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《Blade Online》  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
―World End―
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 安全圏であった街を通常エリアと同じ設定にしてから一週間と二日経った。

 浦部はモンスターと戦うプレイヤー達の様子を、ペットボトル型のドクペを飲みながらモニター越しに眺めていた。独特の薬の様な味が口内に広がり、彼は満足気に笑みを浮かべる。

 そんな彼の周りでは、白衣を来た男女十数人が忙しそうに作業をしている。『実験』は既に大詰めに入っている。『ボス』の趣味やら何やらで何回か脱線したが、もうじき期待通りの結果を出すことが出来そうだ。しかし『実験』はあくまで『実験』だ。結果が出れば次は本番に移らなければならない。本番が上手く行った時の光景を頭に思い浮かべ、浦部はドクペの飲口を口から離し、失笑する。

 朝倉は一人でクツクツと笑う浦部の背中を睨みながら、実験のデータをまとめた物を眺める。


 ――――人間の精神を、本来の身体とは全く異なった作り物の身体の中に入れる。


 現段階のVR技術でそれは難しいとされていた。

 現実の世界と仮想世界で身体つきが大きく異なると身体をうまく動かせないようになるのだ。身長だったり、骨格だったり、それらが大きく異ならないようにゲーム機である《ドリーム》では予め使用者の身体をスキャンしなければならない。

 

 しかし、朝倉達はその実験にほぼ成功していた。

 人間の精神を弄り、モンスターの身体の中に入っても問題ないように調整する。この調整を完全な物にするまで時間が掛かったが、試行錯誤の結果成功している。そして調整した精神を現実には存在しないデータの塊であるモンスターの肉体に入れる。

 当初は動けなくなる実験体や身体をコントロールできずに暴れまわる実験体がいたが、現在はほぼ全ての実験体が正常に稼働している。

 そしてただ動くだけではなく、借り物の身体をより上手く使いこなす方法を探るため、朝倉達は実験体達をプレイヤー達と戦わせる事にした。通常のモンスターよりも簡単に倒されてしまう個体が多かったが、中には使いこなしている個体も存在した。

 ゲーム内の時間で一週間。

 手に入ったデータによってより良い結果を残すことが出来そうだ。

 今回の実験には全ての研究員、そして『ボス』も参加している。十分なデータが手に入るまでもう一週間も掛からないだろう。


 研究員全員が参加しているというのに、管理人である浦部はプレイヤー達の様子を見てくつろいでいやがる。

 しかし浦部は既に自分のノルマを終了しており、くつろいでいても別に問題は無いのだ。

 その事実が余計にむかつく。

 朝倉は自分の作業を確実にこなしながら、ギリギリと歯ぎしりをする。


「にしても、玖龍君、やっぱ強いよねえ。彼らがいる所が実際の『最終エリア』な訳だけど、エリアに入ってから数日でもう最奥部にまで辿り着いてる」


 浦部が誰に話し掛けるでもなく、モニターを見ながら呟く。周囲の研究員達はそんな彼に視線を向けず、黙々と作業を進めている。『時間制御』によって体感時間を弄ってはいるが、彼らはもう二年以上ゲームの中で実験を繰り返している。彼らの精神は既に狂っていると言ってもいいほど強靭な物になっている。こんな事では微塵も集中力は揺るがない。

 誰も反応してくれなかったことに浦部は唇を尖らせながら、それでも喋ることを止めない。


「おっ、すげえ。もうボス部屋目前じゃん。こりゃあ今日中にボス部屋発見できちゃうなあ。いやあすごいすごい。一ゲーム好きとして称賛を送りたくなるねぇこれは。だからこそ惜しい。残念な事に《デッドエンド》のボスは倒せない仕様なんだよねえ」


 心底惜しそうに喋りながら、浦部はモニターを眺める。

 第二十九攻略エリア《デッドエンド》は最終エリア。

 そう語った彼の言葉に偽りはない。

 何故なら、この世界には二十九個までしかエリアが存在していないからだ。いや、実際には一応三十のエリアはある。しかし、三十個目のエリアにはプレイヤーは立ち入ることが出来ない。何故なら、第三十エリアは今浦部達がいる、この研究施設なのだから。

 《デッドエンド》のボスモンスターは施設へと繋がる入り口を守る門番だ。そしてその門番のHPは1未満になることはない。つまり、ボスモンスターのHPは0にならないのだ。どれだけ攻撃しても、プレイヤーはボスを倒すことは出来ない。

 そんな、彼らの今までの努力が無に帰る事実を、浦部はなんとも無いように口にした。


「あー嘆かわしい嘆かわしい、ひーげーきーだー」

「おいうるさいぞ黙れ」


 ミュージカルの様に野太い声で歌い出す浦部に向かって、朝倉が怒鳴る。他の研究員は全く気にしていないが、朝倉は浦部の声を無視する事が出来ないのだ。


「はっ」


 いい加減慣れろよ、と言わんばかりに浦部が朝倉を鼻で笑う。朝倉がそれに対して憤怒の表情を浮かべ、椅子から立ち上がろうとした時だ。


 プツン、と。


 その場にあった全てのモニターが消滅した。それどころか、この施設に存在したプレイヤー達を監視していた機能が全て停止した。


「うお、え、ちょやば」

「な……なんだこれは……」


 今までくつろいでいた浦部も、この緊急事態になって椅子から跳ね上がり、システムを復旧しようと機能を弄る。しかし何をやっても一向にシステムが復旧しない。それどころか、何故このような事態が起きているのかすら突き止めることが出来なかった。

 システムを復旧しようと、浦部達が躍起になっている中。

 一人、朝倉は冷めた表情を浮かべていた。


――――――――――――――――――――


 ズゥン、ズゥン、と響くような音を響かせながら、五メートル程の龍が二足歩行で龍帝宮を目指して進んでいる。その全身は赤く角張った鎧のような鱗で覆われており、防御力が高いことが安易に想像できる。刃のように鋭い牙が生え並ぶ口から赤い煙が立ち上っている。鱗に覆われた先端が鋭く尖った尾を持ち上げ、白濁した眼球で行く手を遮る小さき人間達を見下ろす。

 『龍帝』メテオドラゴン。

 チートドラゴンなどとプレイヤーから呼ばれ、恐れられている災厄のドラゴン。ボスモンスターではなく、ゲーム上に一匹しか存在しないとされるユニークモンスター。その戦闘力は出現するエリアのボスよりも強い。

 防御力が非常に固く、攻撃が殆ど通らない。攻撃力も非常に高く、ブレス攻撃は広範囲を灰燼に帰す程の威力だ。そしてその巨体からは想像できないほど、動きが早い。


「ブレス攻撃です!」

 

 メテオドラゴンが大きく息を吸ったかと思うと、その口から炎を纏った隕石が発射される。戦闘によって半壊している建物を完全に焼き尽くしながら進んでくる隕石を、栞の叫び声に反応して盾を装備したプレイヤー達が前に出てガードする。その中にはアーサーの姿もあった。

 隕石を受け止めた彼らは苦悶の表情を浮かべ、徐々に後ろに後退していく。彼らのHPが恐ろしい勢いで減少していくのを、栞達は息を呑んで見守る。彼らのHPが半分減少し、黄色になった辺りでようやく隕石は赤い炎を撒き散らしながら霧散した。

 役目を終えたタンク班の者達は疲労の表情を浮かべながらヨロヨロと後ろに下がっていく。そんな彼らと入れ違いに、栞達がメテオドラゴンに突撃していく。隕石によって熱せられグズグズと溶けている部分の地面を踏まないように彼女達は進んでいく。その中にはタンク役として隕石を防御したアーサーも混じっていた。隕石を防ぎ終えるや否や、彼は回復薬を飲んで即座に攻撃に転じたのだ。彼のタフさを知っている周囲のプレイヤー達はもはや驚きはしない。

 


「ったく……。モンスターをあらかた片付けたと思ったら、こんなバケモンが出てくるなんて……滅茶苦茶だべ」

「でもついさっき、玖龍さん達からエリアのかなり深い所まで到達したっていう報告があったから、この戦いももう少しで終わるかも」


 メテオドラゴンに向かって走りながら、とっぽいとドルーアはお互いの顔を見ずに会話する。

 メテオドラゴンとの戦闘が始まってから既に二時間以上が経過している。メテオドラゴンのHPは現在レッドゾーンに突入している。それでもその勢いは一向に弱まらず、強靭な鎧は生半可な攻撃を受付けない。


「はぁあああああああああああああああああああッッ!!!!」


 先頭を走り、メテオドラゴンまで到達した栞が自身の二つ名の元となった《オーバーレイスラッシュ》を使用する。銀色の光を纏ったバスタードソードが怒涛の勢いでメテオドラゴンの鎧に叩きこまれていく。流石のメテオドラゴンもこの攻撃にはたじろいだ。鱗に覆われた足を一歩後ろに後退させる。

 そんなメテオドラゴンに容赦なく、栞は次の攻撃を放つ。彼女の姿は美しく、しかし彼女を知っている者からすればとんでもなく不機嫌だと分かる恐ろしい表情を浮かべていた。

 原因はアカツキだ。

 正確に言うなら、アカツキに「腰抜け野郎」と声を掛けたプレイヤーだ。彼は栞に引きづられどこかに連れられていったが、それだけでは彼女の機嫌は収まらなかったらしい。アカツキと会話している時の蕩けそうな表情とは百八十度違った表情だ。


「おっかねえべ」

「全くだ」


 とっぽいとドルーアは顔を引き攣らせ、内心でメテオドラゴンに手を合わせる。そして彼らもスキルを発動させ、メテオドラゴンに叩き込んだ。

 ガリガリとそのHPが削れていき、やがて後一ドットという所まで減らした。栞は止めを刺そうとバスタードソードを振り上げる。



 ――――そして、プツンと全ての光景が黒く塗りつぶされた。









 これより十分間、《Blade Online》の世界は闇に包まれる。


 終焉が始まった。

 

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