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ジワリジワリと距離を詰めてくるらーさんに俺は一歩後ろに下がる。虚空と戦った時も思ったが太刀と槍は相性が悪い。片手剣なら盾で防ぎながら責められるし、大剣なら槍を弾いて強力な一撃で攻撃ができる。さっきの《ストームスタブ》というスキルは危険だ。《フォーススラッシュ》や《受け流し》じゃ防ぎきれない。正面からぶつかって勝つには《オーバーレイスラッシュ》を使うか、もしくは“新しいスキル”を使わないとキツイ。予選であまり手を明かすのは得策ではないが……出し惜しみして負けたんじゃ話にならない。
太刀を握る手に力を込め、口元に薄く笑みを浮かべたらーさんを睨む。どうする。虚空と戦った時のように槍を避けて片手突きで攻めようか。しかしらーさんの武器は三節棍。今は槍の形状をしているがいつ変形するかわからない。三節棍にどう対応していいかまだつかめていない状況で突っ込むのは得策ではない。クソ……どうする。
「どうしたの? 来ないなら私から行くぜ(ヽ゜д)」
らーさんが突っ込んできた。槍先が青く光りそれが広がって彼女を包み込む。そしてらーさんは俺目掛けて槍を突き出して走りだす。その後ろには青い光が尾のように続いていた。
「《コメットインパクト》……!」
槍のスキルの中でも今の所上位に属する強力なスキルだ。こちらも強力なスキルを使わなければ防ぎきる事はできない。彼女との距離がもう少し離れていれば《ステップ》で回避する事も考えたが、今からではもう間に合わないだろう。
《オーバーレイスラッシュ》で迎え撃つか。太刀を構えてスキルを発動しようとした時だった。青い光を纏って走りだしたらーさんの真横に斧を構えた男が突っ込んできた。さっき地面を爆発させるスキルを発動した奴だ。らーさんが驚愕に目を見開く。しかしスキルを発動して俺目掛けて突っ込んできている彼女に男の攻撃を防ぐ手段はなかった。男の斧が青い光を帯びる。
「《メガトンスイング》》!」
斧がらーさんを包む青い光を裂いてらーさんの横腹に叩きこまれた。シールドと斧がぶつかり合い激しい音を立てる。らーさんは《コメットインパクト》の発動が中断され、勢い良く吹き飛ばされた。ノーバウンドで何mも飛び、それから地面に墜落してゴロゴロと転がる。HPバーがオレンジのゾーンまで減少していく。
突然の乱入には驚いたが確かにここは一対一の勝負をする場ではない。戦っているプレイヤーの不意を突いて攻撃するのもありだろう。斧の男は攻撃がうまく行ったことに満足気な笑みを浮かべ、地面に倒れ込んでいるらーさんに向けて走りだす。彼女は槍を杖代わりに立ち上がるが衝撃のせいで意識がハッキリとしていないのかまだフラフラとしている。男の攻撃を防ぐことは難しいだろう。
いやぁ、危なかったな。あのままらーさんと戦っていればただでは済まなかった。あの男が追い詰められていた俺ではなく、らーさんを狙ったのは恐らく彼女が二つ名持ちだからだろう。二つ名持ちを倒したとなればそれなりに自分の名前を広められる。たとえ不意打ちであってもだ。今はそういう勝負だからそれを責められる人はいないしな。あのままらーさんとやり合っていても男が俺を狙っていてもどちらにしろ危なかった。運が良かったな。
男が何かのスキルを発動させ、斧を大きく振りかぶる。らーさんは槍を構えて防ごうとしているが恐らく防ぎきれないだろう。あの一撃でやられるかどうかは分からないが致命的な一撃になるのは間違いない。まあ彼女と俺は敵同士だからどうなっても知ったことではないし、むしろやられてくれた方が助かる。
俺は《ステップ》で男の後ろまで近付き太刀で首を斬り付けた。二つ名持ちを倒せる、と興奮しているだろう男は隙だらけだった。上手く急所に当たったようで男のHPが一瞬で0になる。一撃死が成功したみたいだ。何が起きたか分からなかったのか、男は何も言わず消えていった。残ったのは意外そうな顔でこちらを見つめるらーさん。
「ほえ? 助けてくれたの?」
勿論そんな訳はない。今倒した男のお陰で二つ名を倒せる機会だ。自分の手でやれるのなら自分でやりたいからな。隙だらけのら-さんを斬り捨てようと太刀を握りしめた時、いきなり彼女が飛びかかってきた。まさか動けるとは思っていなかった俺は思い切り不意を打たれた。
(やばっ)
慌てて太刀を構えようとするが間に合わない。
と、俺が思っていたような衝撃は伝わって来なかった。らーさんは俺を攻撃すると思いきや、俺の手を握ってブンブンと振り回してきた。何だ何だ何事だ!?
「えへへーありがとう(*´∀`*)」
蕩けそうと言うか何と言うか、にへらぁと笑みを浮かべたらーさんが礼を言ってきた。さっきまでの無表情とのギャップが激しすぎて思わず「お、おう」と返事を返してしまう。おいおいおい……。そんなリアクション取られたら攻撃なんて出来るわけ無いじゃん……。
らーさんはしばらく俺の手をブンブンと振り回し、満足したのかゆっくりと手を離した。「どうもでしたm(__)m」とペコリと頭を下げられ、再度「お、おう」と返してしまう。なんてやりにくいんだ……。
「やー折角いいところだったのに横槍入れられちゃったね。すっかり萎えちゃった。今日の所は勝負お預けにして、本戦でまた戦おうではないか仮面君(b´∀`)」
そう言うと彼女は俺から離れて走りだした。どこに行くつもりなんだろう。半ば呆然としながらその後姿を見送っていると、急に走るのをやめてこちらを振り返った。
「次は本気で来いよ?」
さっきまでの笑みとは違う鋭い笑みを浮かべた彼女はゾクリとするような気迫があった。それを言うと彼女はまた俺に背を向けて走りだした。まるで小説のワンシーンのようなやり取りだったが、彼女は小説に登場してもおかしくないような鋭い気迫を持っていた。思わずこちらが気圧される程の。やはりあいつが乱入してきてくれて助かった。あのまま戦っていれば最悪負けていたかもしれない。やっぱりまだ強い奴はいるんだなあ、と認識を改めながら、後ろから斬り掛ってきた片手剣の攻撃を回避してこちらも攻撃を叩きこむ。
楽しくなりそうだ。
楽しむためにイベントに来たんじゃないと分かっているが、俺は思わず口を歪めた。




