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《Blade Online》  作者: 夜之兎/羽咲うさぎ
―Free Life―
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 《ワイルドフォレスト》、『双頭の洞窟』。

 この洞窟はパーティを組んだ二人のプレイヤーでしか中に入ることが出来ない。更にポップするモンスターもそこそこ強い。出てくるのは獣系のモンスター、特に牛のモンスターが多いらしい。ボスモンスターは『双頭牛』ツインミノタウロス。首が二つあるモンスターで、死角からの攻撃が通用しないという厄介なモンスターだ。逞しい筋肉と強靭な黒い皮膚を持ち、防御攻撃両方に優れている。両手に持った巨大な黒い斧を振り、プレイヤーを攻撃してくる。動きはそこまで速くない。何名かのパーティを組めばそこまで苦戦する相手ではないだろうが、プレイヤー二人だけでクリアするのは難しいらしい。

 

「ありがとうございます、アカツキさん」


 そして俺は最終的に、手斧と一緒に『双頭の洞窟』行く事になった。

 翌日、昼という多くのプレイヤーが活動する時間帯に、二人で装備を万全にしてこの洞窟にやってきた。昨日の夜にカタナに俺が洞窟に行く事は告げている。最近カタナは忙しいようだが、何をしているのだろう。

 手斧と一緒にエリアに行く決め手になったのは彼女のレベルだ。きちんとした準備をして、しっかりとしたパーティを組めば《ミミックメイズ》や《バーサーカーグレイヴ》でギリギリやっていけるぐらいのレベルはある。彼女ならば万が一という時に足でまといにはならないだろう。

 というか、これだけレベル高ければ普通にあの男達を追い払えたんじゃないだろうか……。手斧に聞いてみたら「現実世界より動きにくいのでじしんないです」とよく分からない返事が返ってきた。まあ、この子の性格的にあまり人と争うのは得意じゃないのかもしれない。

 だったら、モンスターと戦うのもきついんじゃないか?

 と、思ったが別にそんな事は無かった。


「前からミノタウロスが来ましたよ!」


 ズシンズシンと洞窟内を揺らしながら、こちらへ向かってきたのは牛頭の巨人だ。大きな斧を片手に持ち、茶色の毛が生えた巨体、そして牛の頭。この洞窟に登場するモンスターの中でも強力なモンスターだ。

 鼻息を荒くし、俺達の頭上に斧を振り下ろした。俺が手斧の前に飛び出し斧に《断空》を叩き付ける。ガキィンと金属音を洞窟に響かせる。斧が大太刀に弾かれ、ミノタウロスに隙が出来た。その瞬間、俺の後ろにいた手斧が飛び出した。小さな身体を生かした素早い動きだ。


「なんていうか……アンバランスな」


 そんな彼女の手に握られているのは、ミノタウロスの持っている物と同じくらいの大きさの斧だ。漆黒の柄、同じように漆黒の両刃の先は血のように赤い。

 ミノタウロスの懐に潜り込んだ彼女は、その大きな斧を片手で軽々と持ち上げる。そして茶色の毛に覆われたミノタウロスの逞しい腹筋に、斧を横薙ぎに叩き付ける。腹に叩きつけられた斧はその堅い筋肉を斬り裂く。ミノタウロスは悲鳴を上げて蹌踉めいた。そこへ彼女は追撃する。斧が光ったかと思うと、ミノタウロスの右肩から左脇腹までが斬り裂かれた。そしてほぼ同時に、左肩から右脇腹までが斬り裂かれる。二連続のスキルだ。全く無駄のない流れる様な動きだった。

 HPを赤く染め、瀕死になったミノタウロスは最期の抵抗と言わんばかりに真下にいる手斧に腕を伸ばす。それが触れるより先に、彼女は後ろへ《ステップ》で下がっている。空振った腕を洞窟の地面にたたきつけたミノタウロスに、手斧と入れ替わりにやってきた俺が大太刀で止めを差した。


「流石ですねアカツキさん!」

 

 ミノタウロスの消滅を確認し、一息吐くと手斧が笑顔でそう言った。


「いや……手斧ちゃんも相当だと思うけど」


 冗談抜きでなく、この子は強い。見た目に騙されていたけれど、普通に攻略組としてやっていけるほどの技術を持っている。下手したら俺より強いかもしれない。


「ありがとうございます。でも、私は一生懸命なだけですから。お兄ちゃん……いえ、おにねえちゃんとかは遊びで私より強いでしょうし」


 一生懸命なだけってどういう意味だろう。たまに手斧はよく分からない事を言う。それとおにねえちゃんってなんだろう。鬼姉ちゃん? 遊びで彼女より強いって一体何者だろう。

 頭に浮かんだ疑問を口にしようとした時、新たなモンスターが襲いかかってきた。


 

 その後、ボスまで何回もモンスターと戦ったが、やはり手斧は恐ろしく強かった。襲い掛かってくる大きな牛――ミノたんの突進を軽々と躱し、斧で叩き潰す。そして牛と馬が合体したようなミノケンタウロスの攻撃を軽く受け止め、反撃する。そしてとても一緒に戦いやすい。


「アカツキさんってやっぱり強いですねっ。攻略組の人ってみんなこれだけ強いのかなぁ……」


 たどり着いたボス部屋の一歩手前で休憩していると、手斧が俺を見てそう言った。正直、彼女は相当強いのに何を言っているのだろうと思う。これほど強いのに、今まで彼女の事を全く知らなかったのは何故だろうか。気になったので聞いてみた。


「えっとですね、私は基本的におじさんやおにねえちゃんとサポートをしているので、最前線のエリアとかには行かないんですよ。最近はそろそろ《バーサーカーグレイブ》でレベル上げしようかなって思ったりしてるんですけど」

「そのおじさんや、鬼姉ちゃん? は何をしてるの?」


 そう聞くと、彼女は困ったような顔をすると「な、内緒という感じでお願いします」と言って来た。仲間について言えないのか。まあ、無理に聞いて困らせる必要はないだろう。

 ステータスを万全にし、休憩した俺達はツインミノタウロスがいるボス部屋の中に足を踏み入れた。真っ暗の部屋の中をしばらく進むと、ボボボッと音を出しながら松明に火が灯る。そして部屋の最奥部に佇んでいた巨大な影の姿も顕になった。

 まず最初に目に入るのは、やはり名前にもあるような二つの首だ。大きく濁った目で俺達を睨み付け、鼻息を荒くする牛頭が二つ。さっき戦ったミノタウロスより一回りも大きい黒い毛と筋肉に包まれた身体。そして両手に握られるのは二本の無骨な斧。

 ツインミノタウロスは大きく吠えると、俺達に向かって走りだした。こいつには、片方が囮になってもう一人が攻撃する、という手段は通用しない。二つの首が俺達の動きを見て、両手の斧で対応してくるからだ。だから俺達はこいつを正面から迎え撃つ事にした。

 まずはあちらからの攻撃だ。左手に持った斧を俺達に向けて横薙ぎに振った。動きはそこまで速く無い。跳び上がってそれを回避する。足元を通過していく斧を確認しながら、着地した俺達に向かってくる二撃目を見据える。

 スキルを発動させた手斧が斧を受け止めた。流石の手斧ちゃん、斧を完全に受け止めている。もう片方の斧は空振っているし、ツインミノタウロスに隙が出来た。ガラ空きの胴体に俺が突っ込む。


「おっ、と!」


 懐に入り込んだ瞬間、俺を見下ろす片方の頭の鼻から黄色い息が勢い良く吹き出した。麻痺属性のあるブレスだ。この攻撃があることを予め知っていた俺は右に跳んでそれを回避し、今度こそガラ空きになった胴体へ《七天抜刀》を叩きこんだ。


 それからツインミノタウロスと俺達の戦いは十分ほど続いた。HPが赤色になり、斧をめちゃくちゃに振り回す様になったツインミノタウロスへ、俺達はスキルでゴリ押し作戦に出た。一瞬の攻撃タイミングを見逃さず、俺は《オーバーレイスラッシュ》を、手斧は何かの連続スキルを撃ち込んだ。攻撃している最中に斧が降ってくる可能性もあったが、俺達の連続攻撃にツインミノタウロスは反撃する暇なくHPを削り取られた。《オーバーレイスラッシュ》最後の一撃を叩き込むと、ツインミノタウロスは仰け反った体勢のまま光となって消滅していった。


 その後俺達は《セーフティタウン》のにある、NPCが開いている小さな牧場に向かった。そこでツインミノタウロスから手に入れたアイテム『双頭牛の角』を渡す。するとNPCである中年のおっさんが何やら話を始めた。どうやらちょっとしたイベントがあるらしい。その後彼の山あり谷あり人生の話をしばらく聞かされることになる。ツインミノタウロスとの深い因縁には胸を打たれた。が、面倒なのでカット。

 そして話が終わると手斧の目的であった『真珠牛乳』を貰うことが出来た。俺もクエスト達成の報酬としてその牛乳を貰った。帰ったら本と一緒にリンに渡しておこう。


「今日は色々付き合ってくださってありがとうございました」


 柵の中で牛が草をモグモグと食んでいるのどかな風景を見ながら歩いていると、手斧が俺にペコリと頭を下げた。


「いや、俺も真珠牛乳貰えたし別に良いよ。手斧ちゃんもおじさん、のお使いが出来て良かったね」

「はい……そうですね。明日、またお礼がしたいのでどこかで会えませんか?」

「あー……。じゃあ《ライフツリー》にある『でぅでぅ喫茶』っていう所で待ち合わせしようか。詳しい場所とかはあとで送るからさ」

「はい。ありがとうございました」


 そうして、俺と手斧は別れた。彼女のどこか浮かない顔が気になったけど取り敢えずは役に立てたようで良かった。

 それにしても《セーフティタウン》には《ブラッディフォレスト》に落ちてからほとんど来ていないけど、牧場なんてあったんだな。知らなかった。

 店に帰り、リンに真珠牛乳を渡す。

 昨日、本を渡してからリンは非常に上機嫌だった。喜んでくれたし買ってきて良かった。……BL本じゃなかったらもう少しこちらも喜べたのだが。

 真珠牛乳はちょうど作る予定だったというホワイトシチューの材料にして貰った。以前リンに作ってもらった普通のホワイトシチューも美味しかったが、これは段違いに美味しかった。凄く甘くてコクがあった。まだいくつか余りがあったので、他の料理の材料にして貰うようにして、少しだけそのまま飲んでみた。現実世界で飲んだ牛乳には無かった甘みがある。それにとても飲みやすかった。

 今度また飲みに行きたいな。準備をしっかりしてからカタナを誘って行くのも良いかもしれない。


 翌日、以前変な名前だから気になって入った『でぅでぅ喫茶』で手斧と二人、向かい合っていた。手斧はオレンジジュース、俺はカフェオレを頼んだ。

 NPCのウェイトレスが運んできた二つを受け取りながら、俺はどう切り出したら良いかと悩んでいた。手斧が何故かとても暗いからだ。


「えっと……どうした? 手斧ちゃん。ちょっとテンションが低いみたいだけど……」


 オレンジジュースに手を付けない彼女に、思い切って声を掛けてみた。すると彼女は上目遣いで顔を俺を見て、口を開いた。


「昨日……真珠牛乳を持っていったんですけど……思ったほど美味しくないって言っておじさんに怒られて……」

「思ったほど美味しくないって……。手斧ちゃんが頑張って持ってきた牛乳をそんな風に言うのは酷くないか?」


 そのおじさんにむかつき、俺も口調を少し荒らげてそう言うと手斧は慌てたように弁解した。


「い、いえ、仕方ないんです。私はその、あんまり役に立たないですし……まだ全然働いてないし……」

「働いて無いって、手斧ちゃんはちゃんと働いたじゃないか。そんな横暴な事を言うおじさんが間違ってる。おじさんに会わせてくれたら、一言いうけど」

「い、いえいえいえいえ! いいんです!」


 流石に踏み込み過ぎたか。しかし、ちゃんと働いているのにそんな言い草は勝手すぎる。彼女はちゃんと努力したのに。理不尽に報われないなんておかしいだろう。

 

「私は生まれてからずっと役立たずだったんです。でも、三年くらい前からようやく働けるようになって……だから私が頑張らないといけないんです」

「…………」


 手斧には複雑な家族関係がありそうだ。事情を知らない俺がとやかく言う資格は無いだろう。


「なんて言ったらいいか分からないけど、お疲れ様」


 とやかくいう資格は無くても、ねぎらうことぐらいは許されるだろう。

 手斧は顔を上げ、ぽかんとした表情で俺を見ている。


「えーっと、なんだ。手斧ちゃんはちゃんと頑張ったよ。真珠牛乳を取るためにちゃんと『双頭の洞窟』をクリアしただろ? 目的の物だって頼まれた通りに持っていったし。お疲れ様、手斧ちゃん。頑張ってね」


 努力した人間が必ず報われるとは限らない。俺はあの受験勉強でそれを思い知った。思い知って、受け入れられなくて、逃げた。

 手斧は頑張ったのに、そのおじさんに努力を認めてもらえなかった。だからせめて、俺だけは手斧の頑張りを認めてあげたいと思った。

 まあ……会ってほとんど時間が経っていない俺に何か言われたって、嬉しくないだろうけど。ちょっとこれは自己満足が過ぎただろうか。

 でしゃばりすぎたかな、と手斧の反応を見る。

 号泣していた。

 涙をポロポロ零して、手でそれを拭っていた。

 ここまでのリアクションを取られるとは思っていなかったので、一瞬フリーズしてしまうが、泣いている女の子の前で何もしない訳にもいかないし、恐る恐る彼女のオカッパ頭に手を伸ばす。


「!」


 リンにやるとの同じように撫でてやった。彼女はビクンと肩を跳ね上げ、濡れた目で俺を見てくる。嫌がられたか、と思ったがそういう訳ではなかったらしい。頬を赤くして「ありがとうございます」とお礼を言ってきた。

 他の客の視線が痛くなってきたので、喫茶店から出ることにした。行く宛も無く、しばらく街の中をブラブラと歩きまわる。

 そして日も傾いてきたので解散することになった。

 別れ際、彼女は不安そうに俺を見ていった。


「アカツキさん……。私、は。私はアカツキさんに隠し事をしてるんです」

「隠し事?」

「はい……。とても大切な事なんです……。でも、私はそれをアカツキさんに言うわけには行かなくて……」

「……」

「私の事、嫌いになりました?」

「いやいやそんな事で嫌いになったりしないって。別に言いたくない事は誰にだってあるだろうし、手斧ちゃんが嫌なら言わなくても良いよ?」

「本当に嫌いになったりしない?」

「しないよ」

「じゃあ、約束ですよっ!」

「ああ、良いよ」


 こんなやり取りをして、俺達は別れた。隠し事が気にならない訳ではなかったけど、言いたくないなら言わなくていいと思う。あの子も色々大変だな……。

 

 なんて考えて、俺は店に帰った。



 ――――約束ですよっ!


 彼女の言葉を、やり取りを、俺はもう少しよく考えるべきだったのだ。

 ライトノベルのようなやり取りをして、俺は少し主人公の気分だった。浮かれていた。

 後から考えれば、この時にどうにか出来たとは思えないけれど、それでももう少しよく考えるべきだったのだ。

 普通に考えて、普通ではないこの少女の事を。

 もしかしたら、何かが変わっていたかもしれないのだ。

 そうすれば、そうすれば――――――。


 

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