梅雨
せっかくの日曜日、朝から雨がしとしと降っていた。季節は梅雨、先週から毎日雨模様の天気が続いている。インドア派の翔太はいつも通りテレビゲームや本を読んで気を紛らわせているが、アウトドア派の薫にはつらい季節だった。
「うう、暇だよー」
薫が翔太の部屋の床の上をゴロゴロと転がっていた。そのままテレビゲームをしている翔太の所に来るとその背中に張り付いた。
「薫、邪魔!」
テレビの画面で壁が迫ってくる。翔太はコントローラーを操作して車のハンドルを切った。壁が右側にスライドしていく。
「むー、翔太冷たい」
薫が更に体をからめてくる。テレビ画面の壁がまた近づき、翔太は慌ててハンドルを大きく左に回した。急激なハンドル操作に車はスピンして壁にぶつかった。『ゲームオーバー』の表示がテレビ画面に流れた。
「あー・・・、終わっちゃったじゃないか」
翔太は頬を膨らませて薫を非難した。
「だって、暇なんだもん」
「だから一緒にゲームすればいいだろう」
「どうせ翔太に負けるもん」
薫は大雑把な女の子、手先でこまごました操作をするのが苦手だった。深く考えてシミュレートするようなことも苦手である。その結果、対戦型のテレビゲームは何をやっても翔太が勝つことになる。薫は負けず嫌いだから自然にテレビゲームをやらなくなった。まあ確かに負けるとわかっているゲームは面白くないだろう。
「だから翔太で遊ぶ」
薫は翔太の頬をひっぱったり、両手で挟んで変な顔にしたりして遊んだ。
「あー、うざい!」
翔太は張り付く薫を振り払おうとするが、薫はしがみついたまま離れなかった。
「道場に行こうよー」
薫の家は合気道の道場を経営している。薫も小さなときから合気道を習っていて、既に達人のレベルに達していた。翔太も薫に付き合わされて合気道を学んだが、薫には全く歯が立たなかった。テレビゲームと立場が逆転する。翔太にすれば薫に投げ飛ばされるのがわかっていて、勝負する気にはなれない。
「いやだよ、投げられると痛いもん」
「投げられなければいいじゃない」
「無理! 薫、大人でも投げ飛ばすじゃないか、強すぎるんだよ」
「そりゃあ跡取り娘だからね、簡単には負けられないよ」
少し誇らしげに薫が答えた。
「投げられる気、全然ないじゃないか」
翔太が薫を白い目で見つめた。
「うん」
薫は悪びれることなく肯定した。
「投げられてばかりじゃあ全然楽しくない」
「ええ? 翔太を投げ飛ばすのは楽しいよ」
「僕は楽しくない!」
「楽しいのに」
「投げ飛ばされて喜ぶ趣味は無い」
二人で話していると扉を叩く音が聞こえた。
「おやつよー」
翔太の母親がケーキと紅茶を持って入ってきた。
「わーい、おいしそう、おばさんありがとう」
「何の話をしていたの?」
「合気道をしようって話」
「あら、これから合気道の練習?」
「そう思ったんだけど翔太が嫌がるんだ。そうだ、おばさん翔太を説得してよ」
良い味方が見つかったとばかりに薫は翔太の母親に説得をお願いした。
「はいはい、いいわよ、翔太、合気道、してきなさい」
翔太の母親は昔から薫に甘い、あっさり翔太の敵に回った。
「嫌だよ」
「翔太はほっとくといつも家に籠ってゲームばかりやってるでしょう? 少しは体を鍛えなくっちゃ」
「いや!」
「今月は財政が厳しいのよね~、お小遣い、減らそうかしら」
「なっ、ず、ずるい!」
「いつもの半分ね」
「横暴だよ!」
「翔太、諦めな」
薫が翔太の手を掴んで引っ張った。
「いーやーだー」
翔太の抵抗もむなしく翔太は道場に連れて行かれた。その日は一日薫に投げ飛ばされ続けて終わる翔太であった。合掌。




