2.ろくでもない親戚は持つものじゃない
「いやね、僕も、最初は殺すつもりなんてなかったんですよ」
「でも、殺してるでしょ。ナイフだって持ってたし」
最初は血の臭いで吐きそうだったのに、慣れというのは恐ろしい。数分で、この臭いが普通になってきてしまっている。
でも、はやく普通の空気が吸いたい。
「ナイフじゃなくて包丁ですよ。まあ、実をいうと、彼の部屋で殺すつもりだったんです。
最初はエレベーター内で殺すつもりなんてなかったんですよ」
「そう、よかったわね」
「適当に言わないでください。ああもう、あなたといると調子が狂うな。
とにかくですね、これは計画的犯行じゃないわけですよ」
血の臭いが好きなわけじゃない。だけど、このひどいすぎる臭いだけが、この真っ暗な密室で、自分の存在を確かにしてくれる。
この非常識な男との、非日常な会話よりも。
「僕だって、遺憾に思ってるんです。せっかくたてた計画を台無しにされて。本当は、正当防衛を装うつもりだったのに」
「じゃあなんだって、こんなところで殺したりしたのよ」
いい迷惑だわ。という言葉は飲み込んだが、おそらく伝わっただろう。
「いや、御堂――っていうのが、この男の名前なんですけど。御堂が、僕のことを貶したもので。だって、エレベーターですよ?そんなところで、しかも若い女性にわざと聞こえるように、って嫌がらせにしてもひどすぎません?それでつい」
「つい?」
「つい、こんな男を殺すためなら、ここでもいいかなって。なんかもう、待つのが面倒になって。殺しちゃいました」
好きな子が他の男性と仲良くしていたので、つい邪魔しちゃいました。そんな感じの、軽い口調だった。
この男は、人の命を何だと思っているのだろう。
死体のそばで、会話をしている私が言えたことではないのだが。
「まあ、確かに、あれは言いすぎだったと思いますけど。でも、殺すほどじゃなかったんじゃないですか?」
「そうですねえ。でも、どちらにしろ殺すつもりでしたし。軽く言いましたけど、この男、僕にけっこう嫌がらせとかしてきたので。叔父だからって、好き勝手言っていいわけないでしょ?」
どうやらこの死体「御堂」は、彼の叔父らしい。大変な親戚を持ったものだな、と私は双方に同情した。
読んでくださってありがとうございます