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――――Is it possible to change myself?

「え……?」


 俺を見て、栞が絞る様な掠れた声を出す。今まで俺の顔を覆っていた仮面はもう付けている必要がない、という理由で外してある。

 栞がよろよろと後ろに後退る。

 俺は驚きで声が出せなかった。栞の顔を確認した瞬間、驚きのあまりに思考が一瞬止まり、それから思うように言葉が喉から出てこない。


「にっ、にいさっ……っ」


 栞は声を大きくして一瞬俺を呼ぼうとしたが、言い切る前にそれを飲み込み、表情を険しくする。まだ動揺を隠しきれていないが、その顔にはもういつもの俺に向ける冷たい視線が浮かんできていた。

 それを見た俺の思考は一気に冷めた。驚き、動揺で熱くなっていた思考が冷めて、冷静になった。深呼吸して散らばっていた思考をかき集める。

 

「生きて……いたんですね」


 栞が言葉を詰まらせながらそう言う。その顔に浮かんでいる表情はいつもの冷たさだけではなく、何か別の物が混ざっている感じがしていまいち何を考えているのかが読み取れない。

 俺は冷静になった物の、栞にどう対応していいか分からずに戸惑っていた。栞に対する感情は出会ってから決めればいい、会えば見えてくる、なんて思っていたけど、まるで見えてこない。むしろ前よりも混乱が強くなってしまっている。

 それでも。


「ああ。何とかな」


 栞にそう返す。

 

「……てっきり兄さんの事だから《セーフティータウン》に引き篭っていると思ったんですけどね。その、装備やスキルからして、貴方は攻略エリアに出ていたようですね。それにしては最前線では見ませんでしたが」


 ああ。多分、俺はあの森に落とされなければ最終的にソロプレイに耐えられ無くなって《セーフティータウン》の宿に引き篭っていただろうな。お前の考えた通りだよ。

 

「ああ。ちょっとバグかなんかで隠しエリアっぽい所に落とされちまってな。つい最近まで、大体一年くらいその森で生活していたよ」

「え……? バグ……はよく分かりませんが、い、一年もそのエリアに? 他にパーティーとかいなかったんですか……?」

「一人だったよ。ずっと、ずっと一人で生きてきた。一年前、《ワイルドフォレスト》の前でお前に会っただろ? その直ぐ後にバグのせいでいきなり《ブラッディフォレスト》とかいう隠しエリアっぽい所に落とされたんだよ」

「っ」



 栞は口を開き、何かを言おうとしたが途中で止めた。手を口に当てて下を向き、呼吸を荒くしている。何を言おうとしたんだ? 

 さっきから栞の様子が少しおかしいな。まあ、突然の対面だから仕方ないか。まあ、妹に会って緊張していた俺としては、栞が戸惑ってくれた方がより冷静になれるんだが。

 栞にどう接していいか分からない。混乱してるし緊張もしている。一年前の事で言いたいこともある。

 それでも。



 それでも、まず、俺は栞に言わなければならないことがある。


 

 あの森で何度も死にそうになって思った。『現実に帰りたい』と。

 そして何故現実に帰りたいかを考えた。また部屋に引き篭ってゲーム三昧の日々を送りたいからか? 何もせずに自堕落な生活を送りたいからか?

 違う。


 俺は現実に後悔があったから、帰りたいと思ったんだ。


 今まで世話をしてくれた祖母と祖父に謝りたい。土下座して許しを請わなければならない。今まで彼らの優しさに甘えていた事を。俺に掛けてくれた言葉に耳を傾けなかった事を。

 そして栞にも言わなければならない事が山ほどある。あいつとした約束を守ってやれなかった事。あいつの優しい言葉に対して俺が言ったあの言葉について。

 俺はあの森で確かに思ったんだ。


 変わりたいって。


 自分を変えたい。今まで背けていた自分の弱さと正面から向き合う。すぐに変わるなんて無理だと思う。あの森から出てきた今だって、俺は自分の弱さがまだ残っている事を自覚している。だけど、いや、だからこそ、俺はこれから変わって行かなければならないんだ。

 少しずつ、自分の弱さと向きあって。

 強くなって行かなければ、ならないんだ。


 あの大学受験の時のあの努力を無駄にしてはいけない。あの時確かに、俺は死ぬ気で頑張った。必死で、本当に死ぬ気で頑張った。だけど届かなかった。

 そこで俺は諦めてしまった。

 もう終わりなんだと、絶望して、諦めてしまった。

 周りの落胆、失望、同情、哀れみ、それらが怖いからと言って俺は安全な自分の殻に逃げ込んだ。楽になろうとした。

 あの努力を無駄にしてはいけない。

 

 立ち上がるんだ。努力はした。出来る限りを尽くした。後はもう一度立ち上がる勇気を振り絞るだけだ。


 

「栞。俺はお前に言わなければならない事がある」

「何、ですか」



                                             」

 


 そう言って俺は頭を下げた。

 

「い……今更ッ! 今更何を言ってるんですか!? 私達が何回も何回も何回もッ! おじいちゃんが貴方に何ていいましたか!? おばあちゃんは貴方に何て言いましたか!? 二人の優しさに甘えて! 一日中ゲームの世界に入り込んでッ! 二人が貴方に声を掛けても貴方は耳を貸さず、分かった分かったとあしらって! あの二人が泣いている所を見ましたか!? 見てないでしょうね! 兄さんはずっと部屋にいたんですから! あの二人は貴方の前ではいつも笑っていました! 『暁が一番辛い。今は好きなようにしなさい』って! それに……それに兄さんは私に何て言いましたか!? 私は、私はッ……」


 栞は今までせき止めていた何かが壊れたかのように俺に向かって言った。俺は全てを受け入れなくてはならないんだ。

 栞は嗚咽を堪え、深呼吸して呼吸を整えた。


「それを、今更、ゲームの中で! ふざけないで下さい!」

「……都合のいい話だって事はわか」

「うるさい! 黙れ! 黙れ! おばあちゃん達の気持ちも知らないで……。私の気持ちも知らないで! 貴方なんて私の大好きだったお兄ちゃんじゃない!」

「っ……」


 お兄ちゃん。

 栞がそう言うのを聞いたのは何時ぶりだろうか。だけど、それが今の俺に言っている事じゃないって事は分かる。いつか、まだ努力を続けていられた頃の俺。妹の約束を守ろうと、必死になっていた頃の俺。それが栞の言うお兄ちゃん、なんだと思う。


「っ……も、もう、いいです。これ以上話す事はありません。戦いましょう。勝負は始まっています」


 そう言って栞は背中に差してあった片手剣から派生した稀少武器レアウェポンであるバスタードソードを抜いた。片手剣の利点はスピードと空いた片手に盾が装備出来ること。バスタードソードは盾を装備できる、という利点を捨てる代わりに高い攻撃力とスピードを誇る。

 

「ああ、そうだな」


 いきなりは変われない。

 俺に対する栞の感情も、すぐには変えられない。だから、少しずつ。俺が変わったんだと栞に認めてもらえるようになるまで、少しずつ、変わっていこう。



 俺は背中の太刀を抜いた。

 


 

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