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宿に帰るとリンが一番に予選突破を祝う言葉を掛けてくれた。ピョンピョンと跳びはねて自分のように祝ってくれる姿が可愛くて、思わず撫でてしまう。
俺が帰ってくる前から料理を作ってくれていたようだ。机には沢山のお寿司が並んでいた。なんでも、プレイヤーの開いている食材専門店に《デスボルケーノ》という高レベルの火山のエリアのモンスターの食材が入荷していたらしい。『炎殻蟹』フレイムクラブと言う蟹や炎熱鮪、火山鮭などと言った食材を見て、今日は寿司にしようと決めたらしい。
俺達は椅子に座り、早速お寿司を頂くことにした。現実のお寿司とどう違うのか楽しみだ。「お兄ちゃん、予選どんなんだった?」とリンが訪ねてきたので、戦った相手やらーさんの話をしながらお寿司を食べることにした。
お寿司はどれもかなり美味しかった。フレイムクラブはめちゃくちゃ瑞々しかったし、炎熱鮪は口の中でトロリと溶けた。火山鮭は歯ごたえがあり、火山鮭のイクラもプチプチしていて美味しかった。他にも海老や雲丹、ホタテなどがあり現実で食べたことがないくらい美味しかった。まあ回転寿司しか行ったことが無いから、もしかしたら回らないお寿司はどれもこれぐらい美味しいかもしれないけど。
食べ終わり、とりあえず俺はもう今日は休む事にした。イベントの疲れが結構溜まってる。思った以上にソロで挑むのはキツかった。自分の部屋に戻り、防具を外して寝た。
翌日、俺は朝食を食べ終わってから掲示板で情報収集していた。匿名で書き込める掲示板だから全部が全部正しい情報では無いだろうけど、中には役に立つ情報がある筈だ。《イベント》に関係のあるスレを片っ端から調べていく。
本戦に出場すると思われる二つ名持ちは調べた限りでは 《震源地》《流星》《移動城壁》《巨人殺し》《海賊王》《風姫》《雷刃》《炎剣》《水槍》《瑠璃》《犬騎士》《ふにゃふにゃ》くらいみたいだ。当然、まだ掲示板に上がっていない二つ名持ちが居るかもしれないし、二つ名持ちじゃなくても充分に強いプレイヤーもいるから油断できない。
因みに《ヘカトンケイル》というプレイヤーが予選で《震源地》とぶつかり、負けて退場したみたいだ。二つ名持ちでも負けている奴はいるんだな。
この二つ名の中に昨日戦った双剣の男は居るのだろうか。どちらにしろ厳しい戦いになりそうだ。一応名前の出ていた二つ名持ちについて色々調べてみたが、やはり実際に戦って見なければ分からないことがあるだろう。イベントの本戦まではまだ時間がある。その間、俺はレベルの高いエリアに行って修行をする事にした。当然、うっかりミスで死んだらたまらないので用意は万全にしていく。
取り敢えず、前回途中までしか行けなかった《ワームフォレスト》に行く事にした。あの森に入りたがるプレイヤーは少なく、PK狙いのプレイヤーが多く出没するという話を聞いたが、出てくるなら出てきてもらいたい所だ。《目目目》のメンバーはいつかぶっ殺すからむしろ好都合と言える。
――――――
複眼を大きく剥いた薄茶色の肌をした巨大な男の顔、頭から突き出た先端が綿棒のように膨らんだ真っ直ぐの触覚、プックリと膨らんだ棒状の身体、そして背中から生える毒々しい虹色の巨大な羽。
《ワームフォレスト》のボスであるクリーピィーバタフライだ。
羽を使って空を飛び、羽を大きく羽ばたかせて周囲に虹色の鱗粉を撒き散らす。鱗粉には毒や麻痺になる効果が含まれているが、耐性スキルを持つ俺にはあまり効果はない。完全に効かない訳ではないのでちゃんと薬は持ってきている。
人面蝶は耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げながら俺目掛けて体当たりを仕掛けてきた。俺は《空中歩行》でそれを回避し、人面蝶の背中に乗る。そして背中の上で《オーバーレイスラッシュ》を発動した。銀色の光が太刀を包み、流星のように煌めいて人面蝶を斬り裂く。
虚空と戦った時、俺の《オーバーレイスラッシュ》は濁った黒い銀色になっていた。今の《オーバーレイスラッシュ》の色は普通の銀色だ。やはりあれは俺の見間違いだったのだろうか?
《オーバーレイスラッシュ》によって人面蝶のHPバーが三割程減少する。それだけではなく、今のダメージによって飛んでいられなくなったのか、人面蝶は奇声を上げながら墜落した。俺は背中から降りて人面蝶の正面に行き、新しいスキルを発動した。
虚空達《目目目》の連中を倒した時、俺はレベルアップした。その時に新しいスキルをいくつか手に入れているのだ。人を殺して手に入れたスキルだからあまりいい気持ちではないが、戦力になるスキルだから使わないという選択肢は無い。必ず本戦で役に立ってくれるだろう。本戦までは身体を動かしつつ、新しいスキルを使いこなせるように修行して行こうと思う。
新しいスキルが人面蝶を貫き、そして――――。
――――――
それから休憩を挟みながら《ワームフォレスト》にもう一度挑んだ。ディバイドセンティピードやジャイアントモスキートといった気持悪いモンスターを相手にするのは精神的に疲れたが、他のエリアには人が多く居るだろうし、俺の修行している姿を見られるのは得策とは言えないので我慢した。まあ《ワームフォレスト》も俺以外誰も居ないという訳ではないが。他にも物好きなプレイヤーがいるようだ。PKプレイヤーでは無いかと警戒したが、普通にエリアを攻略しているだけのようだった。
人面芋虫を倒してすぐにある休憩地点。
リュウが殺された場所。
「リュウ。リンは俺が守るから安心してくれ」
誰もいない休憩地点で俺はそう呟いた。
風が吹いた。
リュウが頷いたような気がした。
――――――
《ワームフォレスト》を二周もすればアイテムも結構集まる。中には『分裂百足の肉』だとか『巨大蚊の血』とか食べられる食材系のアイテムも入っていた。全部売ろうかと思ったが一応リンに『《ワームフォレスト》で虫の食材手に入れたんだがいるか?』とメッセージを送って聞いてみたところ、『バッカじゃないの?』という返信があった。
いつもとキャラが違うけどそんなに嫌だったのかよ……。まあ俺も虫の身体喰うなんてまっぴらごめんだけどな。
今日手に入れたアイテムを売り、消費した回復薬などを補充してから、俺は宿に帰った。
それから数日、俺はイベントに備えて修行した。レベルも一つ上がり、スキルも上手い具合に使いこなせるようになった。準備は万端。
そして遂にイベント本戦当日。
リンは朝食は白いご飯と味噌汁、漬物に焼き魚を出してくれた。因みに焼き魚は剣秋刀魚と呼ばれる魚だそうだ。醤油とおろし大根で頂いた。
「頑張ってね、お兄ちゃん」
リンとは一緒にスカイドームまで行ったが、途中で分かれなければならない。俺は選手の控え室に、リンは観客席に。一人で観客席に行けるか? と聞いたら馬鹿にしないでくれと怒られてしまった。アイスクリームやジュース、ポップコーンを食べながら俺を観客席から応援してくれるらしい。頼もしいな、全く。
「ああ、ちょっくら優勝してくる」