアに刃がぶつかり、ガラスが割れるような男が響く。まずは一本だ。
自分が攻撃を当てられた事に気付いた男はしばらく呆然とし、それから怒りの表情を浮かべる。ギリリと歯を食いしばると、苛立ちのこもった声を上げ、大剣を振る。左斜めから向かってくる刃を大太刀で受け流しながら前へ進み、ラリアットをするかのようにそのまま男の首に叩きこむ。ガラスが割れる音と、男からぐぇといううめき声が漏れる。
男はよろよろと後ろに下がり、首元を触って確かめる。
「このクソガキィィィ!!!」
表情を歪め、息を荒くした男はまたもやスキルを発動して突っ込んできた。完全に頭に血が昇っているらしい。今度のスキルは連続系だった。
スキルは発動と同時にシステムによってアシストを受ける事が出来る。そこへ自分の持つ力を加える事で、より強い攻撃を繰り出せるようになる。見たところ、目の前の男はただスキルを使っているだけだ。だから攻撃が単調になるし、簡単に見切られる。
男の連続系スキルを《七天抜刀》で迎え撃つ。右斜めと左斜めの二方向からしかやってこない大剣の刃に、大太刀の刃をぶつけていく。元々太刀から大太刀になったお陰で攻撃力は上がっている。大剣より強いという訳ではないだろうが、並ぶほどの攻撃力はあるだろう。そこにこの男の単調な攻撃だ。力で負ける道理はない。
四発目、大太刀を大剣の横腹へ力強く命中させる。刃と刃がぶつかり合い、金属音と火花が散る。そこで、大太刀に打ち負けた大剣のスキルが中断され、男の体勢が大きく崩れた。そこを大太刀で斬り付ける。この時点で俺の勝負は確定しているが《七天抜刀》は七連続スキルだ。残り二撃残っている。絡まれていた女の子と、俺に絡んできた分ということで、余計に二撃お見舞いしておいた。決闘はまだ完全に終了していないので、二撃打ち込んでもシステム的には何の問題もない。大太刀に連続三回斬り付けられた男は、衝撃を受けて後ろに勢い良く倒れた。そして『YOU WIN!』と表示され、決闘が終了した。
周囲で俺達の決闘を見ていたプレイヤー達が歓声を上げる。倒れた男にもう一人の男が手を貸して起き上がらせた。
「……この……クソガキ……ッ」
男は顔を憎悪に染め、俺を睨みつけていたが、もう一人の男に宥められると二人で逃げ帰るように去っていった。残されたオカッパの少女はオロオロしている。
「災難だったね。大丈夫?」
男に絡まれて怯えていただろうから、出来るだけ爽やかなお兄さん的な感じで声を掛けた。しかし爽やかお兄さんモードはお気に召さなかったようで、俺の顔を見ると「ふえ!?」と悲鳴を上げられた。そんな怖がられるような顔をしているつもりはないんだが……と結構落ち込む。
「いや、俺は何もしないから、怖がらなくていいよ」
「あ、え、はい」
そう言っても少女はオロオロしたままだ。まだ周りにはプレイヤーが大勢いるし、この視線の中女の子と話すのは嫌なので、取り敢えず場所を移すことにした。周りのプレイヤー達に頭を下げ、女の子の手をつないでその場から離脱すした。
街の外れにあるNPCが開いていた小さな喫茶店で、俺達は向かいあって話をしていた。最初は女の子が戸惑って会話が進まなかったが、しばらく話している内に話せるようになってきた。というか、俺に話す隙が無いぐらい早口で話してきた。
彼女の名前は手斧というらしい。小さな女の子には少し物騒な名前じゃないか、と思った。
どうやら手斧は、あるエリアに行くために掲示板でパーティを募集したらしい。そこで一人とプレイヤーと組む事になり、待ち合わせ場所に行くと二人の男がいた。まあ掲示板ではどうとでも言えるからな。一人で待っていると言い、二人で待ち伏せる事も出来る。どうやらあいつらはナンパ目的で掲示板を利用していたようだ。おっさん怖いわ-。そこで自分はエリアに行きたいから、と断ると、あの男が機嫌を悪くして絡んできた。そこに俺が通りかかって、今に至ると言う訳らしい。現実世界でもかなり昔からこういった事件は問題視されていたけど、やっぱりこんなゲームの中でも起きるのか。手斧の年齢は知らないが、外見的には小学生と言ってもおかしくないぐらいに幼い。成年男性と小学生女子がネットで知り合い、みたいな事をニュースで何回か見ているけど、身近に起きているという事を知ると衝撃を受ける。生々しくて嫌な感じだ。リンにもよく言い聞かせておこう。
「だ、だから、あの! アカツキさん! 助けてくれてありがとうございました!」
「いや、構わないよ。……だけど俺、まだ名前名乗ってないような気がするんだけど」
「ふえ!? いいい、いや、あれ、そうだっけ、いや、あははは……」
笑って誤魔化された。
まあ《イベント》に出てるし、知られていてもおかしくはないだろう。あれ……? 《イベント》って確か《シルバーブレード》って名前で参加したような気がするけど……。まあいいか。
「それで、手斧ちゃんはどんなエリアに行こうとしてたの?」
「あ、はい……。あの、ククリおじさ……い、いえ! あの、おじさんが『真珠牛乳』を飲みたいって言うんで……それを手に入れる為に……』
「『真珠牛乳』?」
「は、はい。あの、《セーフティータウン》の掲示板で受ける事が出来るクエストの一つなんですけど……《ワイルドフォレスト》の奥の方に、小さな洞窟があるんです。その洞窟は小さいからかもしれないんですけど、同時に二人までしか入れないんです。その洞窟は第一エリアなのにそこそこモンスターのレベルが高いから……あの、誰かレベルの高い人と一緒に行きたいなあ……って」
「だから掲示板で一緒に行ってくれる人を募集したのか」
「は、はい……。あ、あの、よろしければ、アカツキさん、私と一緒に洞窟に行ってくれませんか? ちゃんとお礼もします……」
「俺が? うーん……。そのおじさんっていう人と一緒に行くことは出来ないの?」
「駄目なんです……おじさん達もお兄ちゃんも忙しいから……手斧が頑張らないと……」
「そうか……」
俺が彼女の頼みを快く受けられない理由は、戦人針の事があったからだ。あれから少し経っているが、依然として戦人針の行方は掴めていない。しかし手配書が役に経ったのか、《屍喰らい》の動きは全く無い。俺がエリアでソロで行動しているのは、一緒に行く仲間がいないから、という理由もあるが、もう一つは奴らをおびき出せないか、とも考えているからだ。あいつらの情報は大々的に広がっているとはいえ、直接会った俺を生かしておくのはあいつら的には不味いだろう。だから、俺がソロで行動していれば奴らが食いついてくるかもしれない。俺としても栞やリンに危害を及ぼすような連中を生かしておくつもりはない。当然、かなりの危険が伴うだろう。転移系アイテムも使用出来ないから、囲まれてしまえば逃げられない。だが《ミミックメイズ》は基本的にそこまで広くないから、一度に襲ってこれる人数は限られている。それに、メッセージを出すよりも早く連絡を取る手段を『あるアイテム』で見つけているから、助けもほんの数分で来るだろう。
彼女の話を聞くと、二人専用のエリアという事だが、いざという時に彼女が襲われてしまうかもしれない。見たところ、そこまで強そうには見えないし。
「手斧ちゃんのレベルっていくつ?」
「えっと、61です」
結構レベル高かった。
活動報告でちょっとしたお知らせがあります。




