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観察記録5(1)

 ルルセラは、仕事が好きだ。見ていればわかる。いつも嬉々として机に齧り付いて、魔法式を構築している。

 

 だけど、ルルセラの話を聞いて気が付いた。

 

 彼女の仕事ぶりは、アーキテクトの姿そのものだった。ただ黙々と、魔法式を構築する、地味で目立たない仕事人。陰の立役者。

 

 ルルセラのような目立つ人間を、そんな日陰に置くのは惜しい。と、誰かが考えたとしてもおかしくはない。それよりも、構築技術をアートに昇華させたアーケストの方が向いている。と考えてしまったとしても、それも道理だ。

 

 どういう経緯があったかは知らないが、とにかく今のルルセラはアーケストで、ルルセラ本人はそれを厭っている。それが事実だった。

 

 それからもう一つ。彼女には、「アーケストのための」研究設備が与えられている。じゃあ手伝って、と言われて連れて行かれた部屋が、まさしくそれだった。

 

 何も置かれていない、広くて真四角な空間。壁も床も真っさらでツヤツヤしている。ダイヤモンドの塊から立方体をくり抜いたらこんな感じだろうかと、そんな呆けたことを考えてしまうような、何となく浮世離れした空間。いわゆる立方体部屋キューブ

 

 もちろん、その正体はダイヤモンドなどではない。しかし、ある意味ではダイヤモンドよりも堅固らしい。室の表面全体が、特殊な魔法で覆われているのだ。アーケストの炸裂するような魔法で傷まないように。

 

 実のところ俺は、この手の部屋は、入室はおろか、目にするのも初めてだった。多分、現存数自体がそう多くない。と思う。知らないけど。でも、どう見ても、ある程度の――かなり高めのライン以上の財力を持つ者のみが手にできる代物だろう。俺にはそういう知り合いがいないし、そもそもアーケストの知り合いだっていない(いなかった)。

 

 レーグス家のご令嬢の館には当然設けられているだろう、と頭の片隅では認識していたものの、全く関心を向けていなかった。何故ってこの部屋には、研究資料のような、そういう情報の塊の類が置かれていない。なのに今俺はこの部屋にいるだから、不思議な巡り合わせもあるものだ。

 

「じゃあちょっとそこで、見てて欲しいんだけど……」

 

 俺が一人でごちゃごちゃと考えているうちに、ルルセラは部屋の中心へと躍り出ていた。そこから、俺の方を見ている。

 

 本当に、不思議だ。俺はここで、ともすれば資料なんかよりもよっぽど貴重なものを目にするのだろうか。

 

「ええと……」

 

 ルルセラは、小さく呟きながらノートを捲った後、それを床に置いた。開かれたページに、細かい文字やら図やらがびっしりと書き込まれている。

 

「それじゃあ……」

 

 と開始の合図のような声が聞こえて、慌てて視線をノートから剥がし、ルルセラの方へと向ける。

 

 両の手のひらが、胸のあたりまで持ち上がった。そこから繊細な光の糸が生まれる。それが複雑に絡み合い、幾重にも重なる複雑な魔法陣を描いた後、頭上にふわりと七色の虹がかかった。

 

 いかにも儚げな光の弧だった。殺風景な部屋を彩るわけでもない。ただ、夢のように現れ、すうっと溶けるようにして消えていった。その全てが、ひとつの物語のようだった。

 

「すごい、美しい、ですね……」

 

 素直な感想が口を突いて出た。もはや何も浮かんでいない虚空を見つめながら。心がそこに縫い止められてしまったように。そこに、理屈などない。あっても、言語化できそうにない。こういうのを「アート」と呼ぶのだろうだろうか……。

 

「ふふ!」

 

 ルルセラの笑う声で、浮ついた心が現実に引き戻された。

 

 にこにこの笑顔が俺に向けられている。どうやら彼女にも元気が戻ってきたようだ、と地に足が付いた考えが頭に浮かんだ。

 

「これ、本当の虹なんですよ?」

 

 ルルセラは、とても楽しそうだ。

 

「本当の、と言いますと?」

「ただのカラフルな光じゃないってことです! 雨を降らさずに、雨上がりと同じような水滴の動き、光の動きを計算して、構築しているんです!」

 

 それなら不思議だな、と思う。本当の「本当の虹」を見て心を動かされたことなどないのに、ならどうして、ルルセラの「本当の虹」にはこんなにも心を惹きつけられるのだろう。「理屈などない」とわかっていても、やっぱり不思議だ。

 

「でも、出来ているのはここまで」

 

 誇らしげだったルルセラの声が一転、急にしょぼくれた。

 

「この虹は自信作だけど、これだけ出したところで、だから何? って感じでしょう?」

 

 同意を求めるような視線を投げかけられて、少し困る。

 

「この虹を『春祭』に相応しく飾りつけないといけないわけだけど、なんかどうにもしっくりいかなくて」

 

 できる限り神妙に、こくこくと頷いて返した。

 

「ありふれていなくて、春らしくて、私らしくて、虹に合うもので、そもそも万人受けする美しさのあるもので……」

 

 一つ要件を挙げる度、一段階ずつ眉尻が下がっていくように見えた。

 

「日出や日没の光を観察してみたり、色々試してみたつもりだけど、私の頭じゃ何も思いつかなくて」

 

「なるほど……」

 

 なるほど、そのための日光浴だったのか。

 

「あなたなら、虹の隣に、何を思い浮かべる?」

architect + artist

 

つづきます。

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