陽菜の笑顔
翔太は小学三年生の男の子、薫は翔太の幼馴染で同級生の女の子、いつも二人で遊んでいる。その日も学校の昼休み、校庭でサッカーをして遊んでいた。昼休みも終わり、二人が教室に戻ると青樹陽菜が教室の隅で泣いていた。陽菜はいつもニコニコ微笑んで、笑い顔の良く似合う綿菓子みたいな女の子だった。翔太がちょっといいなと思っていることは秘密である。その陽菜が目を腫らして泣いていた。クラスの女の子数人が陽菜の周りを取り囲んで慰めていた。
「どうしたんだ?」
不審に思った薫が周りを取り囲む女の子たちに尋ねた。
「ジャイアンにいじめられたのよ」
「ジャイアンに?」
ジャイアンは五年生のガキ大将のあだ名である。その性格もあだ名の通り、傲岸不遜、唯我独尊、なんでも力ずくで解決しようとする。まあ、力ずくってところは薫も同じかもしれない。
「陽菜の頭を見たジャイアンがパーマはいけないんだぞって、髪の毛を引っ張って・・・」
「陽菜の髪の毛はテンパーなのに」
「まっすぐに直せよなって頭を小突きまわして」
周りを取り囲む女の子たちが次々に説明した。
「あのやろー、陽菜の笑顔を奪うなんて、許せねー」
薫は女の子たちの説明を聞くと五年生の教室に向かった。翔太もあわてて後ろをついて行った。
「薫、どこ行くの!」
「ジャイアンのクラス」
「行ってどうするの?」
「ジャイアンに謝らせる」
「暴力はいけないよ」
薫の性格を熟知している翔太は薫がこれからやろうとしていることがよくわかっていた。力ずくで謝らせるつもりだ。
「最初に陽菜に暴力を振るったのはジャイアンだ」
翔太が何とか薫を止めようと努力している間にジャイアンの教室に着いた。
「ジャイアン出てこい!」
「誰がジャイアンだ!」
ジャイアンが姿を現した。下級生にあだ名で呼び捨てされたことに怒って顔を真っ赤にしている。ジャイアンはガキ大将だけあって体がでかい。小学校五年生でもう身長百七十センチを超えている。横幅も広い。体重百キロは超えているだろう。大人とでも十分対等に喧嘩ができる体格である。そのジャイアンが顔を真っ赤にした姿は赤鬼のようであった。
「お前のことに決まってるだろう、それより陽菜に謝れ!」
完全に喧嘩モードである。どうやら翔太の説得は実を結ばなかったらしい。
「陽菜?なんだそれ?」
「お前がさっきいじめた女の子だ」
「ああ、あの女か、ふん、いじめてなんかいない、指導してやっただけだ」
「陽菜はテンパーだ、先生の了解も得ている。おまえのは指導じゃなくていじめだ」
ジャイアンはどうやら陽菜がテンパーであることを知らなかったようだ。少しばつが悪そうな表情で、しかし謝ることはプライドが許さず、薫に食ってかかった。
「くそ、下級生のくせに、お前生意気だぞ、上級生を敬え!」
「ふん、下級生をいじめるような下衆を敬えるかぼけ!!」
「ぶっ殺す」
「できるもんならやってみな」
薫の挑発にジャイアンがつかみみかかってきた。薫は小学校三年生の女の子、特に大きいわけではない。小学校三年生としては標準的な体格である。普通なら馬鹿でかいジャイアンにかなうはずが無い。しかし薫の家は代々合気道の道場を経営する家であった。薫も小さいときから合気道の技を叩き込まれていた。才能があったのだろう、瞬く間に薫は合気道の技を習得していった。今では大人でも簡単に投げ飛ばすほどの腕前になっていた。
薫は掴みかかってくるジャイアンの手を取ると軽く腰を密着させ、跳ね上げた。ジャイアンの体は綺麗に吹っ飛んだ。ジャイアンは自分の身に何が起きたのか理解できず、這いつくばったまま目を白黒させた。薫は倒れているジャイアンの顎に手をかけると一気に引っ張った。ジャイアンの顔が二倍に伸びた。顎を外したのである。これは痛い。筋肉が硬直してすごく痛くなる。
「うぎゃー」
ジャイアンはその痛みにのた打ち回った。薫はジャイアンの手を後ろに捻るとそのまま自分たちの教室に連行した。
「ほら、陽菜に謝れ」
クラスメイト達が唖然として見つめる中、薫はジャイアンを陽菜の前に這いつくばらせた。ジャイアンは痛みに苦しみながらも首を振った。薫は容赦なくジャイアンの頭を踏みつけた。
「謝らないとずっとそのままだぞ」
たまらずジャイアンは這いつくばったまま必死に謝った。
「ほへんひゃさい、ほへんひゃさい」
必死に謝るが、顎が外れているのでふざけているかのような声しかでない。
「何言ってるかわからないぞ、ちゃんと謝れ」
薫が頭を小突いた。ジャイアンは更に必死に謝った。
「ほめんひゃさい、ほめんひゃさい」
「薫、顎が外れたままじゃあ喋れないから」
翔太の冷静な指摘に薫もやっと気が付いた。
「ああそうか」
薫は無造作にジャイアンの顎を蹴飛ばした。その一蹴りで顎が綺麗に元に戻った。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ジャイアンは米つきバッタのように誤った。
「もう二度と弱い者いじめなんてするんじゃないぞ」
薫が解放するとジャイアンは泣きながら逃げて行った。薫はびっくりして目を丸くしている陽菜に向かって声をかけた。
「陽菜、もう泣くな、陽菜をいじめるやつがいたら私がやっつけてあげるから」
「うん、有難うー……、薫って王子様みたいー」
陽菜はお礼を言うとお日様のようにほほ笑んだ。いつもと同じ温かい笑顔が陽菜の顔に戻ってきた。




