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「はっはっはっは。いい選択だ、アカツキ君。素晴らしい。実に素晴らしいな、君は」
「要するにあれだろ? よくゲームのラスボス戦前にある『世界の半分をやるから、勇者よ我の物になれ!』的な。あれな、俺断るより最初にYESを選択する性格なんだよね」
「ほうほう」
「だから俺は魔王の誘いを受ける事にするぜ」
「はっはっは。まあ私達は魔王ではないがね」
「クックックックックッ」
「はっはっはっはっは」
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 俺は魔王と手を組み、世界の半分をいただく!」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは! 魔王では無いがな」
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっははっはっは」
「クハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハ、うえ、げへぇ、ごほっうぇ」
自称正義さんと一緒に爆笑し、噎せた。
どうする。
どうする?
心臓がバクバクと破裂しそうな勢いで鼓動を打つ。全身から嫌な汗が噴き出す。足が震えて立っている。息が苦しい。緊張のあまり世界が傾いているような錯覚を受ける。
どうする。どうしたらいい。PKギルドに入るなんて、《目目目》の連中と同じ事をするなんて絶対に御免だ 。進んで人殺しなんて反吐が出る。戦人針が言っている事の意味は何となく分かったが到底納得なんて出来ない。俺は現実に戻りたいんだ。例え繰り返しの日々が待っていようとも俺は――――。
ここで死ぬ訳にはいかない。従う振りをしてこいつらに着いて行き、仲間に報告するか? いや……だけどこいつらがそんな手に引っ掛かるとは思えない。これまでも何人ものプレイヤーを勧誘してきた様な口ぶりだし、何か対策を取られている可能性が高い。
「そ、そういえば《目目目》と《屍喰らい》は何度か小競り合いをしているらしいけど、どういう関係なんだ?」
取り敢えず、この状況を打破する方法を考えつくまで時間を稼ぐしか無い。頭を回転させ話を振る。
「ああ、彼らが一方的に我々に攻撃を仕掛けてきてね。私達が攻略組を殲滅して帰還しようとするタイミングで何度も襲撃を掛けられている。あのタイミングの良さは監視されているとしか思えないが……裏切り者はいないはずなんだがな。偶然とは考えにくいが……」
「《目目目》に関して何か情報を掴んだりしてないのか?」
「いや。彼らも中々にやり手でね。大した情報は得れていないな」
「そうか……」
役立たずめ……と内心舌打ちをするが、今は《目目目》よりも《屍喰らい》の方がやばい。どうすればいいんだ。クソ、クソ、クソ、クソ。
「ふむ。まあそれはとにかく、君は攻略組の《流星》や《震源地》と交流はあるかな?」
「え?」
急に話を変えられて思わず聞き返してしまう。クソ、この場を乗り切る方法はあってもこれからの事を考えると不味い物ばかりが浮かぶ。
「いやね。次の標的は彼らのどちらかにしようかと思ってね。《連合》も主力は潰したし、後は《照らす光》と《不滅龍》を潰せば攻略組の戦力は大幅に落ちる。まあ、次はそうだな。《照らす光》を潰すとするか」
「……」
「《流星》との交流はあるな?」
「ま、まあ」
「よろしい。やはり次の標的は《照らす光》だな。君が私が指定した場所に彼らを呼び出す。そこへ私達が襲撃を掛ける。そして隙を見て君が後ろから《流星》を刺せ」
「俺が」
「そうだ。頭が討たれれば形勢は一気に傾く。後はどうとでもなるだろう」
「…………」
「ははは、ククク。私達の世界を壊す連中を殺そう。《流星》をぶっ殺そうじゃないか、アカツキ君」
「 」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、何も言ってない」
「ふむ、そうかね」
戦人針は目を細めると、俺に向けて手を伸ばしてきた。握手をしようということらしい。戦人針との距離は少し離れているため、近付かないと手を握る事は出来ない。俺もニッコリと笑みを浮かべて戦人針の元へ歩いて行く。
「ようこそアカツキ君。《屍喰らい》へ」
「ああ、よろ――――」
戦人針のすぐ目の前まで近付いて、
「死ね」
栞に手を出す奴は。
死ね。
俺は《七天伐倒》を発動した。伸ばされていた手が高速で動き、背中の大太刀を抜いて戦人針を斬り付ける。若干間合いが近かったがこの緊張の中では仕方なかったと思う。刃が戦人針を肩から脇腹に掛けて斬った。
頭が討たれれば形勢は一気に傾く。だから傾かせてやる。俺の妹には手を出させない。絶対に。
「!」
刃は止まらない。まだ六回残っている。大太刀が次の攻撃を繰り出す。しかし戦人針は身体を大きく捻って次の攻撃を回避した。その次も、その次も、その次も、まるで攻撃が来る場所が分かっているかのように軽々と回避していく。当たったのは不意打ちの最初の一撃だけだった。
だが戦人針は六連続の攻撃を回避して姿勢を崩している。更にまだ背中の大剣は抜いていない。ここで一気に決めなければ、勝機は無い。
《七天伐刀》を打ち切った俺はすぐさま次のスキルを発動する。大太刀が銀色の光を激しく帯び、戦人針に迫る。が、その一撃は大剣によって防がれた、《七天伐刀》から《オーバーレイスラッシュ》を発動する僅かな隙間に、この男は大剣を抜いたのだ。恐ろしい速度で。真っ白な分厚い刃に刃が激しくぶつかり、銀色の光を周囲に撒き散らす。戦人針は衝撃を受け流すために後ろに後退る。そこへ俺は一歩踏み出して次の一撃を叩き込む。大剣で防がれないように左斜めから攻める。スキルのアシストに加えて、今までで身に付けてきた腕力や敏捷性を利用し、銀色の光が叩き込まれる。
「ッ」
その一撃も大剣で防がれた。戦人針は何かのスキルを使っているようだ。大剣の刃が光っている。衝撃を完全に受け流せず、僅かにHPが減っているものの、決定打にはならない。小さく舌打ちをして次の一撃を打ち込む。刃と刃がぶつかり合う激しい衝撃が伝わってくる。右斜め、左斜め、右、左、あらゆる方向から斬り付けるも盾代わりに構えられた大剣の刃が全てを受け止める。最速の《オーバーレイスラッシュ》が対応されている。剣で防がれない部位を狙って撃ちこむのに防がれる。攻撃が通らない。通らない、通らない、通らないッ!!!!
そして遂に最後の一撃になる。全ての力を込めた最速にして最大の一撃を上から振り下ろす。が、その一撃も戦人針は防いた。十二擊の銀色の流星をこいつは全て受けきったのだ。銀色の光が爆発し、戦人針は衝撃に逆らわずに後ろに跳んだ。靴で地面を削りながら後ろに下がっていき、そして止まった。HPがまだ八割近く残っている。
「はっはっは。こんなに早く裏切られたのは生まれて始めてだよ」
戦人針はそう言って笑う。指をパチンと鳴らすと、今まで森の陰に隠れていた仲間が武器を構えて姿を表した。仮面や布で顔を隠しており、どんな奴がいるのかは分からなかった。
早まったか……。栞を殺すという言葉を聞いて思考がぶっ飛んで思わず斬りかかってしまった。まさか受け止められるなんて予想していなかった。だが弱気な表情を見せるわけにはいかず、俺は強がって笑う。
「魔王の誘いを受けたらゲームオーバになっちまうんでな。最終的にはやっぱり俺は魔王と戦う道を選択するよ」
「そうかね。それは残念だよ。それと魔王ではない。私が、正義だ」
「…………。今日あったことは誰にも言わないから、見逃してくれっていうのは駄目か?」
「はっはっは。面白いがそれは出来ない相談だな」
「そうかい」
「だからまあ、死にたまえ」
戦人針の言葉と共に、周囲の連中が俺に向かって走りだす。人数は把握仕切れていないが確実に十人以上はいるはずだ。この場を乗り切るには一点突破しかないか。
俺は雄叫びを上げながら、戦人針に向かってダッシュする。戦人針は大剣を背中に仕舞い、余裕の表情を浮かべている。俺が戦人針に辿り着くよりも早く、巨大な盾を装備した片手剣の男が間に入ってきた。俺はそれでも構わずに直進する。盾の男は俺を迎え撃とうと何かのスキルを発動しようとしている。好都合だ。
そして俺とその男が交わる直前、俺は大きく跳び上がる。男達の包囲網を潜り抜けようと一歩一歩上昇していく。どうだ。流石に《空中歩行》については予想していなかっただろう。スタミナがガリガリと減少しているが、まだもう少しは大丈夫だ。このまま包囲網を抜けて――――
「ぐ、ぁ」
背中にドスドスと何かが突き刺さる感覚。HPが減少するのを確認するのと同時に、俺は地面に落下してしまう。ダメージを受けたことでスキルが解除されてしまったのだろう。背中の痛みに耐えながら、なんとか地面に着地する。足に重い衝撃が走るが堪え、背中に刺さっている物を抜く。
背中に刺さっていたのは二本のナイフ。
後ろを振り返ってみると、手に何本もナイフを構えている奴がいた。相変わらず仮面で顔は見えない。
あらゆる方向から襲い掛かってくる仮面の集団。
「おおおおおおォォォォォォォッッッ!!!!」
右から突き出された槍に大して《断空》を発動する。衝撃が槍をへし折り、何人かを吹き飛ばす。が、後ろから違う男に斬り付けられる。すぐさま後ろに大太刀を叩き付けるが、大剣の男に受け止められてしまう。そこへ色々な方向から刃が突き出される。
頬や肩を斬り裂かれる痛みに耐えながら、さっき《断空》を使用した事で出来た隙間に《ステップ》で下がり、仮面の連中から距離を取る。
ヤバイ。スタミナがもう無くなりそうだ。HPはまだ多少余裕があるとはいえ、万全とは言えない。仮面の集団は間髪入れずに連続で襲い掛かってくる。囲まれているせいでアイテムを使う暇もない。ほんの数秒あれば使用できるのに、その数秒が巡ってこない。一人一人が深くまで踏み込んで来ず、仲間の攻撃を殺さない。浅い攻撃でジワジワとHPを削っていく戦法だ。
こんな所で死ぬなんて、絶対に嫌だ。まだ俺にはやらなきゃいけないことが
「うっ」
色々な方向からくる攻撃に対応しきれず、槍が脇腹に突き刺さる。そこまで大きなダメージを負った訳ではないが、痛みに気を取られて対応が遅れ色々な箇所を斬り裂かれる。【赤き紋章】が発動すればここを乗りきれるだろうか? 攻撃力も敏捷性も上昇し、今よりも強くはなるだろうが……一撃でも攻撃を喰らえば死んでしまうのだ。あの時と同じ状況だというのに、俺の心には絶望が広がっている。この原因は恐らく、相変わらず空々しい笑みを浮べているあの男だろう。心が掻き乱される。
槍に腕を貫かれ、ナイフで足を刺され、刃で背中を斬られる。HPはもう残り僅か。もう少しで危険域に突入する。
俺は、まだ
その時、紅蓮の閃光が森の木々を薙ぎ倒しながらこちらに突っ込んでくるのが見えた。予想外の出来事だったのか、仮面の連中もそちらを向く。その隙を逃さずに周りの連中を大太刀で斬り付け、回復薬を取り出して一気に飲み干す。
その紅蓮の閃光は仮面の男達に向かって突き進む。連中は咄嗟に《ステップ》で回避するが、何人かが閃光に飲まれて吹き飛ばされた。閃光は止まらず、戦人針に迫る。戦人針は俺の時と同じように大剣で閃光を受け止めるが、衝撃を殺しきれず後ろに吹っ飛んだ。
一体何が起きている?
戦人針を吹き飛ばした閃光の光が霧散し、中から一人の男が現れる。
「誰だ!」
連中の一人がその男に怒鳴った。
見覚えがある男だ。あいつは確か――――
「《英雄》だ」
龍帝宮の会議にいた二つ名持ち。
『滅亡の聖剣』の使い手が立っていた。
活動報告の方でお知らせがありますので、暇があったら覗いていただけると幸いです。